表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斬魔の剣士  作者: 織部改
第二章 月下の剣士
50/130

EP18 来たる嵐に備えて

 隼人たちが導き出した襲撃者――牛頭山猛の念信への対抗策は二つ。


 相手の念信の力を遥かに凌駕する力で、放たれた思念を飲み込むか、あるいは相手の念信の波長と逆位相となる念信で打ち消すか。


 前者は相手の力を大きく上回ることが前提であり、後者は相手の波長に合わせる技量を要する。


 先の戦闘での経験により、猛の力量を理解した隼人は、彼の念信の対抗策として、逆位相の念信で打ち消すことを選択していた。


 しかし、それは並大抵の難易度ではない。おそらく事前に対処法を知っていても、初見では正確に念信の波長を合わせられなかっただろう。されども数度の念信攻撃を受けた隼人は、猛の念信の波長をその身で覚えていた。骨の軋むような痛みがその波長を記憶している。次の戦いでは、あの男の念信に対抗できるはずだ。


 念信について残された懸念事項は、念信を扱えない者、聞こえない者にもあの男の念信が通用するのか、という点である。猛の念信攻撃を受けたことが分かっているのは、隼人と美鶴だけである。


 もし、念信による攻撃を浅江が受けた場合、どうなるのか未知数なのである。


 念信が思念をただの声として伝えるだけでなく、実は何らかの現象を生み出す力であるのなら、人間の可聴域を超える超音波のように聞こえないだけで害はない、とはいかないだろう。


 現に隼人はその衝撃によって吹き飛ばされ、全身を押し潰すような重圧によって苦しめられた。


 先の戦いでは標的とならなかったが、念信を扱えない浅江が猛の念信攻撃を受ければ、抵抗もできずに無惨な結果になることも考えられる。


 念信を打ち消しながら、あの男の剣戟を捌き、美鶴と浅江を守ることがどれほど困難なことか……考えただけでも、頭が痛くなる。


 それに加えて、猛は謎の不死性を持っている。隼人が放った剣技を胸部に受けた彼は、少しの間を置いて起き上がり、油断した隼人に不意打ちを食らわせた。


 隼人には間違いなく肋骨を折り、片肺を潰した手応えがあった。無論、常人なら致命傷である。にもかかわらず、猛は平然と立ち上がった。


 驚異的な回復速度に心当たりがあるとすれば、あの男が魔獣に侵蝕されているということだ。


 魔獣にその身を侵された隼人は、侵蝕が進む副作用として高速治癒を獲得した。猛も同等の力を有しているとなら、合点がいく……しかし、確証はない。


 明確な事実として、一度は猛を戦闘不能に追い込んだ。隼人の剣技――双刃双砕を胸に叩き込まれたあの男は堪らず大剣を手放し、地面を転がった。あれが、はったりだとは思えない。


 すなわち、双刃双砕以上の破壊力を誇る剣技であれば、あの男を戦闘不能にすることが可能であると考えられる。


 問題は双刃双砕が双剣から繰り出される剣技であり、一対の穿刃剣は先の戦闘で喪失してしまったことだ。


 代替案としては、隼人の扱う剣技で最大級の破壊力を誇る奥義――斬魔四重葬がある。双刃双砕では砕けなかった獣鬼の頭部を粉砕したこの奥義なら、さすがにあの男でも耐えられないだろう。


 だが、この剣技には欠点がある。


 一点に斬撃を重ね、蓄積した衝撃の解放を利用して対象を破砕するこの奥義は、衝撃が拡散する前に次の斬撃を叩き込む速度と微塵の狂いもなく連続斬撃の焦点を重ねる緻密な正確さが求められる。


 それには狙撃手のように意識を研ぎ澄まし、極限まで集中を高める必要がある。そのような隙――時間的、精神的余裕をあの男が与えるとは思えない。


 そして“お前たちのことはすべて見ていた”という猛の発言。あの夜、隼人が繰り出した剣技の数々は通用しない恐れがある。


 隼人にはまだ隠し持っている剣技があるが、いずれも既存の技から派生した剣技が多く、手の内は読まれると考えていい。


 ともすれば、獣鬼を葬った忌まわしき右腕があの男を打倒する手段の候補となるのだが、それは本当の奥の手、最後の切り札である。周囲に瘴気を撒き散らす魔蝕の右腕を市街地で使うわけにはいかない。


 封印された魔獣の力を解き放つことは、導火線に火をつけるようなもの。侵蝕が進み、肉体という導火線が燃え尽きれば、魔獣という爆弾が炸裂する。隼人は完全に忌むべき魔獣に成り果てるのだ。


 魔獣となった隼人は、葬魔士の討伐対象となるだろう。だが、仲間の手を煩わせるわけにはいかない。絶対禁忌の力を使い、目的を達した後で――自らの手で己が命を絶つ。


 それは彼が何度も自身に言い聞かせてきたことだ。いずれ来る終わり、避けられない運命。ただ死を待つというのなら、有意義に使い切る。


 今更、未練はない。惜しむような命でもない。自身の命よりも失うには惜しいものがある。


 唯一恐れているのは、魔獣となって生き延びた場合、自身が何をするのか、ということだ。魔獣にその身を侵された叔母は、錯乱して隼人に襲いかかった。美鶴や浅江を守ろうとして右腕を使った結果、あの男を倒しても、彼女たちを襲うことになっては本末転倒である。


 それにこの封印は、美鶴が必死の思いで施したものだ。彼女は危険を冒して隼人を蝕む魔獣を鎮めた。この封印を破ることは、彼女の懸命な行いを反故にするに等しい。


 とはいえ、あの男を打倒し得る手段はあまりに少ない。手段が他にないのなら、やはり禁忌の力に頼らざるを得ないだろうか……。


「……っ」


 脳内で猛との戦闘を思い描いた隼人は、その表情が次第に険しくなっていった。

いつもご愛読いただきありがとうございます。

第50部、通算50パート目となりました。

ここまで投稿を続けることができたのは、これも偏に皆様に拙作を読んでいただいたおかげです。重ねて御礼申し上げます。

さて、記念すべき第50部なのですが、内容的にはタメ回といいますか、主人公の脳内で理屈をこねくり回しているだけなので、次回も連続で投稿いたします。

内容的には、暗い内容になるのですが……まぁ、いつものことですね。

1時間後に時間差で投稿いたしますので、次回も併せて読んでいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ