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斬魔の剣士  作者: 織部改
第二章 月下の剣士
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EP16 美鶴家にて

 隼人が部屋を覗くと、居間と一体になった台所にいる美鶴が、戸棚から盆皿や食器を取り出していた。


「風呂、すまなかった」


 居間に入った隼人は、美鶴に近づいて礼を言った。


「湯加減はどうでしたか?」


「シャワーだけ使わせてもらった」


「えっ? それじゃ、体温まらないじゃないですか。遠慮なんてしなくていいんですよ」


「別に遠慮したわけじゃ――」


 美鶴に目を向けた隼人は、途中で言葉を失った。一度は振り払ったはずだった入浴している美鶴の幻影が、再び隼人の脳裏を掠めたのだ。本人を目の前にしているからか、どうも妙な生々しさがある。


「どうしました……?」


「……な、何でもない」


 顔の火照りを感じた隼人が平静を装って目を逸らすと、不思議に思った美鶴が隼人の顔を覗き込んだ。


「あら……? よく見たら、何だか顔が赤いような……」


「気のせいだ。これは……そう、体が温まった証拠だ。ああ、きっとそうだ!」


 美鶴にじっと顔を凝視された隼人は、慌てて誤魔化した。


「はぁ、それならいいんですけど……」


「ところでこの服は……?」


 隼人は話を逸らすように用意されていた着替えのことを尋ねた。シャツにスキニーパンツという成人男性ならありふれた服装ではあるが、体格的にも彼女が着るとは思えない。


「それは父の服です。サイズは……ああ、よかった。大丈夫そうですね」


「ああ、ちょうどいいくらいだ」


「父と似た背格好だったので、もしかしたらと思ったのですが……ふふ、ぴったりですね」


 隼人の全身に視線を流した美鶴は、頬を緩ませた。


「助かった。さすがに全裸で帰るのはまずいからな」


「そ、そうですね……それはまずいと思います」


「服は後で洗って返す」


「いえ、大丈夫です。その服は長峰さんに差し上げます」


「いいのか……?」


 躊躇いながら尋ねた隼人に、美鶴はしっかりと頷いて返した。


「はい。家にあっても、たんすの肥やしになるだけですし……それなら、長峰さんに着てもらった方が、きっと父も喜ぶと思います」


「そうか、そこまで言うなら……ありがたくいただこう」


 居間を見渡した隼人は、浅江がいないことに気付いた。


「ところで……御堂は、どこに行ったんだ?」


「支部長と連絡を取っていた」


 突然、背後から声をかけられた隼人は、驚いて飛び上がった。


「うぉっ、びっくりした! 急に後ろから声をかけるな!」


 彼の背後には、いつの間にか浅江が立っていた。


「ふむ、ここまで驚くとは思わなかった。そうか、これがドッキリ大成功、というやつだな!」


「……」


 得意気に胸を張った浅江を隼人は呆れた様子で軽く睨んだ。


「それで……どういう話になったんだ?」


「うむ、支部長には牛頭山から襲撃があったことを伝えた。本部は第三支部の管轄に彼奴が逃げ込んだことを隠していたらしい。支部長、相当お冠だったぞ……」


 支部長との会話を思い出した浅江は、深々と溜め息を吐き出した。おそらく彼女の愚痴でも聞かされたのだろう。


「そりゃそうだ。現にこっちは、殺されかけたしな……」


「支部長の話では、現場には調査部隊と一緒に工作員が到着して後始末をした、とのことだ。お主の武器や彼奴が残した物についても回収済みだ」


「そうか……」


 隼人はほっと安堵の息を吐き出した。多少なら致し方ないが、あまりにも多くの痕跡を残してしまった。無関係な市民に武器でも持ち逃げされたら、始末書ではすまないだろう。


「ああ、それと……猟魔部隊の一個小隊が彼奴を追跡中だ」


「あいつらが!?」


「猟魔部隊……?」


 二人の話を聞いていた美鶴が尋ねた。


「葬魔機関本部の精鋭だ。お主を襲ったあの男――牛頭山猛を追っていたが、足取りが掴めなかったのだ」


「精鋭ってことは、強いんですか?」


「うむ。この小隊なら、例の獣鬼は簡単に倒せるだろう」


「そんなに……!?」


 美鶴の驚く声を耳にして、隼人は焦りの表情を浮かべた。


「俺だって、ちゃんとした武器があって、本調子だったら、あんなの――」


「おお! どうやら、もう間もなく彼奴を捕らえるようだぞ」


「……」


 隼人の弁明は、浅江の感心した声に掻き消された。彼女は機関から貸与されている端末を見つめていた。


「何でそんなことが分かる?」


 まるで現場を見ているかのような浅江の口調に、隼人が眉をひそめた。


「私の付けた発信機の信号を追っているからな、ほら」


 浅江は自身の端末を二人に見せた。画面に映された地図には、標的を示す赤い丸いマーカーが表示されている。どうやら市街地近郊の廃ビルに逃げ込んだらしい。その周囲を取り囲むように一六個の緑の丸いマーカーが円を描いている。赤のマーカーが猛のものなら、この緑のマーカーは猟魔部隊のものだ。さすがの猛でも、この包囲網では逃げ場などないだろう。


「いつの間に……」


「戦闘中に付けておいたのだ。ふふふ……彼奴め、全く気付かなんだ」


 浅江はにやりと不敵な笑みを浮かべる。彼女は何度かあの男に接近する機会があった。隙を見て、小型の発信機をくっつけたのだろう。


「それにな、隼人。安全だと分かっていなければ、のんきにお主を風呂に入れたりしないだろう?」


「む……なるほど」


 緑のマーカーが徐々に包囲網を縮めていく。この様子では、あと数分もしないうちに接敵する。しかし、赤のマーカーには動きがない。


 あの男が素直に観念したとは思えない隼人は、迎撃するつもりなのではないか、と画面をじっと注視していたが、結果を見届ける前に、浅江に端末をしまわれてしまった。


「冬木よ、よかったな。もう彼奴に襲われることはなさそうだぞ」


「そうですか……それなら、安心しました」


 元気づけるような浅江の明るい声に、美鶴はほっと胸を撫で下ろした。


「御堂、一つ聞く。猟魔部隊の目的は、あの男の拘束なのか?」


「うむ、そう聞いている」


「……そうか」


 隼人は自身の困惑を声に出さないように、短く答えた。猟魔部隊の最も恐ろしい点は、手段を選ばずに敵を討つことにある。身柄の拘束となると、話は別だ。あの男相手に加減をすることは致命的だ。舐めてかかれば、返り討ちにあう可能性が非常に高い。


 あの男と剣を交えた隼人からすれば、いくら精鋭の猟魔部隊でも、たったの一個小隊では戦力不足だと思えた。


 しかし、美鶴の前でそれを指摘すれば、彼女を不安にさせる恐れがある。隼人は自身の考えを胸にしまって、浅江に再び問いを投げた。


「あの男が捕まったかどうかは、お前なら分かるのか?」


「それなら心配いらん。結果は支部長が私に連絡をするとのことだ」


 猛が包囲網を突破した場合、美鶴を再び狙う可能性がある。戦闘で武器を喪失した隼人は、新たな武器が必要だと判断した。


「御堂、車に武器はあるか?」


「予備の対魔刀が一振りと短剣が数本、小銃は残弾がわずかだ」


「鍵、借りていいか?」


「構わんが……どうしてだ?」


 浅江の問いに隼人は困った様子で目を逸らした。


「……武器がないんだ」


「知らん。ぽんぽん投げるお主が悪い」


 後ろめたさを帯びた隼人の声は、浅江の一言であっさりと切り捨てられた。


「猟魔部隊が追っているのだ。彼らに任せればよかろう」


「そうだけどな……その、武器が手元にないと落ち着かない、というか……」


 美鶴に危機を悟らせないようにするため、隼人は適当な理由で誤魔化した。


「お主、危ない奴だな」


「違うって、これは……そう、職業病だ。ほら、仕事道具がないと落ち着かないんだよ。分かるだろう? そうだ、お前の刀でいいから貸してくれ」


「断る。これは父上から頂いた大切な刀だ。頼まれても貸さないぞ」


「……なら、やっぱ取りに行くしかないよな」


「待て。その様子では、外は見てないな?」


 玄関の方に視線を向けた隼人を浅江が制止した。


「……ああ、見てない」


「この調子じゃ、当分はここを動けないぞ。警察も消防もまだわんさといる。報道の車もあった……できれば、面倒は避けたい。迂闊に外に出ない方がよさそうだ」


 窓に近づいた隼人は、カーテンの隙間から外の様子を窺った。公園の近くには赤い光がいくつも明滅している。目を凝らすと複数台のパトカーと消防車が停まっているのが見えた。警官たちの話し合う様子には、遠目でも緊張感が漂っていた。残念なことに浅江の車は警官たちの目に付くところにある。不用意に近づけば、面倒事になりかねない。


「先日の事件の影響か、やたらと厳重だな……」


「これなら、万一彼奴が逃げ出しても、ここには容易に近づけないだろう。まぁ、我々にはある意味、好都合だ」


「ああ……これじゃ支部に戻るどころか、御堂の車まで行くのも厳しいな」


「そういうことだ。冬木には悪いが、明け方までこの家に留まるべきだ。支部の調査部隊が動いているなら、支部長も今の状況を知っているはず。護衛も兼ねてここに待機する、ということなら納得するだろう」


「……そうだな」


 浅江の提案に渋々といった様子で隼人は承諾した。


「――と、いうわけだ。突然ですまないが、一晩泊まってもよいか?」


 不躾な浅江の問いに美鶴は快く頷いた。


「はい、お二人には助けていただいてますし、喜んで」


「いきなり、悪いな」


「いえ、大丈夫です」


「……気を遣う必要はないからな。お前を守るのは、俺の――」


「仕事だ」


 隼人が言葉を言い切る前に、浅江が割り込んだ。


「……俺のセリフなんだが?」


「ふっ、決まった……」


 悪びれる様子もなく、浅江は満足げに頷いた。


「……調子が狂うな」


 深々と溜め息を吐き出した隼人は、空……ではなく天井を仰いだ。


「参ったな……武器がない」

「長峰さん、悩んでるみたいですけど、どうかしたんですか?」

「あっ、そうだ。冬木、この家に包丁はあるか?」

「包丁ですか? ええ、ありますけど……」

「貸してくれ」

「何に使うんですか?」

「魔獣が出たときに使う」

「包丁は武器じゃありませんよ」

「何たる正論……!」

という話があったとかなかったとか……


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