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斬魔の剣士  作者: 織部改
第二章 月下の剣士
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EP14 月下の剣士Ⅱ

 双剣を振るって見栄を切った隼人は、大剣を構える猛目掛けて一直線に駆け出した。彼の狙いは自身に注意を引きつけることにあった。


 猛の言葉通りなら、偽装拠点で使用した隼人の剣技は既に知られている。であれば、活路を切り開くのは、彼にとって未知である浅江の剣をおいて他ならない。


「はぁぁぁぁ!」


 猛とて、隼人の考えは見抜いていた。しかし、厄介なことに隼人の攻撃を無視するわけにもいかない。


「……」


 迫る隼人を視界に収めながらも、猛の関心は背後の浅江に向いていた。簡易といえども、あの結界は対物ライフルでは破壊できない。通常兵器なら最低でも対戦車ロケット弾並みの破壊力がなければ、砕けることはないはずだ。結界を破壊した浅江の剣技は脅威であり、この戦場で最も危惧するべき対象は彼女だった。


 彼は背後の浅江に注意を払いつつ、大剣の間合いへと駆けてくる隼人を睨む。


「……」


 外部と遮断されていた結界が破壊されたことで、公園内の目視はもちろん、戦闘の音も外に聞こえることになった。それだけではない。先の結界破壊は、まるで水族館の巨大な水槽が砕けたようなものだ。周囲の住民は、結界の砕ける大音響を耳にしていることだろう。間もなく騒ぎを聞いた野次馬たちが集まってくることは想像に難くない。


 隼人は焦っていた。無関係の市民への被害もそうだが、彼女がこの戦闘に気付く前にこの男を退けないと、最悪――


「長峰さん……?」


「なっ――!」


 その最悪の事態が、起こってしまった。声の聞こえた方向に視線を向けると、隼人の左後方――階段の上に美鶴がいた。彼女の姿を見た隼人の表情が驚愕で凍り付く。


「ふむ、まずいな」


 浅江は美鶴のことを知らなかったものの、隼人の表情の変化で、彼女が件の念信能力者だと瞬時に理解した。


「あなたは……!」


 猛の顔を見た美鶴は、彼の顎に見覚えのある傷を見つけ、動揺する。同時に彼女の姿を視認した猛の口元が歪み、獰猛な笑みを浮かべた。


「これは僥倖か……」


「させるか――!」


 猛の浮かべた笑みの意味を理解した隼人は、彼を止めようと、持てる力を両の足に込めて草地を蹴る。双刃を寝かせるように構え、二刀での横薙ぎを繰り出そうと試みる。


 すると猛は構えていた大剣から片手を離し、突進する隼人に向けて、その手の平を向けた。


「念信……!」


 見覚えのある動作から猛の攻撃を見抜いたが、隼人には彼の念信に対抗する術が見出せない。念信を中断させようと、咄嗟に両手に持った剣を手裏剣のように投擲する。しかし、眼前に飛来する双剣を目にしても、男は全く怯まなかった。


『飛べ』


 言葉とともに放たれた男の思念が、衝撃となって隼人を襲った。


「ぐぁっ――!」


 まるで見えない壁に押し出されたように隼人の体が後方へと吹っ飛ぶ。彼の背後には遊水池を取り囲む擁壁があり、背中から強く打ちつけられた。体内の空気が口から放出された。空気だけではない。臓器を損傷したのか、血も一緒に吹き出した。負傷を知らせる信号が脊髄から脳に突き刺さる。そのあまりの激痛に、隼人の視界が白く瞬いた。


「長峰さん!」


 美鶴の悲鳴が戦場に響く。それを耳にしながら、猛はわずかに首を捻る最低限の動きで飛来する双剣を回避する。右の眼窩を掠めた一刃が、目尻の皮膚を切り裂き、血の涙を流した。


「……」


 後方へ飛び去る双刃と入れ替わるようにして、浅江が猛の背後に忍び寄る。もちろん、猛は彼女の接近を見越していた。だからこそ、隼人の投擲した双剣を迂闊に大剣で弾かなかったのだ。大剣よりも間合いの狭い対魔刀の間合いまで、あと一歩というところで猛が振り向き様に刃を振るう。


「がはぁ……!」


 納刀したままの鞘で即座に大剣の薙ぎ払いを防ぐも、想像以上の威力であった斬撃を受け止め切れず、浅江は柵まで軽々と吹っ飛ばされた。とても人体から鳴るとは思えない音を立てて、柵に衝突した彼女は、柵に寄りかかるようにして地面に滑り落ちた。


「……」


 猛の顔が美鶴の方へ向き、二人の視線が交わった。


「――!」


 男の目を見た美鶴は息を呑む。威圧する二つの眼光が、少女に終焉を告げていた。


「逃げろ!」


 血を吐きながら、起き上がった隼人が叫んだ。襲撃者の狙いは彼女に変わったのだ。


「っ!」


 隼人の必死の形相を見た美鶴は、自身がすべきことを理解した。彼女は短く頷くと、踵を返して走り出そうとする。しかし、それは叶わなかった。


 数メートルの高低差がある草地から遊歩道へと驚異的な脚力で跳躍した猛は、彼女の目の前に回り込んだのだ。


 先回りされた美鶴は恐怖からか、よろめくように後退したものの、ぺたりと腰を抜かして座り込んでしまう。


「あぁ……」


 襲撃者が怯える美鶴に歩み寄る。絶望を刻むように、一歩ずつ間合いへと歩を進める。


「憐れな娘よ。この痛みが、お前の最後の苦しみだ……」


 血の涙を流しながら、男が大剣を振りかぶる。彼の斬撃を防ぐ術はあの少女にはない。軋むような痛みに歯を食いしばって、隼人は駆け出した。


「がぁっ……」


 すると突如、身を裂くような激痛が隼人を襲った。この戦闘による負傷によるものではない。無理の連続で、先日の獣鬼との戦闘で負った傷が開いたのだ。胴体がぶつりと千切れてしまいそうな痛みが彼を蹂躙する。


「こんな、ときに――!」


 もつれた膝が折れた。それでも倒れる前に地面に手を伸ばして、突っ伏すのを防いだ。


「がっ、はぁ……」


 地面を踏む足が酷く痛んだ。腹部は内側から張り裂けそうだ。肉体の限界を訴えるこの痛みには抗えない。ただ、嵐が過ぎ去るのを待つように、じっと耐えるしかできないのではないか。


 ――それは違う。まだ体は千切れていない。痛みを感じるということは、神経も確かに繋がっている証拠だ。脳からの指令は、脚に届く。断線寸前の神経に命令を叩き込む。


「あぁぁぁぁぁ!」


 ここで挫けたら、ここで諦めたら――彼女を失えば、あの夜の戦いは、本当に何の意味もなくなる。幸い、体の痛みには慣れている。だが、誰かを失う痛みは、苦しみは、悲しみは――決して慣れることはない。


「――!」


 美鶴の咲き誇る花のような笑顔が隼人の脳裏によぎった。それはかつて目の前で失われた親愛な人の笑顔と重なった。ああ、それはだめだ。彼女を目の前で失うことは、絶対に耐えられない――


「ぐっ……うぉぉぉぉぉぉ!」


 喉が裂けるのではないか、と思うほどに絶叫する。両脚に気合いを叩き込み、持てる力を振り絞る。そうして立ち上がった勢いで地面を蹴った。


 階段を一足で飛び越し、階段の手すりを蹴り飛ばし、道と呼べぬ道を最短距離で駆け抜けた隼人は、猛と美鶴の間に割り込む。


 己の目の前に影のように現れた隼人の姿を見て、美鶴の目が見開かれる。


「……!」


 だがそれまでだった。二人の間に割り込んでも、装備を失い、徒手空拳の隼人にはこの大剣を防ぐ武器や防具はない。しかしそれでも、一か八か右腕を盾のように構えて、防御を試みる。


「っ……!」


「では、お前からだ――!」


 大上段から断頭台の刃じみた大剣が振り下ろされる。巨大な刃が風を切り、唸りを上げて隼人へと叩き込まれる。


「長峰さん!」


 その直前、美鶴の絶叫が夜の闇に響いた。大剣が隼人の右腕に叩き込まれ、爆発したような衝撃音が炸裂した。


「……」


 雷鳴が止んだ後のような静寂が辺りを包み、ただ静かに時が流れる。


「……?」


 訝しんだ美鶴は恐る恐る目を開いた。すると、その目が驚愕に見開かれた。


「――!」


 彼女だけではない。その場にいた誰もが瞠目した。男の大剣は隼人の右腕に受け止められていたのだ。


「……はぁ、はぁ」


 隼人は息も絶え絶えだった。男の大剣を支えにして立っているような状態だった。彼自身、受け止められる確証があったわけではない。しかし、絶大な力を秘めたこの魔蝕の右腕ならもしかしたら、という思惑はあった。


「この硬さ、やはりな……」


 隼人を見つめた猛の目が憐憫の色を帯びる。そうして分厚い刃越しに彼にだけ聞こえる声でそっと囁く。


「一つ、言っておく。ここで殺してやった方がお前にも、彼女にとっても、幸せだぞ……?」


「――!」


 猛の囁きを耳にした隼人の中で、何かが爆ぜた。眼が焼け、脳が燃えるような熱を帯びる。この男の言葉にどんな意味があるのか、隼人は知らない。だがそれでも、他者の都合で親愛なる者の命を奪われた隼人にとって、聞き捨てならない言葉だった。


「……他人の幸福を――人の生死を、お前が決めるなぁ!」


 憤怒の形相で隼人は激昂した。巨大な刃を受け止めた右腕に力が入り、徐々に押し返す。


「――!」


 猛は隼人に最初の一撃を与えたときのことを思い出した。剣を受け止めるのに精一杯だったはずの隼人は、突如、予期せぬ力で大剣をはね除けた。それと同一の事象だ。このままでは、先の二の舞になる――


「ちっ……」


 猛は突き飛ばされるようにして後ずさり、隼人の右腕から大剣を離した。次なる一撃を下そうと、大剣を天高く掲げる。巨大な刃の切っ先が月の光を浴びて、妖しく輝いた。


「……なら、決めるのはこの剣だ――!」


 そう吼えるように叫んだ猛の背から、深紅の血が噴き出した。


「な、に……!」


「――私がいることを、忘れたのか?」


 浅江の抜刀術――瞬刃閃が猛の背中を逆袈裟に斬り裂いたのだ。


「ぐぉ……っ」


 激しい痛みに猛は苦悶を漏らし、仰け反った。


「ちっ、浅いな……」


 刀を振り抜いた浅江が眉をひそめた。手傷を負った彼女には、万全の威力が出せなかったのだ。


 猛の注意が背後の浅江に移る。その場に留まれば、反撃を受けることは必至である。だがそれでも浅江は動かない。彼女の視線は、猛の向こうにいる隼人を捉えていた。


「隼人――!」


 浅江に叱咤された隼人の目に強い光が灯る。奥歯を噛み、右手を握り、拳を作る。残った力を拳へ注ぐ。一歩踏み込むと同時に、腰を捻って拳を突き出す。


「しまっ――」


 しまった、と言い終える前に、隼人の拳が猛の頬を捉えていた。


「うぉぉぉぉ!」


 男の頬に叩き込んだ右の拳を隼人は力一杯振り抜いた。


「ぐっ――!」


 その威力は、大剣を持った男の巨躯を吹っ飛ばすほどだった。猛は殴り飛ばされながらも、空中で受け身を取って着地する。


「はぁ、はぁっ……」


 拳を振り抜いた隼人には、もう余力はなかった。糸の切れた人形のように、力なく崩れ落ちて膝をつく。それでも、その両目は必死に猛を睨み続けていた。


「長峰さん……!」


「……大丈夫、だ」


 隼人を気遣った美鶴は彼の傍に駆け寄り、その肩に手を添える。そんな二人を庇うように刀を構えた浅江が前に立った。


「……さて、どうする」


 口内を切ったのか、口に溜まった血を吐き出した猛は、大剣を悠然と構え直す。すると、公園の周囲が次第に騒がしくなってきた。


「――公園のほうから、すごい音がしたんだって」


「え……聞こえなかったけど、気のせいじゃないの?」


「――ああ、俺も聞いた。早く見に行こうぜ!」


「やめなさい。この間の工業団地の爆発もテロだって噂が……」


「警察、警察に電話して、母さん!」


 周囲の住宅地を一瞥した猛が深く息を吐き出し、三人に視線を戻す。


「……ここまでか」


 隼人を見据えた猛は、わざとらしく鼻を鳴らした。


「両手に花とは、いいご身分だな。せいぜい今の内に楽しんでおくことだ」


 嘲るようにそう言い放つと、猛は三人に背を向け、公園の外へと駆け出した。


「待て――!」


 彼を追跡しようと立ち上がった隼人は、身を裂くような激痛で再び膝をつく。


「っ……」


 痛みを堪えて顔を上げると、襲撃者の姿は闇に消えていた。その闇の向こうから、複数人の足音や話声が聞こえてきた。


「ふむ、まずいな。人が集まってきたようだ」


 納刀した浅江に助け起こされた隼人は、ゆっくりと立ち上がる。


「ああ、急いでここを離れないと……」


 顔をしかめた隼人がそう呟くと、遠くを見た浅江は拳を顎に当てた。


「私の車までは少し距離があるな……」


「それなら、私の家に隠れてください。この近くですから」


 あそこです、と美鶴が自分の家を指差す。


「そうか、すまない。では、騒ぎが収まるまで失礼するとしよう」


 三人は夜の闇に紛れるようにして、次第に騒がしくなっていく公園から離れた。

いつもご愛読いただきありがとうございます。

この後はしばらくバトルシーンがなさそうです。残念……。

あと、自分で書いてて(打ってて?)思ったのですが、背景の描写って難しいですね……。

今まで出てきた建物だったり、公園は大体、参考にした元ネタがあるのですが、文字にすると、これ分からないな……という。

いや、その……背景よりも、気にするところがあるでしょ、と言われたら、そうなのですが……。

なんだか、愚痴っぽくなってしまって、すみません。

今後も不定期で更新しますので、よろしくお願いいたします。

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