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斬魔の剣士  作者: 織部改
第二章 月下の剣士
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EP11 月下の死闘Ⅱ

 大木に背中を預けていた隼人は、攻撃の予兆を殺気で感じ取った。


「――ッ!」


 慌てて大木から離れると、間髪入れずにまるで交通事故でも起きたかのような激しい衝撃音が隼人の背後で響いた。素早く身を起こして振り返ると、そこには彼の予想もしていない光景が広がっていた。


 直径約五〇センチの大木。それがめきめきと音を立てながら傾き、地響きを立てて倒れたのだ。


「なんて馬鹿力だ……!」


 一刀のもとに伐採された大木を見た隼人は、男の斬撃は防げないと判断した。圭介の愛用する対物ライフルで撃てば、あの太い幹を貫通することは可能だろう。しかし、一発では到底切り倒すまでには至らない。


 男がどのようにしてあのような怪力を発揮しているのかは不明だが、この威力を真っ向から受け止めれば、今度こそ身が持たない。


 大剣を振り抜いたままの姿勢だった男は、刃に付着した木端を振り払って、隼人へと向き直った。


「っ……」


 じんと鈍く痛む左肩を押さえた隼人は、苦悶の声を漏らす。すでに左肩の出血は止まり、手の痺れも消えた。おそらく魔獣の因子が活性化し、損傷箇所を修復しているのだろう。


 それは治癒とは似て非なる魔獣へと近づく片道切符。ヒトの肉体から魔獣の肉体への置換である。それ自体は成実医師から話を聞いて、理解できている。


 だが、隼人の体には覚えのない不調があった。左肩以外の部位――腹部や胸部、背部……全身の疼くような痛みには、全く心当たりがなかった。訝しみながら思考を巡らせるも、その原因には思い至らない。


 大木を一刀で切り倒すあの斬撃を一度はまともに受けてしまったのだ。その衝撃が響いているのだろう、と隼人は自身を言いくるめた。


 あれこれと思考を巡らせる隼人を威嚇するように、大剣の切っ先を引きずりながら、男はゆっくりと歩を進めてくる。


 彼我の距離はたったの一〇メートルほど。広い間合いを誇る大剣を持ち、恐るべき脚力を備えたこの男にとって、その距離は大した問題にならない。


 簡易結界は長時間展開することはできないため、まだ外部と隔絶されている間に男は決着をつけようとするだろう。


 隼人にとっては時間を稼ぐことが望ましい。調査部隊が到着すれば、戦力が増えるからだ。とはいえ、このまま攻撃を躱し続けることは困難である。


 周囲に目を走らせた隼人は、状況を確認した。結界に覆われている以上、退路はない。簡易結界といえども、携行火器程度では歯が立たない強度を有している。本調子ではない隼人の剣技では、結界の破壊は不可能である。


 仮に結界を破壊できたとしても、逃走という選択肢はない。この男は美鶴を狙っていた。隼人が戦闘を放棄して逃走すれば、この男が彼女を襲う可能性は高い。それは絶対に阻止しなくてはならない。


 だがそれでも、隼人の心には迷いがあった。襲撃の動機は不明だが、この男にも家族や友人がいるだろう。ここで命を奪えば、無用な悲しみを生むことになる。余所の支部の命令で動いているなら、支部長から手を出さないように抗議を入れてもらえばいい。結界を解除し、撤退してくれるなら、それに越したことはない。


「……なぁ、この辺で退いてくれないか? 今なら――」


 隼人の提案に、男は鋭い斬撃で答えた。彼の提案を否定するような薙ぎ払い。それはどんな言葉よりも雄弁だった。紙一重で斬撃を躱した隼人は、後方へ跳躍して大剣の間合いから離れる。


「……そうか」


 やはり対話の道は閉ざされている。そう理解した隼人は、己の認識の甘さに歯噛みした。この男は自分を殺すつもりでここに来た。


 美鶴と別れ、一人になったところを狙い、こんな手の込んだ真似をして襲ってきたのである。対話の可能性は、最初からなかったのだ。この期に及んで、対話の道を探っていた隼人は、一人相撲をとっていたのである。深く息を吸い込んだ隼人は、胸の内にあった躊躇いを吐息とともに吐き出した。


 逃走は不可。対話による停戦も不可――ならば、この男を排除するしかない。


「――なら、お前は敵だ」


 眼前の人物を完全に敵だと認識した隼人の脳は、標的を打倒するための解を導き出す冷徹な演算機構へと成り代わる。


「……」


 凍てつくような鋭い眼差しに変わった隼人は、身軽になるためにコートを脱ぎ捨て、腰の短剣を諸手で引き抜いた。逆手で短剣を持った隼人は身構えもせずに、力なくだらりと腕を下げたまま、じっと男を見据える。


 隼人が武器を手にしたことを認めた男は大剣を肩に担ぎ、またも突進の構えを取る。それだけしかないのか、それとも隼人相手ならそれだけで十分なのか……その構えは先とまったく変わらない。


 公園を一直線に横断するインターロッキング舗装の遊歩道の上で、葬魔士二人が対峙する。


 延々と続くと思われた睨み合いも、さほど長く続かなかった。男は突進を仕掛けようと、脚に力を込める。だが、その脚が踏み出す前に攻撃の兆しを読んだ隼人が先に動いた。


 隼人は両手に持った短剣を弾丸じみた速度で投擲した。左、右と連続で投げられた短剣が空を切る。しかし、その軌道は男の胸の前で交差し、短剣同士が衝突する軌道だった。躱すまでもない、と冷ややかな目で短剣を見つめた男の予想通り、投擲された短剣が空中で接触し、勢いよく弾け飛ぶ。


 だが、弾け飛んだ短剣の軌道までは、この男も予想できなかった。先に投擲された短剣が目の前に跳ね上がり、闇に潜む男の左目を貫こうと飛来する。それでも男が慌てることはない。躱すにしても、防ぐにしても、この男には容易いからだ――予想外の攻撃がない限りは。


「――!」


 男の鼻先を上空から落下してきた短剣が掠めた。それは男が見逃した三本目――否、正確には最初に投げられた一本目の短剣だった。


 短剣を連続投擲した隼人は、左手での一投目に二本の短剣を同時に投げていたのだ。一本は後から投げる短剣にわざと衝突させる軌道。そしてもう一本は、山なりの曲線を描く軌道。上空へ投擲された短剣は時間差で落下し、男の意識を短剣に釘付けにした。


 落下してきた短剣に目を奪われたのは、コンマ数秒。しかし、その間に弾かれた短剣が男の目前まで迫っていた。


 男は咄嗟に大剣を盾にして、間一髪で短剣を防いだ。無論、巨大な剣を眼前で構えれば、それは死角となる。加えて目深にフードを被っていては、その視界は余計に狭まる。


 短剣の防御に気を取られた男は、いつの間にか隼人の姿を見失っていた。


「なにっ……!」


 周囲に目を走らせ、隼人の姿を探す男の背後を刃のような鋭い殺気が貫いた。隼人は大剣の死角から男の背後に回り込んでいた。その両手にあるのは、一対の穿刃剣だった。両手に持った双剣を振りかぶり、同時に標的に叩き込むその構えは、双刃双砕の構えである。路面を蹴って跳躍した隼人は、一切の躊躇なく男の脊柱目掛けて双刃を振り下ろす――


「くっ……」


 殺気で剣筋を読んだ男は、振り返らずに大剣を持った右手を背後に回し、背負うように身構えた。振り下ろされた双刃は、惜しくもその大剣に阻まれた。


「……」


 攻撃が防がれたことを知った隼人は、剣をわずかに引くと、大剣の腹に肘鉄を入れ、その反動で身を翻して後退する。しかし、隼人が大剣の間合いから退避する前に男が動いた。


「小癪なぁ!」


 怒号とともに男が振り返る。振り向き様に繰り出される横薙ぎ。暴風じみた斬撃が隼人の首を切断する――その刹那、隼人の体が落下するように低く沈んだ。彼の頭上を巨大な刃が通り過ぎる。巧みな足捌きとしなやかな体幹で素早く屈み、大剣を躱したのだ。


 大剣を躱した隼人の目と大剣を振るった男の視線が一瞬、交錯する。彼の目を見た男は絶対の危機を悟った。それは無慈悲に死を告げていた。


 そもそも隼人が後退したのは、男の大剣から逃れようとしたのではない。続く二撃目への助走距離を稼ぐためだった。


 大剣を振るった男の胴は、完全にがら空きになった。双剣を振りかぶった隼人は、地を這うような低い姿勢で路面を蹴って、必殺の間合いへと潜り込む。


「がぁ……!」


 鋭い踏み込みから繰り出される強烈な斬撃――双刃双砕が男の胸部に叩き込まれた。鉄が肉を打つ音と同時に、男の体内からくぐもった破裂音が鳴る。骨を砕く手応えを感じながら、隼人は渾身の力で両腕を振り抜く。双刃で打ち据えられた男は大剣を手放し、舗装の上を滑るように転がった。


「……はぁ、はぁ」


 うつ伏せのまま、身動きせずに横たわっている男を見て、緊張の糸が切れた隼人は、荒く呼吸を繰り返す。体が熱い。戦闘に意識を集中させていたため、体温の上昇など気にならなかったのだろう。忘れていた体の熱が帰ってきたのだ。


 終わってみれば、あっけないものだった。目の前に転がるのは、無残な男の骸一つ。この結末は剣を握ったときに決まっていた。戦うということは、どちらかが敗れるということ。そして敗者に与えられるのは死という結果のみ。


 一方、勝者である隼人の手の内にあるのは、命を奪った残酷な感触だった。彼の心には勝利の喜びなど微塵もなく、強い罪悪感で満たされていた。


斬魔の剣士をご愛読いただき、ありがとうございます。

私にとって、本年は大きな一歩を踏み出せた年になりました。

ただの妄想ではなく、文字と言う媒体にして一つの作品にする……というと大げさですが、こうしてカタチを与えることができて本当によかったです。

そして、少しでも皆様の退屈を紛らすことができたならば、幸いです。

遅筆ではありますが、少しずつ投稿していきますので、来年もよろしくお願いします。

それでは、よいお年を。

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