EP29 男の決意
何の為に生まれた。
何の為に生きてきた。
何の為に生きている。
地を這う虫ですら、己の生を全うする役割を心得ているというのに。
お前は、そこで無意味に朽ちていくことがその役割なのか。
そんな終わりを認めていいのか。
戦う力も武器も持たぬ少女が自らの命を捧げて、討ち果たすべき敵からお前を守ろうとする――そんなことが許せるのか?
かつてお前を庇って犠牲になった人がいた。
彼女を守れなかった非力を嘆き、修練に明け暮れた日々は何だったのか。
血を滲ませ、皮膚を裂き、骨を砕く――それほどまでして己を追い詰めたというのに。
体を鍛え、修練を積み、技術を身に付けても、守るべき者を守れないお前に何の価値がある?
倒れ伏していた隼人は、己の情けなさに怒りが沸き上がった。動かない脳を必死で巡らせ、美鶴に迫る強敵を打ち倒す手段を模索する。
得意の剣技を放とうとしても刀は失われ、穿刃剣では効果が無い。無論、ナイフや投擲用の短剣では歯が立たない。
握るものを失った右手を強く握り、拳を床に叩きつける。何が斬魔の剣士だ。剣が無ければ、戦うことができないのか。目の前の少女は、武器も持たずにたった一人であの獣鬼に立ち向かっているというのに。
「何かないのか……奴を倒す手は……」
悔しさのあまり叩きつけた右の拳を視界に納めると、隼人の目がぱっと見開かれた。
「あった……」
ゆっくりと拳を開き、手の平から右腕へと視線を移す。
そこには恩人を見殺しにした代償として、己の体に刻み込まれた咎の証があった。
魔獣に侵された右腕――それは本来、存在することすら許されない忌むべき力。
その封印を解けば、その身は瞬く間に魔に侵され、理外の力を得ることができるだろう。それはすなわち、人であることを放棄するのと同義である。
だから、どうした?
その選択が過ちであったとしても、彼女を守りたいと思う心は間違いではないはずだ。
このまま死ぬまで後悔を抱えたまま、お前に残った時間を無意味に生きるのか?
短い逡巡の後、隼人は拳を再び握りしめ、絶対の決意を固める。
たとえ人の道に背いても、禁忌に足を踏み入れてでも、進まねばならない道がある。
それは、他の誰かに譲ることなどできない、たった一つの道。
覚悟はとうに決まっている。道はとっくに見えている。ならば、進むしかないだろう。
それが新たな咎を産むこととなろうとも、それがお前に与えられた贖罪の機会であるなら、その道を違えることなど、お前自身が許すことができるはずがないのだから。




