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斬魔の剣士  作者: 織部改
第一章 邂逅の夜
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EP25 激戦

 時は来た。銃声が響き、獣鬼の咆哮は苦悶の悲鳴に変わった。口腔に飛び込んだ弾丸は咽頭部に突き刺さり、多量の血を噴出させる。


 いくら外皮が堅固であっても、体内は脆い。そう見抜いた圭介の観察眼は正しかった。


「好機――!」


 苦痛に悶える獣鬼を見た隼人は、諸手の双剣を構えて疾走する。


 群れの長に迫る彼の進路を阻もうと、身を挺して立塞がるが、わずか五体の餓鬼など、彼にとっての障害とは成り得ない。


 低空を這うように飛ぶ燕の如く駆け抜ける隼人は、その隙間を難なく通り抜けた。しかし、あと数歩で間合いに入るというところで、瘴気の中から新手の餓鬼が数体現れる。群れの長が上げた悲鳴にその危機を感じ取ったのだ。


「ちっ……!」


 獣鬼はまだ痛みに悶えている。この機会を逃すわけにはいかない。舌打ちをした隼人は素早く視線を巡らすと、山積みにされたコンテナが目に入った。


「ギャオウ!」


 群れの長を守ろうと、眼前の餓鬼が爪を振りかざして隼人に襲い掛かる。その爪を躱し、踏み台にするように蹴りつけると、真横のコンテナへと跳躍し、再びコンテナから獣鬼の直上へと跳躍すると、天井の梁を蹴って真っ逆様に急降下した。その連続跳躍の軌跡はまるで数字の4を描く“4の字跳び”であった。


 圭介の放った弾丸に射貫かれた獣鬼は、相変わらず喉を抑えて痛みに悶えている。隼人と獣鬼を遮るものはない。俯くその姿勢は脳天ががら空きだった。


 獣鬼の頭上から急降下した隼人は、標的の一メートル上で身を捻り、双剣を上段から叩き込むべく体勢を整える。


 振りかぶった構えは双刃双砕のそれだ。落下という助走をつけた急降下爆撃ならぬ急降下斬撃は、餓鬼の頭蓋を容易く打ち砕く一撃をさらに強力な攻撃へと押し上げる――


「ぜぇぇやぁぁぁぁ!」


 渾身の力を両腕に込めて、無防備なその頭蓋へと双刃を振り下ろす。魔を屠る剣技が炸裂し、肉を叩き潰す鈍い音を響かせた。


 隼人の狙い通り、血飛沫を噴き上げて双刃が獣鬼の脳天にめり込む。しかし、獣鬼は倒れない。餓鬼の頭蓋を容易く打ち砕く一撃は、並外れた堅牢さを誇る獣鬼の頭骨によって容易く防がれた。


「なっ……!」


 二人の葬魔士が驚愕の声を上げる。決して獣鬼を侮っていたわけではない。並みの獣鬼であれば、今の攻撃で絶命していただろうが、この個体は違った。


 刃を脳天に食い込ませたままの獣鬼が目玉をぎょろりと動かして、隼人を睨む。


「まずいっ……!」


 獣鬼の反撃を予知した隼人は鼻っ面を蹴った勢いで穿刃剣を引き抜き、空中に身を躍らせると、その耳元を暴風のような風音が通り過ぎた。それは隼人の首を引き裂こうと振り下ろされた獣鬼の爪だった。離脱が一秒でも遅れれば、あの爪の餌食になっていただろう。


 獣鬼は怒りに任せ、爪を振ったせいで体勢を大きく崩している。再度、攻撃の機会だと判断した隼人は着地と同時に双刃を構え直し、素早く獣鬼の懐に潜り込むと、殴りつけるようにして右手に持った穿刃剣を腹部に突き刺す。


「グゥオオオオオオオ!」


 肋骨の隙間を縫うようにして差し込まれた刃は、深々と根元まで突き刺さった。獣鬼が上げる苦悶の雄叫びを聞いた隼人は強い手応えを感じながら、反撃を躱すために突き刺した剣を引き抜こうとする。しかし、それは叶わなかった。突き刺さった剣が獣鬼の分厚い筋肉によって挟まれ、まるで万力に固定されたように動かないのだ。


「くっ……!」


 隼人の表情が再び驚愕に染まり、獣鬼の口角が歪につり上がる。


 攻撃は失敗だった、と察した時には遅かった。隼人の首を狙った獣鬼の鋭い横薙ぎが見舞われる。


 やむを得ず穿刃剣を手放した隼人は、後方へ飛び退いてなんとかその一撃を躱したが、着地後の隙を狙って無数の餓鬼が襲い掛かる。獣鬼の意図を見抜いた隼人の背筋に冷汗が流れ落ちた。


「自分を囮にしたのか……!」


 獣鬼の大胆な戦術に戦慄を覚えながらも、必死に顔を巡らせて状況を把握する。いつの間にか護衛の餓鬼が隼人を取り囲んでいた。


 気が逸るあまり、攻撃に夢中になりすぎたのだ。いや、これも獣鬼の巧妙な罠だったのかもしれない。


 絶好の好機は、一転して最悪の危機になった。一体の餓鬼を倒すのは造作もないが、四方八方から無数の餓鬼に襲い掛かられては、歴戦の葬魔士でも苦戦は必須である。


 隼人は空いた手で腿の短剣を抜きながら、苦虫を噛み潰したような表情で周囲から迫る餓鬼を睨む。


「隼人君! 一旦、下がれ!」


 伏せ撃ちの姿勢から上体を起こした圭介は立膝の姿勢でライフルを構え、隼人を襲おうとした餓鬼を次々に撃ち抜いた。隼人を囲む包囲網が崩れ、退却路が見えた。


 短剣を投擲し、手近な餓鬼を倒すと、左手の得物を振り回して迫る群れを牽制しつつ、素早く群れから離脱する。獣鬼を囲む餓鬼は群れの長を護衛するためか、執拗に隼人を追うことはしなかった。


「あいつ、硬すぎる……!」


 群れから距離を取った隼人は、コンテナから降りてきた圭介と合流した。弾倉を交換しながら圭介は短く息を吐き出した。


「まさか、これほどとはね……」


 胸に突き刺さった穿刃剣を抜いた獣鬼は、剣を床に放り投げると踵をゆっくりと持ち上げ、踏み潰した。見せつけるような一連の動作は、明らかな挑発だ。


 破壊された剣を残念そうに見つめている隼人は短く溜息を吐き、圭介に尋ねる。


「次の策はあるか?」


「…………」


 隼人は以前、単独で獣鬼を討伐した経験がある。万全の状態であれば、倒せない相手ではない。しかし、あの獣鬼はキメラである。複数の動物の因子を兼ね備えたあの個体は葬魔士の常識を逸脱するものであった。


 餓鬼の群れを従える獣鬼はいくらでもいるが、自身は力を持ちながらも積極的に戦おうとしない慎重さ、戦局を見極めて攻め立てる冷静さと自らを囮にして敵の攻撃を誘導する狡猾さを兼ね備えた頭脳は、本能のままに暴れ回る獣鬼とは一線を画す存在であることを示していた。


「隼人君、君の奥の手なら……斬魔の奥義ならあいつを倒せないか?」


「……多分、倒せる。だが、周りの餓鬼が邪魔だ。あれを使うには、意識を集中させる必要がある」


「分かった。周りの餓鬼はなんとかしよう。君は、ごほっごほっ……」


 言葉の途中で圭介は、いきなり咳き込む。口元を抑えた手を離すと、鮮血が手の平に付着していた。


 圭介の異常を知り、周囲に目を走らせた隼人は、倉庫の内壁が瘴気に飲み込まれ、果てない闇に同化していることに気付く。


 足元は地を這う瘴気がコンクリートの床を覆いつくし、踝から下が見通すことができなくなっていた。屋内という閉鎖空間では、屋外とは比べ物にならない速度で瘴気が空間を侵蝕していくのである。


「秋山さん……!」


「……喉が焼けるようだ。呼吸が、苦しい」


「……」


 喉を押さえ、絞り出すように弱音を吐いた圭介を、隼人はわずかに表情を曇らせながら、横目で窺う。


 瘴気耐性の低い圭介はその影響を受けやすい。呼吸で気管に瘴気を取り込んでしまうと、直に臓器を瘴気に侵されることとなるのだ。そうなれば、瘴気の毒性によってたちまち細胞が傷つき、その機能を失い、死に至る。


 気管以外にも、瘴気に触れる肌や目は相当な侵蝕を受けているだろう。彼は内からも外からも、その身を焼くような苦痛に苛まれているのだ。それにも関わらず、この男は獣鬼の口腔を正確に射貫いた。隼人は改めて彼の忍耐力と集中力に驚かされた。


「短期決戦だ。それ以外に活路はない」


 瘴気濃度が高まっていくこの状況は好ましくない。魔獣の支配する瘴気に包まれるということは、空間そのものを支配されることと同義である。濃密な瘴気に包まれた獣鬼は、今や霧の中にそびえる難攻不落の城塞のような出で立ちであった。


「隼人君。もう一度、攻撃の機会を作る。奴を斬ってくれ」


「……了解」


 二人の葬魔士は活路を開くために互いの武器を構えて魔獣の群れを睨む。


 霧の中の獣はその視線を真っ向から受け止め、獰猛な笑みを浮かべていた。


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