EP24 魔を穿つ凶弾
魔獣の群れに突っ込んでいく隼人の姿を、山積みにされたコンテナの上にいる圭介が対物ライフルのスコープ越しに見つめていた。獣鬼を護衛する餓鬼は一二体。この他にもまだ実体化していない数多の餓鬼が瘴気の中に潜んでいることだろう。
隼人の獅子奮迅の猛攻により、護衛の餓鬼は瞬く間に蹴散らされていく。しかし、ある程度数が減り、隙を突いて隼人が獣鬼に近づこうとすると、獣鬼が瘴気に潜む群れを呼び出し、その呼び声に答えた新たな餓鬼が瘴気の中から現れて進路を妨害する。その度に隼人と獣鬼との距離は引き離され、一向に縮まる気配がなかった。
それでも、隼人はいつでも獣鬼に突撃できるように一定の距離を保ち続けていた。彼は圭介の号令を待っているのだ。
圭介もまた、隼人に託された好機の一瞬を待っていた。獣鬼が結界を破壊し、敷地内に侵入した際、このライフルで胴体を撃ったが、わずかに怯む程度であった。おそらく、無暗に撃ったところで有効打にはならないだろう。しかし、どれだけ硬い外皮を備えていても、生物としての弱点が存在する。
圭介が最初に狙いを付けたのは、獣鬼の目だった。大型の肉食獣である熊や虎といえども、目は共通の弱点である。あの獣鬼もおそらく目は柔らかいだろう。
だが、わずか数センチの動く的を正確に射貫くのは至難の業である。歴戦の狙撃手である圭介であっても、命中させる確証が持てず、射撃を躊躇うほどであった。
「…………っ」
歯痒い気持ちを飲み込んで、圭介は獣鬼の行動を観察する。スコープの視界の中には、いまだに激しく動き回る隼人の姿があった。
群れに飛び込んだ彼は驚くべき持久力で剣を振るい続けていた。魔獣の群れは数の利によって、隼人を抑え込もうと四方八方から襲い掛かるが、その猛攻を巧みに躱し、攻撃後の隙を突いて次々に屠っていく。
荒々しくも流麗な剣舞に翻弄され、いつしか獣鬼とその配下である群れの注意は、一人の剣士に釘付けになっていた。
隼人に獣鬼の注意が引き付けられていることで、圭介は獣鬼の行動パターンを一手ずつ着実に把握していく。
その結果、狙う部位を変えるべきだ、と圭介は判断した。獣鬼が咆哮を上げる前後数秒の間は動きが止まる。そして、吠えるために大きく開いた口腔はこれ以上なく無防備であると見抜いた。
獣鬼は自身に危機が迫ると、念信ではなく肉声で指示を出す。吠えて仲間を呼び寄せるのである。おそらく多様な獣の因子を取り込んだ結果、魔獣本来の生態から逸脱し、その獣性に染まっていったのだろう。
獣鬼の周囲を固める餓鬼の数が、再び減少していく。まるで歯軋りするように牙を剥き出しにした獣鬼は間もなく増援を呼ぶためにその顎を開くことだろう。
スコープ越しに獣鬼を睨む圭介は獣鬼が口腔を開く位置を予測し、角度を微調整すると、狙撃に向けて静かに呼吸を整える。
咆哮の前兆が表れたら、狙撃を安定させるために呼吸を止める必要がある。呼吸によるわずかな体の動きが着弾地点の大きなズレを生むためだ。
獣鬼を取り囲む餓鬼の数が再び減りはじめた。一秒に一体、規則正しく減少していく様はまるで引き金を引く時を告げるカウントダウンのようだった。圭介は今か今かと逸る心を抑えながら、残った餓鬼の数を数える。残りは七、六、五――――
時は来た。
周囲を見渡した獣鬼が増援を呼ぶために大きく息を吸う。魔を穿つ凶弾を放つ圭介は射撃を安定させるために息を絞り出す。
圭介は獣鬼がその口腔を開くと予測した位置を狙って、引き金を引く。狙いは的中した。獣鬼は彼の狙った位置でその顎を開いていた。
轟音とともに撃ち出された超音速の弾丸は、獣鬼が咆哮を上げるよりも速くその喉を貫いた。