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斬魔の剣士  作者: 織部改
第一章 邂逅の夜
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EP23 獣鬼現る

 美鶴を匿ったコンテナの扉を閉ざし、振り返った圭介は、傍らに立つ隼人の顔を見つめる。普段通りの仏頂面に見えるが、その瞳には静かに戦意が燃えていた。


「行こう」


「ああ」


 獣鬼による隔壁への攻撃がより一層激しくなる。絶え間なく扉を叩く打撃音はまるで開戦を告げる戦太鼓のようだった。


 隔壁の中央部は内側へと大きくへこんでいる。もう突破までは幾許の猶予もないだろう。


 隔壁から約五〇メートルまで近づき、左右に積まれた物資の中央に設けられた通路上に立ち止まった隼人と圭介は壁の向こうの魔獣を睨む。


「さて、どうする?」


「今までの傾向から、隔壁をこじ開けたら瘴気とともに斥候の餓鬼を侵入させるだろう。獣鬼がこの中に入ってくるのはきっと安全だと分かってからだ。斥候でこっちの戦力を把握してから、護衛を送り込んで、最後に入ってくるはず」


「まずは雑魚の相手か」


「うん、君は群れを蹴散らしてくれ。僕は隠れて獣鬼に攻撃するチャンスを作る。合図は、これだ」


 圭介が腕に抱えた対物ライフルを見せつけるように掲げ、それを見た隼人は頬を緩ませ、吐息をこぼす。


「ずいぶん物騒な合図だな」


 でしょ、と得意気に微笑んだ圭介は隔壁に視線を戻すと、綻んだ顔を引き締める。


「屋内の瘴気濃度が高まる前に奴を倒す。準備はいいかい?」


「いつでも」


「それじゃ、作戦開始だ!」


 掛け声とともに駆け出した圭介は、近くの物資の山を足場にしてコンテナの上に駆け上り、隼人の視界から姿を消した。狙撃のために移動したのだ。彼の背中を見送った隼人は、建屋を揺るがす振動に物怖じせず、隔壁へと近づいていく。


 扉を叩く音は相変わらず鳴り止んでいない。弾性の限界を超えて歪み、亀裂の入った隔壁はもう一分と持つまい。隼人は隔壁から約二〇メートルの位置で足を止め、両腰に下げた穿刃剣を左右諸手で抜き放ち、指で絡めて回転させると、ボクサーが拳を構えるように剣を構える。


 激しい殴打の連続に耐えきれず、隔壁の亀裂が徐々に広がり、その隙間からじわじわと瘴気が滲み出る。瘴気は隔壁を伝い、コンクリート床の上を這うように広がっていく。それはまるで紺色に着色されたドライアイスの煙が広がっていくようだった。


 足元へと迫る瘴気にちらりと視線を落とした隼人は、ふと扉を叩く打撃音が止んだことに気付く。


 訝しみながら隔壁の亀裂へと目を向けると、亀裂の隙間からこちらを覗く視線があることに気付いた。獣鬼の視線だ。


「っ……!」


 目が合った。闇に浮かぶその鋭い眼光は見た者を委縮させる凄みがあった。それは何度も獣鬼と対峙した経験のある隼人ですら、顔の産毛が逆立つほどだった。


 全身を押し潰されそうな重圧に襲われるも、奥歯を食いしばって耐え忍ぶ。あれは捕食者が獲物を探す目だ。しかし、その獲物は隼人ではない。その目に隼人が映っていても、景色の一部にしか思われていないだろう。獣鬼は美鶴を探しているに違いない、と隼人は見抜いた。


 眼球をぎょろぎょろと動かして隔壁の内部に視線を巡らせた獣鬼は、目当ての獲物が見つからないと知って、低く唸り、顔を亀裂から遠ざける。だが、諦めたわけではない。間髪をいれずにその隙間から鋭い爪を備えた太い毛むくじゃらの指が現れ、亀裂の端を掴んだ。


「グゥオオオオオオオ!」


「ぐっ……!」


 耳をつんざく咆哮を上げながら、獣鬼が力任せに亀裂をこじ開ける。重い地響きと耳障りな金属音を立て、隔壁が徐々に開かれていく。


 空間が確保されたことで、せき止められていた瘴気の霧は、まるで決壊した堤防から流れ込む濁流のように押し寄せた。


 双剣を構えた隼人は、隔壁を見据えたまま、押し流されないように足を踏ん張って持ち堪える。


 隔壁の亀裂が裂けていくにつれて、獣鬼の姿が露わになっていく。全体像は立ち上がった熊のように見えるが、所々に熊の肉体とは異なる特徴があった。隔壁を掴む手は物を掴みやすい猿の手だ。霧の中で揺れる尻尾は、根元から先端に向かって先細りになっていき、鱗に覆われたそれは蛇を連想させた。


「あいつ、キメラか……!」


 ある生物を捕食した餓鬼がその生物の因子を取り込み、適合することで肉体を変化させ、獣鬼となる。通常は、無数の種を捕食したところで最初に適合した単一の特徴しか発現しない。複数の因子を発現させようとすれば、体がその変化に耐えられないからだ。


 しかし、稀に並外れた生命力ゆえに、複数の生物の特徴を発現させた変異体が生まれることがある。これをキメラと呼ぶ。複数の因子と調和し、統合、適合し、肉体を変化させたキメラは通常の獣鬼を遥かに凌駕する力を獲得する。おそらく目の前の個体も、並みの獣鬼とは比較にならない強さだろうと、隼人は認識を改めた。


「グゥアアアアアア!」


 獣鬼が再び吠えると、こじ開けた隙間から瘴気の霧を突き破って三体の餓鬼が飛び込んできた。この三体は獣鬼と護衛の群れを侵入させるための囮である、と隼人は見抜いていたが、背後に素通しするわけにはいかない。すかさず両手の剣を構えて迎撃を試みる。


 三体の餓鬼の内、一体は正面から、二体は左右から隼人を挟むように駆けてきた。ただ待ち構えていては、彼らの思うつぼである。そう判断した隼人はその戦術を崩すべく、正面の餓鬼目掛けて自ら突撃した。


 疾風の如く駆けた隼人は、両手に握った穿刃剣を振りかぶり、意表を突かれた餓鬼の鼻っ面に双刃を叩き込む。双刃双砕――諸手の双剣を同時に標的に叩きつける単純な剣技である。単純であるがゆえに威力が高く、応用の利く使い勝手がいい剣技である。穿刃剣の重量と突進による速度が合わさった振り下ろしは、まるでスイカ割りでもするかのように容易く餓鬼の頭蓋を打ち砕いた。


 左右から挟撃しようとした二体の餓鬼は、あまりの早業に愕然として硬直する。その隙を目ざとく見抜いた隼人は、もう一体の懐に飛び込むと、刃を薙ぎ払い、側頭部を叩き潰した。最後の一体は仲間の二体が殺されたのを見ると、怒りに任せて襲いかかるが、隼人の巧みな足捌きで牙を躱され、弧を描くように背後に回り込まれると、後頭部に双刃を叩き込まれて即死した。


 隼人が餓鬼を倒している時間はたった数秒であったが、そのわずかな間に獣鬼は配下の餓鬼とともに、隔壁の内部へと足を踏み入れていた。


 刃を振り下ろし、屈んだ姿勢から立ち上がった隼人は、餓鬼の血肉に塗れた両手の穿刃剣を見せつけるように振り払い、獣鬼を見据えた。


 獣鬼は三体の餓鬼が瞬く間に倒されたのを見て、隼人が群れにとって脅威であると認識したらしい。獣鬼もまた隼人を見据えて、低く唸る。


「…………」


 群れを蹴散らせ、という圭介の言葉を思い出した隼人は、短く息を吐き出し、決意を改める。


 獣鬼の周囲には、群れの長を守るべく護衛の餓鬼が二重に取り囲んでいる。あの群れを突破しなければ、獣鬼に刃は届かないのは承知している。司令塔である獣鬼と餓鬼の群れとの連携を断ち切らなければ、攻撃の糸口は掴めないが、この倉庫のどこかに潜んでいる圭介からの合図はまだない。


 あの男のことだ。獣鬼に気取られずに狙撃し、一気呵成の活路を開く絶好の機会を窺っていることだろう。ならば、無謀でも彼を信じてあの群れに飛び込むしか道はない。


 眼前に立ちはだかる魔獣の群れに向かって、隼人は一直線に駆け出した。

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