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斬魔の剣士  作者: 織部改
第一章 邂逅の夜
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EP22 瘴気を抜けてⅡ

 隼人が顔を巡らすと、美鶴は息も絶え絶えといった様子だった。三人は最初こそ小走りだったが、餓鬼と遭遇してからは全力疾走で走り抜けた。普段から訓練をしている葬魔士二人はともかく、普通の学生である美鶴には過酷なものだっただろう。


「私、今日、ずっと走って、ばっかりです……」


 満身の力を振り絞って瘴気の中を駆け抜けた美鶴は、肩で息をしながら弱音を吐く。


「ここまでくれば、もう大丈夫だ。よく頑張ったね」


「……はい」


「安心するのはまだ早い。地下に行くぞ」


 呼吸を整えようと喘ぐ美鶴とそれを気遣う圭介を横目に、隼人は倉庫の奥にある貨物用の大型エレベーターへと歩き出す。


「ちょっと、待ってください……」


 足早に歩く隼人を追って、二人が慌てて歩き出す。


 倉庫の内部は中央に通行用に道が設けられ、左右両端にトラックの荷台に積む輸送用のコンテナや木箱、パレットが山積みにされて置かれていた。天井は鉄骨の梁が見え、無数の電灯がぶら下がっているが、明かりは灯されていない。暗い瘴気の中を抜けてきた三人には、暗がりでも十分に見えるほど、目が暗闇に馴染んでいたのである。


 隔壁からエレベーターまではおよそ一〇〇メートルといったところであるが、疲労困憊の美鶴には思いの外、距離があるように感じた。


 ちょうどエレベーターまであと一〇メートルというところで、三人の背後からシャッターを引き裂く耳障りな金属音が響いてきた。魔獣の群れが押し寄せれば、薄いシャッターなど時間稼ぎにもならない。広い間口が確保されれば、獣鬼が侵入してくるのは、目に見えている。


「っ! もう来たのか。急ごう」


 隔壁を振り返った圭介の表情が一気に硬くなる。隼人同様、彼もこの隔壁では獣鬼の攻撃を防ぐことはできないと踏んでいた。魔獣が近づいてきたと知った美鶴も休憩したい誘惑を振り払い、隼人の背を追う。


 エレベーターに辿り着いた圭介は扉の開閉ボタンを操作するが、反応がない。階数表示の液晶画面を見上げると、暗いままで何も表示されていない。


「おかしい、電源が落ちてる……? 防犯装置の誤作動かな?」


「防犯装置の誤作動なら、電源は生きているはず……瘴気にやられたのか」


「参ったな。これじゃ雪隠詰めだ」


「そんな……」


「大丈夫。なんとか、逃げる方法を考えるよ。僕だってあんなのは相手にしたくない。増援が来ないと、僕らじゃどうしようもない……」


 圭介の言葉を掻き消すように隔壁から衝撃音が轟いてきた。建屋全体を揺るがすようなとてつもない衝撃。成程、これほどまでの威力なら頑丈な結界も打ち砕かれてしまうだろう、と隼人は肝を冷やす。


「獣鬼か……!」


「やっぱり来たね……! まずいな、このままじゃ……」


「……」


 思わず悪態をついた圭介の焦りが美鶴に伝播し、その表情に影を落とす。言葉を濁した彼の沈黙を打ち破って衝撃音が再び聞こえてくる。隔壁を突破しようと獣鬼が体当たりしているのだ。隔壁には歪みが生じており、限界までそう長くないと物語っている。


 二人から少し離れた位置に立つ隼人は、細く長く息を吐き出すと、その眼差しに力を込める。

「秋山さん、戦おう」


「隼人君……」


「どの道、俺たちは逃げられない。なら戦うしかないだろう」


「僕たちだけで?」


「ああ、俺たちだけで。最初から俺はそのつもりだった」


「そうだったね……でも、勝ち目はあるのかい?」


「ある。ここには俺がいる……そして、お前も。俺にとってどんな兵器よりも心強い相棒だ」


「っ……! 君は……!」


 力強い隼人の言葉に圭介は目を見開く。偽りない真っ直ぐな彼の言葉は、心に満ちた不安を一気に引き剥がした。恐れはある。だが、躊躇いはなくなった。魔獣を恐れ、戦意を失った心に再び火が付いた。


「……分かった、戦おう。君の言う通りだ。戦うしかないよね」


「ああ、そうだ。やっと覚悟が決まったか」


「こうなったら決めるしかないでしょ、まったく」


「……戦うんですね」


「ああ、それが俺たちの使命だ」


「そして君の使命は生き残ること、だ」


 圭介はそう言うと、美鶴の背後に置かれたコンテナへと歩み寄り、レバーを外して扉を開けた。


「美鶴ちゃんはこのコンテナに隠れていてくれ。餓鬼程度なら破壊はできないはずだ。僕らが声をかけるまでは外には出ないこと、いいね?」


 はい、と短く答えた美鶴が小走りで駆け寄り、コンテナに身を隠す。圭介が扉を閉めようとしたその時、彼女が中から圭介を制止した。


「なんだい?」


「どうか、ご武運を」


 少女の励ましに答えるように、二人の戦士は短く頷いて返す。その顔には不安の色はなく、どこか余裕さえ窺えた。


「ありがとう」


「行ってくる」


 軋む音を立ててコンテナの扉が閉ざされ、美鶴の周囲は完全な闇に包まれた。獣鬼が隔壁を叩く音が鋼鉄の壁に阻まれているせいで、遠くから響く地鳴りのように聞こえる。彼女はその音に怯えながら、二人の無事を祈るしかできなかった。

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