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斬魔の剣士  作者: 織部改
第一章 邂逅の夜
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EP17 傍観者

 時は少し遡り、隼人と圭介が偽装拠点の駐車場で戦っていた頃――


 事務所内の監視室に残っていた美鶴は、駐車場の監視カメラの映像が映されているモニターで隼人たちと餓鬼の戦いを見ていた。


「すごい……」


 二人の戦いぶりを食い入るように見つめて、思わずそう呟いた。


 公園で隼人に助けられたときは、じっくりと戦闘の様子を見る余裕などなかったが、モニターの画面越しという安全な環境で改めて見てみると、餓鬼の攻撃を躱しつつ、舞うように切り裂く隼人の洗練された動きは、命を奪う残酷な動作でありながら、研ぎ澄まされた刃のようなある種の美を感じさせた。


 しかし、いくら隼人が手を尽くしても、一度に応戦できる数には限りがある。彼の刃を逃れ、素通しになった餓鬼は圭介が危な気なく撃ち抜いていった。


 それはまるで、互いにどの個体を対処するかあらかじめ決めて戦っているような迷いのない動きだった。


 葬魔士二人の奮戦により、拠点の敷地に入り込んだ餓鬼は例外なく屍となっていく。しばし餓鬼に囲まれている危機的状況にいることを忘れ、すっかり画面に見入っていた。


 彼らの戦いを見て、つい先刻まで美鶴は餓鬼に追われていたことを思い出す。あの怪物から美鶴を助けたのは、画面の向こうで戦っている葬魔士を自称する男だった。


 彼らは魔獣が互いの意思を伝える手段である念信と呼ばれる能力を、美鶴が使ったのだと言った。


 美鶴は念信のねの字も知らなかったが、使ったことには心当たりがあった。公園で餓鬼に襲われた際――『来ないで』と叫んだあの瞬間、餓鬼が目の前で停止した。おそらく、あのときに無意識にその力を使ってしまったのだ。


 彼は自分の責任だと言った。彼の声を聞いたせいで、念信を使うきっかけになってしまった、と。だから、命に代えても守り抜く、と。


『それが、俺の贖罪だ』


「贖罪、だなんて……」


 あまりにも重すぎる言葉だった。正直、大袈裟だと思った。それでも彼には冗談を言っているようには思えない真剣さがあり、彼の言葉には深い罪の意識が含まれているように思われた。


 美鶴の知らなかった世界で、彼は戦い続けてきたのだろう。その過去を美鶴は知る由もない。

画面から目を逸らし、胸元にそっと手を当てる。何もできないのなら、せめて彼らの無事を祈るしかない。


 美鶴は見守ることしかできない歯痒さを感じながら、モニターに視線を戻すと、刀を血振るいした隼人が、圭介の元に向かおうとしていた。戦闘が終わったことを知った美鶴はそっと胸を撫で下ろす。


 すると、画面の端で動く影が目に入った。隼人の背後で倒されたはずの餓鬼が起き上がったのだと知って、背筋に寒気が走った。背後に立ち上がる餓鬼に隼人は気付いていない。


「長峰さん……!」


 聞こえないのは承知で画面に向かって呼びかける。無論、隼人は気付かずに歩みを進めていた。餓鬼が頭を持ち上げ、大きく口を開き、背後から餓鬼が襲い掛かろうとした、その瞬間――


「長峰さん! 後ろ!」


 美鶴は思わず、画面に向かって叫んでいた。


 叫んでから、事務所の中からでは隼人には聞こえるはずがないと気付く。しかし、隼人は唐突に声をかけられたようにはっとして、振り向き様に背後の餓鬼を薙ぎ払った。背後から隼人を襲おうとした餓鬼は、首を刎ねられ、今度こそ完全に息絶えた。


 驚いた表情の隼人が、美鶴のいる事務所を見つめる。


「嘘……」


 届くはずのない声が届いたことに驚いた美鶴は、自分の喉元に恐る恐る手を当てる。


「これが、念信……」


 無意識に念信を使ったことに美鶴は深く戸惑い、かぶりを振る。


 その時、敷地外を映す監視カメラの映像に蠢く影が視界に入った。モニターを注視すると、画面の奥から手前に鉄砲水を思わせる勢いで紺色の霧が押し寄せ、あっという間に画面全体を塗り潰す。この拠点を目指して瘴気が迫ってきているのだ。


「……っ!」


 敷地外を撮影していたカメラが瘴気に飲み込まれ、その映像を映していたモニターが次々に砂嵐の画面に変わっていく。瘴気の影響により、故障したのだろう。


 美鶴は念信によって餓鬼を呼び寄せたという圭介の言葉を思い出す。


「そんな、まさか……私が」


 いくら否定しても、モニターに映し出される映像が、彼女の疑念を肯定した。


 胸の内を渦巻く強い不安に押し潰されそうになりながら、ふらふらと監視用のモニターから離れ、力なく近くの椅子に倒れこむように背中を預ける。


 為す術のない美鶴には、隼人たちが戻って来ることをただ待つことしかできなかった。

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