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斬魔の剣士  作者: 織部改
第一章 邂逅の夜
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EP16 魔群迎撃Ⅲ

 魔獣の血の付いた刀を振るった隼人の背中に、突然、激痛が走った。苦痛に顔を歪め、刀を杖の代わりにして膝をつく。


 背中に手を当てると、血がべったりと手の平に付着する。塞がったはずの傷口が開いていた。万全の体調なら六門殲を使っても多少の疲労で済むのだが、手負いの身では想定以上に重度の負荷がかかってしまったのである。


「はぁ、はぁっ……」


 刀を支えにして立ち上がった隼人は、相方の姿を探して振り返る。ちょうど圭介は呻き声を上げる瀕死の餓鬼の頭部を吹き飛ばしたところだった。


 群れの侵入がようやく途切れたと判断した隼人は、深く息を吐き出して圭介に歩み寄る。


「やっと、倒せたな……」


「肝心の獣鬼がまだでしょ」


「あぁ、そうだな……」


 二人は互いに肩で息をしていた。度重なる連戦による疲労がその身を蝕んでいたのだ。その疲労につけ込むように隼人の背後で蠢く影があった。


 いつもなら倒した餓鬼が完全に事切れていることを確認するのだが、この時ばかりはすっかり失念していた。


 隼人は圭介に意識が向いており、背後で立ち上がる餓鬼にまったく気付いていなかった。その餓鬼は腹部に風穴を開け、致命傷を受けていたが、まだ息があったのだ。


 ショットガンに弾を込めている途中の圭介が、隼人の背後に動く餓鬼に気付いた。装填するために握っていた弾薬を躊躇わずに手放し、素早く銃を構える。薬室には既に弾薬が送り込んである――あとは引き金を引くのみ。しかし、餓鬼は隼人の背後に位置しており、射線は死角となっていた。


「はや――」


 圭介は銃を構えながら隼人への警告を叫ぼうとするが、それよりも早く隼人が動いた。背後の気配に気付いたのか、振り向きながら迷うことなく刀を薙ぐ。首を斬り飛ばされた餓鬼は、今度こそ絶命し倒れ伏した。


「と君……後ろって言おうとしたんだけど、気付いたんだね?」


「いや、全然気付かなかった。冬木が俺に教えてくれた……」


 隼人は驚きを隠さずに、心底動揺した様子で美鶴のいる事務所を見つめる。


「美鶴ちゃんが? まさか……」


「念信だ」


 隼人には圭介が銃を構えるより早く、美鶴の忠告が聴こえていた。


『長峰さん! 後ろ!』


 モニターでこちらの様子を見ていた美鶴は、無意識に念信を使ったのだろう。圭介は険しい表情で顎に手を当て思案する。


「これは驚いたね……」


「ああ」


 隼人が答えるや否や、瘴気の霧の中から轟く咆哮が聞こえた。聞く者を威圧する魔の咆哮を耳にし、二人に緊張が走る。


「獣鬼か……!」


「とうとう来たね」


 ベルトを肩にかけてショットガンを背負った圭介は、ハンヴィーの影からライフルを拾い上げる。


「このままじゃ、迎撃はきついね。とにかく一度、事務所に戻ろう!」


「ああ」


 隼人と圭介は踵を返して、事務所へ駆けていく。


 濃密な瘴気が敷地内にまで入り込み、彼らの周囲を包み込んでいた。獣鬼だけではなく、これまでの数を上回る餓鬼の大群の気配を感じる。


 事務所に入る直前、ドアに手をかけた圭介が急に立ち止まり、隼人へと振り返った。


「ちょっと待って、今の念信で他の群れも呼んでないかい……?」


「まさか、獣鬼が呼んだんだろう」


「……隼人君、君も気付いているんだろう。彼女の念信がとても強力なものだって」


「……」


 隼人は圭介の言葉が正しいと思いながらも、素直に頷くことはできなかった。それは、圭介が続けるであろう残酷な言葉を容易に想像できたからだ。


「今、分かった。魔獣は彼女に誘き寄せられているんだ。市街地には襲いやすい獲物が――人間がごまんといる。それにもかかわらず、この場所目がけて群れが押し寄せているんだ。たった一人の少女を目指して、ね」


「この異常な現象は、念信以外に説明がつかない。無意識にこれほどの魔獣を惹きつけるなんて危険すぎる。最悪、彼女を処理することも検討しないと……」


 想像していたとはいえ、処理という単語を聞いた隼人は、眉をひそめて自分の右腕をちらりと見た。


「待ってくれ、念信を使わせたのは俺だ。冬木は悪くない……」


「それに秋山さんが言うような力があるならあいつは普通の念信使いよりもさらに貴重な存在だってことだろう? 支部からの命令を忘れたのか? 最優先はあいつの保護だ」


「君の言うことは分かる。でも、これ以上、彼女が魔獣を誘き寄せ続けるとしたら僕らに為す術はない。それでも、君は彼女を守り切れるのかい?」


 多勢に無勢……いかに優れた葬魔士であっても、集団で襲われればひとたまりもない。たった今の攻防もどうにか持ち堪えたようなものであり、このような綱渡りはいつまでも続けられるものではない。


 葬魔士としての圭介の言葉は正しいと隼人も理解していた。しかし、美鶴を巻き込んだ非があるため、到底許容できなかった。


 それに、隼人は美鶴に守ると誓ったのだ。その言葉を裏切ることなどあってはならないと胸の中で義憤が渦巻く。圭介の問いに答えようと彼を見つめた目に、自然と力が入った。


「ああ。そのときは俺一人でも、奴らを一匹残らず倒して、あいつを守り抜く。それなら問題ないだろう?」


 有無を言わさぬ隼人の気迫に、圭介は気圧されて閉口し、額に手を当てた。数秒の間、無言の時間が訪れる。これ以上問答を続けても、この男には間違いなく自分の意思は通じないだろうという諦観が圭介の脳裏に浮かんだ。


「……悪かった。あくまで最悪の場合ってことさ。今は喧嘩してる場合じゃない。急いで支度して、地下のシェルターに美鶴ちゃんを連れていこう」


「……本当だな?」


 なおも疑うような鋭い眼光で睨まれた圭介は、軽く溜息を吐きながら両手を上げて降参したというジェスチャーをする。


「彼女を今すぐ処理したりはしない。それは約束する」


「……」


「とにかく、今は生き残ることを優先しよう。いいね?」


「……了解した」


 隼人の返答を聞いた圭介は、緊張で強張った頬をわずかに緩める。押し寄せる魔獣の群れとの激戦を制するには二人の協力が不可欠だ。次第に濃くなっていく瘴気に戦慄しながら、今一度、圭介は事務所のドアに手を伸ばした。

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