EP15 魔群迎撃Ⅱ
四方から一体ずつ、隼人たちを囲むように現れた四体の餓鬼が一斉に駆けてくる。四方向からの同時奇襲攻撃である。しかし、二人の葬魔士に慌てる様子はない。事前に攻撃の予兆を掴んでいた彼らにとって、その奇襲はあまりにお粗末だった。
圭介は右前方から現れた餓鬼の眉間を正確に射貫き、すぐさま右後方から迫る餓鬼に銃口を向け、引き金を引く。
その銃声を合図にして、隼人は中段に構えていた刃を肩に担ぐようにして構え、両脚に力を込めて路面を蹴る。
隼人の正面から迫る餓鬼は、接近しながら跳躍のタイミングを計っていたが、獲物自身が急接近してきたことで、そのタイミングが狂ってしまった。結果、振り下ろされた刃に自ら飛び込むかたちとなり、頭蓋を叩き割られた。
振り下ろした刃を構え直した隼人の背後で、三度、銃声が轟く。最初に姿を現した四体はこうして打倒されたが、霧の中に潜む気配は未だ健在である。息をつく暇もなく、新手の集団が隼人の前方から現れる。
「多いな……」
支部からの連絡では小隊規模との予測だったが、その予測は誤りだろう。結界の亀裂から入り込む濃密な瘴気は、夜の闇にも負けない漆黒に染まっている。それは小隊規模の群れが潜む濃度を優に超えた濃度である。
「ぼやくのは後! 次が来てるよ!」
「分かってる!」
餓鬼の集団へ銃口を向けた圭介がショットガンを速射しながら、大声で叫ぶ。その声に負けじと声を張り上げて返した隼人は、迫りくる餓鬼の攻撃を誘うと、振り下ろされた爪を巧みな足捌きで躱し、脇下から首まで斬り上げる。
「はぁっ!」
振り上げた刃を構え直し、左側面から飛び掛かった餓鬼の胴を薙ぎ払うと、さらに返す刃で次の一体を袈裟に切り裂く。そして、刀を振った勢いのまま身を翻し、側面から迫る餓鬼の懐に入り込むと、胸部へと刃を突き立てる。
そうした隼人の奮迅の活躍により、入り込んだ餓鬼たちは次々に倒されていったが、一人では対応できる個体数に限りがある。刃を突き刺した餓鬼の背後にもう一体の餓鬼がいた。仲間を死角として利用して、隼人の目を欺くと、美鶴のいる事務所の方へ駆けていく。
「っ! しまった!」
「甘いよ」
そんな餓鬼を待ち受けていたかのように、圭介は冷静に撃ち抜いた。一二ゲージのスラッグ弾は、餓鬼の頭部を爆破したように吹き飛ばした。
「すまない」
「いいから、次!」
「ああ!」
隼人が仕留め損なった餓鬼は、圭介が的確に処理していった。圭介にとってわざわざ寄って来る餓鬼を撃ち抜くのは容易であったが、何分数が多かった。元々、装弾数が多くないショットガンはすぐに弾が切れる。
「……っ!」
引き金を引いた圭介は、ショットガンのオペレーションハンドルが下がったままになったことに気付く。弾切れだ。圭介の銃撃が滞ったことに感付いた餓鬼の一体が彼に狙いを定めて駆け寄っていく。しかし、圭介は動じない。腰のポーチから取り出した弾薬を排莢口から滑り込ませ、ボルトリリースボタンを押して薬室に送り込むと、間近に迫った餓鬼の頭部に銃口を向け、その頭蓋を撃ち抜いた。
「リロード!」
弾切れになった銃の装填を宣言する圭介の声を聞き、隼人は餓鬼を通すまいと奮戦する。
二人はそうして押し寄せる敵を淀みなく処理していくが、どれだけ斬り倒しても撃ち抜いても餓鬼の群れは途切れる気配がない。駐車場には倒された餓鬼の血肉による沼地が出来上がりつつあった。
瘴気の霧を突き破って現れた新たな餓鬼の集団を視認し、隼人は短く溜息を吐く。これだけの群れとなると、群れ全体を統率する獣鬼以外にも、小さな集団をまとめる分隊長のような個体がいることだろう。
「隼人君!」
「ああ……あいつだな」
隼人と圭介はほとんど同時に、ある餓鬼に注目した。瘴気の中に潜んだまま、二人の様子を窺うその餓鬼は他の個体よりも一回り大きく、餓鬼の名に似つかわしくない筋骨隆々とした体躯であった。捕食を繰り返したことで成長した強力な個体であり、群れのまとめ役としてはまさに適格といえるだろう。
「うん、あいつが指示を出しているみたいだね」
「中間管理職ってやつか」
「僕と同じ、辛い立場だよ」
「……」
圭介の軽口を意図的に聞き逃した隼人は、侵入してきた餓鬼を切り伏せた。霧に潜むあの餓鬼に辿り着くには周囲の護衛を突破する必要がある。しかし、侵入してくる餓鬼を見過ごすわけにはいかない。餓鬼を撃ち抜いた圭介は、隙を見て装填を行いながら隼人と背中合わせになるように接近した。
「隼人君、頼めるかい?」
瘴気の霧に潜むあの餓鬼を倒すことを頼めるか、と圭介は仄めかした。瘴気の霧の中ではその濃度に比例して抵抗が増加し、撃ち出された弾丸に加わる減衰率が著しく高くなる。そのため、手持ちの銃では、濃密な瘴気の中に居座るあの餓鬼を撃ったところで、手傷を負わせるのが関の山である――そんな圭介の考えを彼の一言で察した隼人は、小さく頷いて返した。
「これ以上は残弾が厳しい。消耗戦じゃこっちが不利だからね」
どの道いつまでも湧き続ける餓鬼の相手をしていては、埒が明かない。ならば、群れの頭に奇襲を仕掛けて短期決戦を計るしか二人に活路はないのだ。
「周りの餓鬼はなんとかする。君は真っ直ぐ突っ込んでくれ」
「……了解」
圭介の提案に賛成した隼人は、刀を構え直して揺らぐ瘴気の霧を睨んだ。おそらく次の集団が間もなくあの場所から現れることだろう。再装填を終えた圭介は餓鬼の出現予測位置に銃口を向ける。
「僕は準備万端だ。攻撃のタイミングは、君に任せる」
「なら……今だ!」
無数の餓鬼が霧を突き破って現れたのと、隼人が走り出したのはほぼ同時だった。刀を肩に担ぐようにして構えた隼人は、眼前の餓鬼を見据えて突進する。
餓鬼にとって真っ向から走り寄る隼人は、進攻の障害にほかならない。連携して隼人を仕留めようと、彼の二メートル先で三体の餓鬼が跳躍した。しかし、その跳躍が仇となった。隼人はまるで低空を這うように飛ぶ燕の如く駆け抜け、餓鬼の背後にすり抜ける。三体の餓鬼は慌ててその背を追おうと反転するが、圭介によって次々に背面から胸部を撃ち抜かれた。
隼人を通すまいと霧の中から飛び出した新たな餓鬼も、出現と同時に頭蓋を撃たれて路面を転がった。これでもう、彼の進路を妨げる者はいなくなった。
刀を構えて疾走する隼人は、霧に潜む標的を見据えて素早く思考を巡らした。奇襲の機会は一度限り。つまり、この一撃で決着をつけなければならない。隼人の武器は手に持った刀、ただ一振りしかない。だが、それで十分だ。彼には魔獣を屠る剣技がある。
「…………」
隼人の得意とする剣技、斬魔一閃は圭介と美鶴を助けるために群れの前で堂々と使ってしまった。おそらく霧に潜むあの小賢しい個体には、種も仕掛けも見抜かれていることだろう。
渾身の一撃を防がれれば、待っているのは致命的な反撃だ。それだけは避けなければならない。
隼人の攻撃を予期した餓鬼は、こちらを見据えて万全の体勢で身構えている。接近しても逃げる様子が見えないことから、葬魔士との戦闘には相当な自信があるようだ。
筋骨隆々としたあの個体は皮膚が硬く、肩や腰の頑丈な部位では刃が通らない可能性がある。故に隼人がまず狙いを定めたのは、餓鬼の四肢だった。可動部分は動きを妨げないようにするため、どうしても強度的に脆くなる。いかに堅固な皮膚で厚く覆われていても、四肢の付け根は柔らかいのである。
四肢を切り落とせば、餓鬼に隼人の剣を防ぐ手段はない。首や胴を薙ぐことなど造作もないことだろう。こちらの斬撃を防ぐというのなら、その防御ごと切り崩せばいい――それが隼人の考えだった。
霧に潜む餓鬼に正面から迫る隼人は、路面を蹴る脚に力を込め、疾走の速度をさらに加速した。その加速は一〇メートル以上の隔たりを刹那の内に圧縮し、瘴気の霧を突き破って餓鬼の眼前へその身を運ぶ。それは事前に攻撃を予期していた餓鬼の反応速度を上回り、防御の構えをわずかに鈍らせた。
万全である迎撃体勢に生じたわずかな綻び――その隙を見逃す隼人ではない。
稲光の如く閃く刃で次々に餓鬼の四肢を斬り落とし、無防備となった首と胴を薙ぐ。瞬速の六連続斬撃によって斬り刻むその剣技の名は、秘剣・斬魔六門殲――三途の川の渡し賃になぞらえた敵に引導を渡す必殺剣である。
一瞬の内に放たれた連続斬撃によって切り刻まれた餓鬼の肉体は、無残な肉片に姿を変えてぼたぼたと路面に降り注ぎ、アスファルト舗装を塗り潰す深紅の汚泥と化した。
「ギャァッ!?」
微塵の肉片になった群れの頭の姿に驚愕し、群れの進行がぴたりと止まった。それまで指示に依存して動いていただけに、どう行動すべきか判断がつかないのだろう。
司令官を失って恐慌状態になった餓鬼の一体が霧の中に逃げ帰ると、続けて我先に餓鬼の集団が逃げていく。あとに残ったのは、無残に散った無数の餓鬼の骸だった。




