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斬魔の剣士  作者: 織部改
第四章 百鬼夜行
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EP04 葬魔士二人

 魔獣の群れから逃走した機甲部隊は、枯れ葉の舞う死の森を移動していた。散発的な戦闘はあったものの、三人の隊員に大した負傷はなかった。


「指揮車まで後退! 武装を整えて戦線を再構築する!」


 隊長代理として指揮権を継承したブルブル2は、二人の隊員を先導していた。


「隊長……」


「隊長は何度も死地をくぐり抜けてきた。そう簡単にやられたりしない」


 隊を逃がすため、囮となった隊長の身を案じたブルブル4に、ブルブル2が淡々と言い聞かせた。


 隊長の生存を示すマーカーは、とっくに消えていた。ブルブル2はそれが何を意味するかよく知っていた。だが、その事実を新人に教えれば、恐怖を煽るだけだ。


「レーダー感! 二時方向!」


「――っ!」


「待て! あれはクレイン隊だ」


 何者かの接近を知って武器を構えようとしたブルブル隊だったが、HUDに表示された敵味方識別マーカーを確認すると、クレイン隊のマーカーだった。


「おお、ブルブル隊の。無事だったか……ん? 隊長はどうした?」


 クレイン2の安堵の声が、怪訝な響きに変わっていく。


「隊長は俺たちを逃がすために……」


「そうか……大変だったな」


「お互いにな」


 クレイン隊は隊長であるクレイン1が戦死。クレイン3とクレイン4が負傷していた。取り分けクレイン3は出血が多いせいか、ぐったりとうなだれており、クレイン4に肩車をされてどうにか立っている様子だった。


「最悪だ。逃げるのに精一杯で隊長の遺体を置いてくるしかなかった」


「俺たちだって見捨てたようなもんだ……」


 両隊の副隊長同士が暗い声色で話していたそのとき、クレイン4に肩車されていたクレイン3が肩から滑り落ちるようにして倒れ込む。


「うっ……」


 頭から地面に倒れそうになるクレイン3に、慌ててクレイン4が手を貸した。


「お、おい……大丈夫か」


 機甲具足のインナースーツには、ナノマシンが内蔵されており、軽傷であれば、たちまち修復する。だが、クレイン3の負傷は、ナノマシンの手には負えない深手だったようだ。


「すまん……」


「気にするな。どうやらナノマシンの修復が間に合わないみたいだな」


 群れから逃げるために、応急手当ができなかったことを思い出したクレイン4は、心の中で舌打ちをした。


 そうして彼は、判断を仰ごうと隊長の代理を務めるクレイン2の方を見やった。兜越しの視線を感じたクレイン2は、それに黙って首肯して返した。


「アルバトロス隊とダック隊がやられたのは知っているな」


 落ち葉に覆われた木の根元にクレイン3を横たえたクレイン4は、メディカルキットで治療を始めた。その様子を横目にしながらブルブル2がクレイン2に話しかけた。


「ああ、知ってる」


「なにがあった?」


「……新種の魔獣にやられた」


「新種?」


 声を潜めて返したクレイン2の様子を、ブルブル2は訝しんだ。


「獣鬼変異体……キメラだ。恐ろしい機動力だった。そいつのせいでクレイン3とクレイン4が傷を負った。今、映像を共有する」


 クレイン2から送られた映像がHUDに映し出される。この扶桑型機甲具足には戦闘機のガンカメラのように兜に録画機能が内蔵されているのだ。


 送られてきた映像には、四脚の獣の下半身に人型の上半身――ギリシャ神話のケンタウロスを彷彿とさせる姿の魔獣が、目にも留まらぬスピードで暴れ回る様子が映っていた。画質が荒いせいでよく見えないが、下半身は馬ではなく犬か狼。上半身は人間の女性に見えた。


 どうやら小銃では効果がないらしい。クレイン隊の弾幕をものともせずに突っ込んで、頑丈な機甲具足の装甲を踏み抜き、クレイン1を即死させた。さらに応戦しようとしたクレイン3の腕を掴むと木の幹に叩きつけ、クレイン4を後ろ脚で蹴り飛ばす。そうして残ったクレイン2目掛けて高速で突進してくる。


「っ――!」


 それはドライブレコーダーで録画された事故映像のようなものだ。こちらにぶつかることはない、と分かっていてもつい身を反らそうとしてしまう。


「うわああああ!」


 魔獣と衝突する直前、凄まじい絶叫がブルブル2の兜の中で反響した。死を覚悟したクレイン2の悲鳴である。


「……ん?」


 前触れなしに鼓膜を襲った大音量の暴力に顔をしかめたブルブル2は、映像の違和感に気付いた。クレイン2に急速接近したその魔獣は、彼の直前で急停止していたのだ。


 半人半獣の魔獣は何かを警戒するように遠くを見て、その見ていた方向とは反対の方向に走り去っていった。


「逃げたのか……? なぜだ?」


 ブルブル2は無意識に疑問を口に出していた。


「それは分からん。とにかく今の俺たちの武装じゃどうにもならないのは確かだ」


「ああ、小銃でどうにかなる相手じゃないな。最低でも五〇口径が必要だ」


 HUDを元の画面に切り替えたブルブル2は、重い口調で肯定した。


「俺たちは餓鬼の群れとの戦闘を想定していたからな。まさか獣鬼、しかもキメラが出るとは想定外だった。なぁ、弾あるか」


 弾倉を交換しようとして予備がないことに気付いたクレイン2は、ブルブル2に尋ねた。


「いや、ない」


「ちっ!」


 ブルブル2の素っ気ない回答を聞いたクレイン2は、舌打ちをして小銃を投げ捨てた。


「怪我人もいる。指揮車まで戻って武装を整えよう。増援も来る」


「増援? 死人を増やすだけだろ……」


 増援、という単語を聞いたクレイン2は小馬鹿にした笑みを浮かべた。


「おい、あれを見ろ!」


 突然、クレイン4が枯れた茂みを指差した。するとそこには傷だらけの少女が倒れていた。ショートカットの黒髪に露出の多い服装。顔立ちから察するに一〇代後半から二〇代前半、といったところだろう。


「女か。若いな」


「君、大丈夫か。しっかりしろ!」


「この瘴気濃度だ。生きているはずが……」


 少女の傍に腰を屈めたブルブル3は、少女の状態を確認した。


「呼吸あり。生きてます」


「驚いたな。瘴気耐性持ちかよ」


「尾仁崎村から逃げてきたんでしょうか?」


「だろうな」


「へぇ、あの村にこんな若い娘がいたのか。年寄りばかりだと聞いていたが――」


 会話の途中で、魔獣の襲来を告げる警報が鳴った。HUDには魔獣の位置を示すマーカーが続々と増えていく。


「しまった! 追いつかれたか……!」


「応急処置は終わった。行くぞ!」


「待て。生存者を置いていくわけには……」


 周囲の状況を鑑みたブルブル2は、兜の下で歯噛みした。


「やむを得ん。ここで迎撃する。全機抜刀! 白兵戦用意――!」


 号令を聞いた葬魔士たちは、負傷者と生存者を守るために二人を囲んで抜刀し、戦闘態勢を整えた。


「白兵戦って……この数ですよ。勝てるんですか?」


 画面のほとんどを魔獣のマーカーに埋め尽くされたHUDを見て、ブルブル4が絶望に声を震わせた。目の前に立ちはだかる巨大な壁のような霧の向こうには、数え切れないほどの餓鬼がいることだろう。


「勝つしかないんだ。生き残るためにはな!」


「でも、対魔刀を実戦で使うのは初めてで……」


「躊躇うな。斬ると決めたら、思い切り刀を振り抜け」


 弱気な新人を、熟練葬魔士たちが交互に励ます。


「大丈夫だ。機甲具足がお前の腕力を強化してくれる。ドラム缶の輪切り、訓練でやっただろ?」


「やりましたよ。空のやつでしたけど……」


「ははは、砂入りは俺もできたことないよ。あんなんできるわけないわ」


 訓練の思い出話で緊張が解けた葬魔士たちを見回して、ブルブル2は頬をそっと緩めた。


「来るぞ。お喋りは終わりだ」


「ギャォォォォ――!」


咆哮と同時に魔獣の群れが霧から飛び出してきた。


「構え、かかれ――!」


「うおおおお――!」


 葬魔士たちが気迫とともに一斉に魔獣の群れに突っ込んだ。突進剣術――斬魔一閃によって気勢を削ぎ、出鼻を挫く策だ。先頭集団が倒され、群れの後続が怯む。そこにさらなる攻勢をかけるのである。


「手を緩めるな! ぶっ殺せ!」


「アルバトロス隊とダック隊、そして二人の隊長の弔い合戦だ!」


「ああ、斬りまくってやる!」


 最初の策は成功した。だが、攻勢は長く続かない。圧倒的な数で攻める群れにたった六人では、抗いようがなかったのは明白だった。斬っても斬っても尽きることのない群れに押され、じりじりと後退させられていく。


「ぐっ……押され始めたな」


 HUDのレーダーを流し見たブルブル2は不利を悟った。一体でも取り付けば、たちまち二体、三体と全身に群がられてしまうだろう。


「ブルブル4、信号弾を撃て! 増援に位置を伝えるんだ!」


「は、はい!」


 ブルブル4は慣れない手付きで信号弾を撃ち上げた。遠くからでも目立つ緑色の煙の尾を引きながら真上に撃ち上げられた信号弾は、花火のように空中で炸裂した。


「間に合うか? せめてあの少女だけでも……!」


「しまっ……!」


 攻撃直後の無防備な隙を突かれたブルブル3は押し倒され、途端に何体もの餓鬼に群がられ、装甲の隙間に牙を通されてしまう。そうなると、あとは早かった。まるで解体するように次々に装甲を剥され、露わになったやわらかなインナースーツに齧りつかれる。


「やめっ、ごっ……ぁ」


「ブルブル3!」


「畜生! よくもやりやがったな!」


 激昂したブルブル2が仲間に群がる無数の餓鬼を斬殺するも、体中の至る所を食い破られ、彼は瀕死の状態だった。


「ブルブル3、川本! しっかりしろ!」


 ブルブル3の凄惨な姿を見たブルブル2は、思わずコールサインではなく名前で呼んでしまった。しかし、彼の応答はなく、空を見たまま荒い呼吸を繰り返すだけだった。


「くそ……はっ、ブルブル4! 九時方向だ!」


 襲われた仲間に意識が向いていたブルブル4は、すっかり放心状態になっていた。その隙に餓鬼が跳び掛かった。


「ひぃぃぃぃっ!」


 激戦で半壊した装甲では、次の攻撃に耐えられない。そう理解していた彼は、両腕で頭を覆い、悲鳴を上げた。


「へっ……?」


 だが、いつまでも衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると、餓鬼の胸元――心臓の位置から、鮮血で真っ赤に濡れた対魔刀の切っ先が突き出ていた。その背後には、禍々しい黒い右腕を持つ葬魔士がいた。


「お前は……!」


「増援に来ました」


 増援の葬魔士――長峰隼人は、殺した餓鬼を突き刺したままだった対魔刀を振り払い、死骸を投げ捨てるようにして刃を引き抜いた。


「負傷者の手当と生存者の保護を。ここは我々が引き受ける」


 隼人の隣に現れた、真珠を思わせる美麗な銀髪をポニーテールにした少女――御堂浅江が、別の餓鬼を屠りながらそう言った。


「……!」


 ふとそこで機甲部隊の葬魔士たちは、周囲の群れが刈り取られた雑草のようにあちこちに死骸の山となって積み重なっていたことに気付く。その死骸の山には機甲部隊が倒した餓鬼も含まれるが、それよりもこの二人が倒した餓鬼の方が多く見えた。


「特戦班……! 助かった」


「え……たった二人じゃないですか。これが増援なんですか!?」


「ああ、俺が知る限り最高の増援だ」


 機甲部隊の安堵の声を聞いた浅江は、ふっと不敵な笑みを浮かべて傍らの隼人を流し見た。


「だそうだ。隼人よ。お主、期待されているな」


「あのな……お前も戦うんだぞ」


 突然の闖入者に怯んだ群れを睨んだまま、隼人は呆れ声を出した。


「ふむ。私はこれでもか弱い乙女なのだが」


「言ってろ。俺は行くぞ」


 対魔刀を担いだ隼人は、離れて様子を窺っていた敵との間合いを瞬時に詰めた。


「斬魔一閃――!」


 気合いとともに振り下ろされた刃が、餓鬼の肉体を真っ二つに切り裂いた。さらに斬殺した餓鬼が倒れるより早く右隣の餓鬼に横薙ぎの一撃を叩き込む。続いて背後から奇襲しようとした餓鬼に振り向きざまに対魔刀を投擲し、胸に刺さった刀を、腹を蹴って抜いた。その間、たったの一秒。


「はっ……?」


 あまりの早業に機甲部隊の葬魔士たちには、何が起こったのか分からなかった。彼らの眼前で息絶えた三体の餓鬼を目にして彼が倒したのだ、と知ったのだ。


「すげぇ……」


「生身だよな……」


 機甲部隊の面々が呆気に取られている間に餓鬼は次々に蹴散らされ、群れの先頭集団と葬魔士たちの間に距離が生まれる。


「さて、魔獣ども」


 負傷者を守るため、魔獣に立ち塞がるかたちでその場に留まっていた浅江を狙って、一匹の餓鬼が駆け寄る。それに気付いた彼女は、鞘に入ったままの対魔刀を構えた。


「無辜の民を襲った罪……己が命で贖うがいい」


 浅江の二メートル手前で跳躍した餓鬼は、大きく口を開き、彼女の白く細い喉元目掛けて牙を剥き出しにする。その光景を真っ向から見据えた浅江は、流星さながらの速度で抜刀し、斬撃を放った。


「その首――斬り落とす。秘剣、獄門閃!」


 獄門閃。打首獄門の刑になぞらえたその剣技は、由来どおり標的の首を斬り落とす瞬刃閃の派生技である。速度こそ瞬刃閃にやや劣るものの、正確さと威力を重視したその抜刀術は、餓鬼程度の魔獣は容易に葬り去る。


「ッ――」


 餓鬼の視界が、突然、回転した。それと同時に体が軽くなったようにふわりと宙を飛び、やがて重力に捕らわれて落下する。そうして地面を転がった餓鬼の首は、頭部を失って血を噴水のように噴き出す胴体を見て、自らの死を知った。


「はぁぁぁぁ!」


 浅江が負傷者を守っている間に、隼人は群れの只中に飛び込んでいた。傍から見れば自殺行為であるはずだが、彼に魔獣の爪牙は届かなかった。


 餓鬼が彼に攻撃しようにも、俊敏な身のこなしと卓越した足捌きで仲間を盾にするように立ち回られ、同士討ちを頻発したのだ。数の有利を逆手に取られた群れに動揺が広がっていく。無論、その隙を見逃す隼人ではない。


「今だ! 突っ込むぞ!」


「承知した――!」


 群れが怯んだ好機を捉えた二人は、刃を閃かせて攻勢に出た。


 まるで輪舞のように入れ替わりながら互いの攻撃の隙を補い、絶え間なく対魔刀を振るう息の合った連携。その鮮やかさに機甲部隊の葬魔士たちはただ舌を巻くばかりであった。


 そうして特戦班到着から三分後、二人は機甲部隊から魔獣の群れを引き離していた。


「御堂、群れをここに集める」


「うむ、いつでも構わん」


『――来い!』


 念信による陽動。魔獣たちは本能に従って思念の声に引き寄せられ、念信を放った隼人目掛けて集まっていく。


「あんなにあったマーカーがあっという間に消滅していく……」


「言っただろ。俺が知る限り最高の増援だ、と」


「くっ、援護しようにも俺たちじゃ足を引っ張るだけだな……」


「ああ、援護しないことが最大の援護だ。戦闘はあいつらに任せよう」


「俺たちは指揮車に急ぐぞ。こいつらを死なせてたまるか」


 機甲部隊の葬魔士たちは、負傷者を担いで指揮車へ移動を始めた。そんな彼らの背後――瘴気の霧の中から、対魔刀が肉を裂き、骨を断つ鈍い音が延々と聞こえ続いていた。


いつも斬魔の剣士をご愛読いただきありがとうございます。

作者の織部です。

次の本編の更新までしばらく間が空きます。ご了承ください。

なお、活動報告に投稿している設定は、近々更新する予定です。

良ければそちらもご覧ください。

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