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斬魔の剣士  作者: 織部改
第四章 百鬼夜行
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EP03 会敵

 ――尾仁崎村魔獣襲撃から四時間後。


 筑田山の麓は、紺色の霧――瘴気に覆われていた。瘴気はあらゆる生物を脅かす毒を撒き散らす魔の霧。草木は悉く枯れ、小鳥や虫たちは息絶え、夥しい死に満たされた地獄と化していた。


 地面を覆う季節外れの枯れ葉の絨毯。その上に転がる虫の死骸を、鋼鉄の靴が無情に踏み潰した。それは機械の鎧――機甲具足を身に纏った葬魔士のものだった。


「アルバトロス1よりHQ」


 機械の兜に内蔵されたマイクに、葬魔士の男はそう告げた。


「こちらHQ。アルバトロス1、どうぞ」


 電子的なノイズの後、淡々とした女性の声が兜の中で反響した。第三支部のオペレーターの声だ。


「目標地点に到着した。指示を請う」


「HQ了解。作戦を開始せよ。繰り返す。作戦を開始せよ」


「アルバトロス1、了解。これより作戦を開始する」


 アルバトロス1は命令を復唱すると、間を置かずに通信回線を切り替えた。


「アルバトロス1より各機へ告ぐ。全機起動せよ。繰り返す。全機起動せよ」


 男の命令を合図にして、瘴気の漂う暗い森の中で青白い光が浮かび上がった。瞳を彷彿とさせる横に二つ並んだ光。その輝きが続々と増えていく。葬魔士が装着する機甲具足のカメラアイだ。


「アルバトロス1より各隊長機へ。これより我々は、尾仁崎村を襲撃した魔獣群の掃討作戦を開始する。各隊散開し、霧の中からの奇襲を警戒しつつ、群れの頭を捜索。これを撃破せよ。なお、生存者を発見した場合は、最優先で保護せよ」


「クレイン1、了解」


「ダック1、了解」


 作戦に投入された計四小隊の内、二人の隊長が応答した。だが、残り一人の隊長から応答がない。


「ブルブル1? どうした、応答せよ」


「……ブルブル1、了解」


 ブルブル隊の隊長は、渋々といった様子で応えた。彼はこのコールサインが気に食わなかった。怯えて震えているような情けない呼び名に不満があったのだ。


「隊長、やっぱこのコールサイン恥ずかしいですよ……」


「言うなって。俺だって気にしてんだから」


 部下の気まずそうな声に軽い口調で返した彼は、アヒルよりはヒヨドリの方がましだ、と自分に言い聞かせた。


 ブリーフィングの際にコールサインの候補が挙げられ、無難に第三支部で使用するウエポンズコールサイン――アックス、ブレイド、キャノン、ダガーでよいのではないか、と提案したが、アルバトロス1に却下された。


 昔馴染のあいつのことはよく知っている。自分が一番かっこいいコールサインを使いたいだけだ。アルバトロスがアホウドリを意味することなど、おそらく知らないだろう。そう考えると、自然に皮肉な笑みが浮かんでしまう。間の抜けたあいつにぴったりだ、と。


「しかし、支部のレーダーが使えないのは不便ですね。猟魔部隊が追っていた奴との戦闘の影響らしいですが……」


 ブルブル1の後方から、新人のブルブル4が不安そうに話しかけた。彼は戦死した葬魔士の補充要員であり、今回の任務が初参加だった。


「機甲具足に搭載された短距離レーダーは使える。戦闘には支障がない」


 部下の不安を一蹴するように毅然とした口調で彼は言った。


「でもこれ、ほとんど有視界戦闘と変わりないじゃないですか」


「敵が来る方向が分かるだけでも大助かりだ。生身じゃ霧の中からいきなり目の前に飛び出してくるようなものだからな」


「それは……確かにそうですが」


 どこか納得しきれていない曖昧な口調でブルブル4が返した。おそらく不安を払拭できていないのだろう、とブルブル1は推測した。


「この扶桑型は電子戦に特化している。戦闘力じゃ主力の金剛型には敵わないが、瘴気内での索敵性能ならこっちの方が上だ」


「そうなんですか」


「ああ。こいつは当初、第一世代機――荒海型では不完全だった瘴気影響下での通信状況を改善する目的で開発されたからな。その名残で強力な通信機器が搭載されているんだ。こうやって瘴気の中でも離れた他の隊とクリアな通話ができるのは、扶桑型ならではだ」


「あー、そう言われると携帯で普通に喋ってるみたいですもんね。型落ちかと思いましたが、そんな利点もあるんですね」


「結局、今の技術では、高濃度瘴気内での通信は諦めざるを得なかったが……こいつでデータを採らなければ、それも分からなかった」


「そうなんですね。はぁ……でも、やっぱ金剛型がよかったな……これ、重いし」


 若手の落胆する声を聞いて、ベテランの彼は渋い顔をした。こいつの良さは、実戦を経験しないと分からないものだ、と。扶桑型の装甲は、荒海型から続く重装甲の系譜である。この分厚く頑丈な装甲に何度も命を救われた。多少重いくらいどうした。この安心感は、軽装甲でちゃちな機甲具足では得られない。主力機の金剛型が重装甲から機動性重視の軽装甲に方針転換したせいで見限られたとする説もあるが、それは俗説に決まっている。


 瘴気の中でも安定した通信が可能であり、高い防御性能を誇る扶桑型こそ、現代の戦士を守るための理想の鎧なのだ。


 ……もっともそんなことを考えているブルブル1は、金剛型を着たことはないのだが。


「安心しろ。こいつの頑丈さは俺が保証する。なんせ青春時代からの付き合いだからな」


 ブルブル1は誇るようにそう言うと、こん、と軽く胸部装甲を拳で叩いてみせた。


「なんか……嫌な青春ですね」


「ブルブル4、私語は慎め」


 作戦中にもかかわらず私語を続けるブルブル4を、副隊長であるブルブル2が注意した。


「す、すみません……」


「まぁ、大目に見てやれ」


 緊張を紛らわせようとして会話を続けていた隊長――ブルブル1は、苦笑しながら部下を諫めた。その直後、魔獣の接近を伝える警告音が兜の内側で鳴り響いた。


「これは……!」


「来たな」


 兜の内側――HUD(ヘッドアップディスプレイ)に表示されたレーダーを確認すると、右翼を担当しているクレイン隊の右方から魔獣の群れが迫っていた。


「クレイン隊! 三時方向! 距離二〇〇!」


「数は……八。さらに後方から一九! なおも増える!」


 ブルブル2が注意を促すと、敵を捕捉したクレイン隊のマーカーが慌ただしく動いた。もう間もなく戦闘が始まるだろう。


「隊長、九時方向です。距離三〇〇。数は三〇以上」


 冷静な性格のブルブル3が平時のように淡々とした口調で告げた。


「以上?」


「正確な数は不明です」


「計測不能、か……」


「なんですかこの数は……ブリーフィングで個体数はせいぜい二〇体前後だと……」


「事前情報は参考だ。あてにするな」


 動揺するブルブル4に、ブルブル3が落ち着いた声で言い聞かせた。


「隊長、障害物の多いこの場所で戦うのは不利です。移動しますか」


 兜越しに副隊長の厳しい視線を感じた。周囲に立ち並ぶ木々は、魔獣にとって絶好の弾除けになる、と指摘しているのだ。歴戦の葬魔士であるブルブル1もそのことをよく理解していた。


「そうしたいのは山々だが、持ち場を離れれば、一気に戦線が崩壊する。ここで迎え撃つぞ」


「……了解」


 作戦立案をしたアルバトロス1の無能加減に頭が痛くなる。ブリーフィングの際、群れの進入個体数が制限される狭谷や橋のような有利な地形に誘導し、迎撃することを進言したが、却下されたのだ。


 事件発生の報告が入ってから作戦立案までのスピードは恐ろしく早かったが、それはマニュアル一辺倒の現実味の薄い作戦だったのだ。


 諜報班の情報を待って、実際の状況に即した作戦を立てるべきだった。あのとき、もっと強く反論すればよかった、と反省したが、今さらだ。ここで恨み言を言っても仕方がない。


 不利ではあるが、戦いようはある。群れの規模が大きくなるほど、統率は乱れ、戦法は雑になる。肥大化した群れは、緻密な連携を放棄し、数に任せた集団突撃に傾くのだ。無論、数の暴力は脅威であるが、来る方向が分かっていれば、対処は十分可能だ。


「フォーメーション、デルタ」


 ブルブル1の指示を聞いて、隊員たちが素早く動いた。ブルブル4を囲むようにして、前方をブルブル1が。右方をブルブル2が。左方をブルブル3が位置する、三角形を描く陣形を組んだ。未熟なブルブル4をカバーしつつ、前方に火力を集中する陣形だ。


「対魔獣戦闘、射撃用意――! 同士討ちに気を付けろ!」


 号令が下され、葬魔士たちが一斉に葬魔機関制式小銃を構える。


 対魔獣戦闘を想定したこの小銃は、瘴気内での威力減衰を見越して、拳銃弾を大幅に上回る運動エネルギーを持つ中口径のライフル弾――7.62ミリNATO弾を使用する。


 その威力は、頭部なら一撃。急所に正確に当たらずとも胴体や胸部に当たれば、深手を負わせて一時的に戦闘不能に追い込むことが可能なほどである。


「距離五〇……距離三〇、来るぞ!」


 視界を閉ざす紺色の霧の壁。その向こうから枝や葉を踏む音が聞こえてきた。やがて無数の荒い息遣いが近づいてくる。


 HUDに表示された先頭集団との距離は、三〇メートル。接敵まであと五秒もない。あの鋭い爪牙は恐ろしいが、届かなければ意味がない。近づかれる前に蜂の巣にしてやる――!


 果たして紺色の霧を突き破って、魔獣――餓鬼が現れた。一体、二体……いや、もう数える必要はない。全て殺すのみだ。


「――撃て!」


 号令とともに四人の小銃が一斉に火を噴いた。その銃口から飛び出した弾丸の雨は、瘴気の中から現れた餓鬼の群れを、瞬く間に蜂の巣にする。硝煙と血煙、そして紺色の瘴気が混ざり合い、気味の悪い赤紫色の霧を作り出す。


「オラオラオラ! ミンチになりやがれ!」


「あっはっは! こりゃハンバーグ作り放題だな!」


「ミートボールにしてやる」


「先輩たち怖ぇ……」


 霧から姿を現した餓鬼は次々に撃ち抜かれ、葬魔士たちに近づく前に倒れ伏す。だが、その余裕も束の間。仲間の死骸を乗り越えて、新たな個体が続々と現れる。


「数が多い……!」


「ぼやくな! とにかく撃ちまくれ!」


 戦闘開始から三分後、魔獣の出現は前方だけではなくなっていた。右から。左から。接近警報が鳴りっぱなしだった。


「リロード!」


「ブルブル2、カバーします」


 弾切れを告げるブルブル2を、ブルブル3が援護した。


「くそっ……こいつはきついな……!」


 途切れる間もなく餓鬼が襲ってくる。事前情報は参考とはいえ、これは想定外の物量だった。ベテラン葬魔士であるブルブル1ですら、この規模の戦闘は久々だった。


 当然ながら、本来の目的である群れを統率する個体――通称、頭を目指す余裕は、葬魔士たちにはなかった。


「うおおおお!」


 接近警報は鳴り続いている。いつしか警報が鳴るのと、実体化した餓鬼を視認するのは、ほぼ同時になり、乱戦となっていた。


 戦闘開始前、この周辺は魔獣が実体化できない瘴気濃度だった。この地点に陣取ったのは、離れた位置に現れ、こちらに接近する敵を迎え撃つ意図があったのだ。だが、戦闘中に瘴気濃度が上昇していた。どこから出現してもおかしくない濃度に達していたのである。


 撃つべき標的は、探さずとも目の前に現れる。レーダーを見て位置を確認する必要もない。現れたなら、撃てばいい。ブルブル1はそう思いながらもHUDに視線を走らせると、ブルブル4の後方に現れたマーカーが目に入った。しかし、彼は動かない。どうやら目の前の敵を撃つことに夢中で、背後から接近する脅威に気付いていないらしい。


「ブルブル4、チェックシックス!」


「えっ……? うわっ――!」


 ブルブル1が後方警戒の合図を叫ぶも、振り返ったブルブル4が攻撃する前に餓鬼が飛びつかれ、そのまま仰向けに押し倒され馬乗りにされてしまった。


「た、隊長――!」


 首を噛まれる寸前で咄嗟に突き出した左腕の籠手――腕部装甲に餓鬼が噛みつき、耳障りな金属音を鳴らす。人骨を容易に噛み砕く顎の力が徐々に籠手に加わり、表面がへこむ。


「ひぃ……!」


「このっ……!」


 ブルブル1は精密射撃で餓鬼の頭部を撃ち抜いた。餓鬼に馬乗りにされていたブルブル4はまともに上から降ってきた血を浴び、絶命して脱力した肉体に覆い被さられた。


「はぁ……はぁっ……」


「大丈夫か!」


 真っ赤な血を頭から浴びて放心状態のブルブル4に、ブルブル1が応戦しながら声をかけた。


「は、はい」


「さすが扶桑型……頑丈だ。命拾いしたなブルブル4。戦えるな?」


「もちろんです。まだ戦えます」


 餓鬼の死骸を押しのけたブルブル4が立ち上がった直後、ブルブル2の緊迫した声がスピーカーから流れた。


「ダック隊、全マーカー消失!」


「なっ――!?」


 マーカーの消失。それは死を意味していた。


「アルバトロス隊、バイタルサインオールロスト!」


 ダック隊に続けてアルバトロス隊が全滅した。その事実に、ブルブル1は戦慄した。彼らは自らの危機を他の部隊に告げる間もなく撃破されたのだ。


「クレイン2よりブルブル隊。誰でもいい! 応答してくれ!」


「こちらブルブル1、どうした?」


 クレイン2は明らかに恐慌状態に陥っていた。そんな彼を落ち着かせようと、ブルブル1はできるだけ平静を装って尋ねた。


「クレイン1が戦死。クレイン3とクレイン4が負傷した。これ以上、戦闘を継続できない。我々は直ちに撤退する」


「っ……! 了解した」


 近づく餓鬼の額を撃ち抜きながら返答したブルブル1は、小銃の残弾が間もなく尽きる残弾警報を聞いて舌打ちした。なるべくなら近接格闘戦は避けたい。わざわざ奴らの得意な土俵で戦う必要はないのだ。


「隊長、駄目だ。このままじゃ群れに飲まれる――!」


 ブルブル2が小銃を放棄し、対魔刀に持ち替えていた。弾が尽きたのだ。他の者も時間の問題だろう。群れの後続が途切れる様子はない。むしろ他の隊が戦闘不能となった今、全ての魔獣がこの隊に向かって押し寄せてくるのは目に見えている。このままでは状況が悪化する一方だ。


「ここまでか……我々も撤退する! ブルブル1よりHQ! ブルブル1よりHQ!」


「こちらHQ。ブルブル1、どうぞ」


 オペレーターの涼しい声に苛立ちを覚えながらも、言うべきことを優先する。


「これ以上戦線を維持できない! 我々は瘴気圏外へ撤退する!」


「ブルブル1、撤退は許可できない。繰り返す。撤退は許可できない」


「なっ――!」


 無慈悲なオペレーターの言葉に、彼は愕然とした。


「ブルブル1、増援を送る。何としても戦線を維持せよ」


「畜生っ! 増援だと――!? これはもう歩兵がどうこうできるレベルじゃない。爆撃で消し飛ばすしかないんだ! 状況を理解しているのか――!?」


「……」


 突然、通信が途切れた。オペレーターに切られたのではない。電子戦に特化した扶桑型ですら通信不能な瘴気濃度に達したのだ。だが、これはこれで好都合だ。現場判断で動くしかないのだから。


「ブルブル1より各機、一時後退だ。指揮車まで下がって体勢を立て直す。ブルブル2先導しろ。殿は俺が務める」


 魔獣の出現が途切れたわずかな隙を見計らって、ブルブル1は手早く弾倉を交換した。そうして新たな弾倉を咥えた小銃を、紺色の霧に――まだ姿を現さない敵に向けて構える。


「しかし――」


「命令だ! 行け!」


「っ……了解、ブルブル隊続け――!」


 対魔刀を掲げたブルブル2は、瘴気の侵蝕が及んでいない瘴気圏外へ向かって走り出し、彼の背に二人の葬魔士が続いた。その直後、彼らを追うようにして次の群れが霧を突き破ってきた。


「行かせるか!」


 ブルブル1は仲間を餓鬼の群れに小銃を乱射した。圧倒的発射速度の全力射撃が生み出す一人弾幕が魔獣の追撃を阻む。だがそれも長くは続かない。それほどの発射速度で撃てば、それだけ早く弾薬を消費するのだ。言わずもがな交換したばかりの弾倉は、一〇秒と経たずに空となった。そして群れはまだ、尽きる気配がない。


「ちっ……! 俺の部下は……やらせねぇよ!」


 弾倉交換の暇などない。弾切れになった小銃を惜しみなく投げ捨てた彼は、腰の対魔刀を抜き放った。


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