EP12 散策
師弟騒動から二日後、隼人と美鶴は商店街を歩いていた。
「悪かったな。今日は付き合ってもらって」
「いえ、私こそ家に寄っていただいてありがとうございました」
隼人は自身が使う武器を作成している儀武に用があったため、陽子に外出許可を得ようとしたところ、またも美鶴が陽子の仕事を手伝っている姿を目撃した。
休日にもかかわらず仕事を手伝わされている彼女を不憫に思った隼人は、適当な理由をつけて連れ出したのだった。
「志穂ちゃんも一緒に来られたら、よかったのですが……」
「冬木の家、行きたがってたな」
外出する隼人と美鶴について行こうとした志穂だったが、師である圭介に鍛錬に付き合ってほしいと言われ、同行を諦めたのだった。
「秋山さんのリハビリに連れていかれたからな。仕方ない」
母犬に置いていかれた子犬のような寂しげな表情をして圭介に連れていかれた志穂を、隼人は思い出した。
「秋山さん。長峰さんたちを見て、やる気が出たって言ってましたね」
「そういや久々だな。秋山さんと梅里が一緒に鍛錬するのは……」
「じゃあ、師弟水入らず、ですね」
「まぁ、そんなところだな」
美鶴の不思議な表現に、隼人は苦笑した。
「ところでどうなんですか? 春町さんは」
「どうって……?」
「ほら、筋がいいとかあるじゃないですか」
そう美鶴に尋ねられた隼人は、姫花との鍛錬を思い出す。
「……そうだな。体は柔らかい、と思う。足運びも中々だ。反応も機敏だな。新人としては、悪くないんじゃないか」
「ふふっ、べた褒めですね」
「む……」
図らずも親馬鹿ならぬ師匠馬鹿になってしまった、と隼人は反省した。
「だが、太刀筋はまだまだだ。いくら機動性、敏捷性に優れていても魔獣を倒せなきゃ話にならない」
「あ、急に辛口になりましたね」
つい数秒前と打って変わって厳しい口調になった隼人に、今度は美鶴が苦笑した。
「それにあいつには魔獣と戦った経験がない。実戦投入される前に一度は斬らせておかないと駄目だ」
「そんな物騒な……」
「魔獣を斬ったことがあるかないかで葬魔士として格が変わる。今のあいつは葬魔士とは呼べない。せいぜい軽業師だ」
「そ、そこまで言いますか……」
隼人が辛辣な評価を下すと、美鶴は困惑した。
「言う。討伐任務に同行させてやりたいが……そんな機会ないよな」
焦りが滲む彼の声を聞いて、美鶴は別の困惑を覚えた。
「どうしてそこまで……?」
「敵を知っているのと知らないのとでは、まるで違う。敵を知っていれば、自ずと戦い方も見えてくる。敵を知らないまま戦うのは、試験勉強をしないで試験に挑むのと同じだ」
「……なるほど」
隼人の焦りを理解した美鶴は、腑に落ちた様子で頷いた。
「長峰さん……まるで先生みたいですね」
「む……」
いかにもなことを言ってしまった、と隼人は気恥ずかしさを覚えた。
「一応、師匠……らしいから」
「一応、じゃなくて師匠でしょう」
曖昧に隼人が返すと、若干呆れた様子で美鶴は言った。
「でも、最近の長峰さん、生き生きしてますよ」
「そうか?」
「はい。とても」
「まぁ、その……ああいうのも悪くないかもな」
隼人の脳裏に浮かんでいたのは、師匠である甲斐斗との修行の日々だった。隼人が新たな剣技を覚える度に我が事のように喜んでいた甲斐斗。その理由が当時は分からなかったが、今なら分かる。
「俺が受け継いだものを、あいつが受け取ってくれる。それがきっと嬉しいんだ」
そう言った隼人の顔には、優しい笑みが浮かんでいた。
「あーあ、なんだかちょっと妬けちゃいます」
踊るようにステップを踏んで隼人の前に出た美鶴は、彼の顔を覗くようにくるりと振り返った。
「え?」
「だって長峰さん、私に念信を教えてくれるって約束したのに結局教えてくれませんでしたし……」
「うっ……それは、その……悪かった」
牛頭山猛との戦いの後、隼人が入院している間に、美鶴が陽子から念信の指導を受けたことは、美鶴自身の口から直接聞いていた。
「俺だってそうしたかったのは、山々だが……」
「分かってます。仕方ありませんよね」
冗談です、というように、美鶴は寂しげな微笑みを浮かべた。そんな彼女を見て、隼人の心はちくりと痛んだ。
「なぁ、冬木。詫び、と言ってはなんだが……どこか寄ってくか?」
隼人の提案に驚いた美鶴は、目を瞬かせた。
「いいんですか」
「ああ。せっかくの外出だし……なにか食べたいものとかあるか」
「えーと……そうですね」
「言っておくが、満漢全席なんて勘弁してくれよ。俺、そこまで余裕ないぞ」
真剣な表情で考え込んだ美鶴を見て、隼人は不安を覚えた。
「さすがにそれは……あ、チーズケーキがおいしい喫茶店がこの近くにあるので、そこはどうでしょうか」
「へぇ……じゃあ、そこにするか」
「うむ、私も賛成だ」
「え……?」
背後から聞き覚えのある女性の声を耳にした二人が振り返ると、そこにはノースリーブのリブニットに深いスリットの刻まれたスカートという大胆な私服姿の浅江がいた。いつもは束ねている真珠のように美しい銀髪を解き、風が吹くままになびかせている。
「御堂さん……!」
「お前、いつから……」
「ついさっきだ。二人が私の目の前を通り過ぎたからな」
「え、どこにいた?」
隼人が首を傾げると、浅江は眉をひそめた。
「……隼人。お主、私に気付かなかったのか」
「ああ、普段と違うから分からなかった」
「ふむ。では、どう違うのか聞こうではないか」
腕組みをした浅江は、いかにも不満そうに尋ねた。
「いや、その……機関の制服じゃないし……」
隼人は自身と浅江を見比べながら、そう返した。
「お主な……私だって外出のときは私服にもなるのだぞ。忘れたのか」
「それに……」
「それに?」
言い淀んだ隼人の言葉の続きを、浅江は厳しい口調で促した。
「……綺麗だから」
「なっ――!」
隼人が照れた様子でぽつりと呟くように言い、浅江は頬を赤らめた。
「はい。大人な感じでとても素敵です」
「そ、そうか……! それなら見間違えても仕方ないな!」
手を腰に当てて誇るように胸を張った浅江は、まんざらでもない様子でそう言った。
「しかしな。どうせ外に出るなら私を誘ってくれてもよかったのではないか? まさか冬木と二人きりで……」
「はっ――!」
浅江の言わんとしていることを理解した美鶴は、一気に赤面した。
「あのな……だってお前、久納さんのところに行くって言ったら、ついて来なかっただろ?」
「うっ、それはそうだが……」
隼人に尋ねられた浅江は、苦い顔をして小さな呻き声を漏らした。
「御堂さんは久納さんが苦手なのですか?」
「う、うむ……以前、私の刀を見せてくれ、と迫られてな……」
目を血走らせ、鼻息を荒くしながら迫ってきた儀武に恐怖心を抱いた浅江は、すっかり彼が苦手になってしまったのである。
「そのときの久納さんが、あまりにも変態的だったのだ」
「はぁ……そうだったのですか」
「あの迫り方は尋常じゃなかったな。多分、鍛冶屋としては、お前の刀を見ずにはいられなかったんだろう」
当時を思い出した隼人が、そう振り返った。
「おっと、時間は有限だ。さ、冬木の薦める店に行こうではないか」
「そうですね。あの店には、ここから――」
美鶴が道を案内しようとした瞬間、けたたましい電子音が鳴り響いた。三人の端末が一斉に警報を鳴らしたのだ。
「えっ、長峰さんと御堂さんだけではなく、私も……?」
三人は急いで端末を取り出して見てみると、端末の画面には、大きく“緊急”の二文字が表示されていた。
「これは――!」
「緊急招集だと!」
画面をタップし、通知を確認した隼人と浅江は、緊迫した声を出した。
「一体、何が……」
「分からない、が……スイーツはお預けだな。支部に戻るぞ」
隼人の言葉に頷いた浅江と美鶴は、彼に続いて走り出した。
斬魔の剣士をご愛読いただき、ありがとうございます。
作者の織部です。前回の投稿から間が空いてしまい、すみません。
この回で第三.五章終了となります。例によって章末の後書きですので、長くなります。ご了承ください。
第三.五章は、第三章と第四章の橋渡しとなるイメージで考えていました。
隼人の過去について、彼の師について、そしてまさかの弟子の登場。
既存のキャラを掘り下げてもよかったかな、と思ったのですが、こうなりました。
虎西さん家については、やろうやろう、とずっと思っていたので、予定どおりでしたが、姫花は急に生まれたキャラクターです。
結界を預かる彼女の父や、隼人の曾祖父――白鴎と共闘した姫花の曾祖父の設定はあったのですが、彼女自身は存在せず、隼人と絡ませるのに弟子を出すのはどうだろう、と風呂に入ってる時にポンと浮かびました。
ちなみに姫花の曾祖父である良助は、白鴎に振り回されていた、という設定です。“おい、良助。腹が減った。握り飯作ってこい”“えー、またですか、隊長”て、感じで。
さて、第四章についてですが、すみません。投稿までまた間が空きます。
夏はダメなんです。私の部屋、エアコンなくて……。電気屋さんに断られて……。もうね、PCがすごい唸ってます。ワードすらカクカクです。スマホで書き溜めたり、図書館で作業したりしてますが、受験生らしき学生が来ると譲らざるを得ません。あの子たちには、将来がありますので……。
ああ、涼しい部屋で執筆したい。そんな今日この頃です。
活動報告については、ちょこちょこ更新できると思います。設定の公開がメインとなります。よかったら、そちらも覗いてください。本編の致命的なネタバレは、ない……はずです。
どうか皆様も熱中症には、お気を付けください。それでは失礼します。




