EP07 彼女と彼について
武道場を後にした隼人は、支部長室に訪れていた。剣を教えてほしい、と懇願してきた姫花について支部長である陽子に話を聞くためだ。
「春町姫花。かつて守護四聖の一家、北上家に仕えていた春町家の末裔だ。教導院時代の成績は、平凡そのもの。特筆すべき点は……これといってないな。強いて言えば、葬魔史の成績が他の教科よりいいくらいか。幼少期はバレエを習っていたようだ」
支部長室にいた美鶴から資料を渡された陽子は、ページを捲りながらそう言った。
「素性は確かだ。心配するな」
陽子から姫花について説明された隼人は、安堵の息を漏らした。
三年前、呪堕の封じられた大結界の破壊を阻止し、斬魔の剣士の称号を授与された隼人は、様々な人間につけ狙われた。
純粋に命を狙う者。ありもしない財産を奪おうとする者。そして肉体に宿る魔獣の因子を欲する者。
名家の出であることも手伝って葬魔機関の関係者で彼の名を知らない者はまずおらず、四六時中、彼を利用しようとする邪な人間につきまとわれ、その悪意を見せられた彼は、たちまち心を病んで疑心暗鬼に陥った。
そんなことがあったため、隼人に何らかの思惑を持って接触する人間がいれば、相談するよう、前もって陽子に言い付けられていた。もっともあの少女からは、そういった悪意は微塵も感じられなかったのだが。
「春町……聞いたことはあったが、そんなに古い家系だったとは知らなかった」
隼人がそんな感想を呟くと、美鶴は不思議そうな顔をした。
「意外ですね……長峰さんが知らないなんて」
「ま、それは仕方のないことだ。春町家は一度、歴史の表舞台から姿を消したからな」
資料を机の上に置いて、コーヒーカップを口元に運んだ陽子がそう言った。
「どういうことですか?」
「主として仕えていた北上家は、葬魔機関が設立して間もなく青龍院家と不和になり、勢力争いに敗れて滅ぼされた。主を失った春町家はたちまち没落し、存在すら忘れ去られる有様となった」
そこでふと美鶴は、守護四聖で現役の葬魔士がいるのは、長峰家と青龍院家である、と聞いたことを思い出した。
「すっかり落ちぶれた春町家だったが、戦後の混乱期に姫花の曾祖父にあたる良助が武勲を上げたことで、再び脚光を浴びるようになる」
「戦後……葬魔士の方もやはり大変だったのですか」
「ああ。大戦末期、空襲で瘴気の源泉を覆う各地の結界が失われ、瘴気が流出したからな」
結界自体は無事でも発電所等の関連施設が破壊されたら維持できないわけだ、と陽子は補足した。
「えっ……! そんなことになったら、魔獣が……」
「そうだ。瘴気とともに魔獣どもが市街地に押し寄せた。そこで活躍したのが、我々、葬魔機関の誇る葬魔士だ」
自慢げにそう言った陽子は、脱力した様子で椅子の背もたれに体を預けた。
「春町の曾祖父がいた部隊は、激戦区だった広島戦線に投入された。そして一〇〇〇体を超える魔獣の群れを単独で撃破し、斬魔の剣士の称号を復活させることとなった長峰とともに英雄として名を連ねた」
「長峰……えっ、長峰さん?」
聞き覚えのある名を耳にした美鶴は、驚きの表情で隣の隼人を見た。
「いや……多分、俺のひい爺さんのことだ」
「ああ、長峰の曾祖父――白鴎のことだな」
「で、ですよね……」
二人に冷静に返された美鶴は、やや気恥ずかしそうに頬を朱に染めた。
「奴は今の長峰のように近接格闘戦を得意とする葬魔士でな。対魔刀と短剣を駆使して魔獣と戦った」
「対魔刀と短剣……え、もしかしてそれだけで一〇〇〇体も倒したんですか!?」
美鶴が驚きを声に出すと、陽子は堪らずに笑みをこぼした。
「しかも一人で、だ。一〇〇〇体単独討伐の偉業……例の称号を授与されるにはふさわしい活躍だろう」
「でも、復活とは、どういうことですか」
「斬魔の剣士の称号は、葬魔士の中でも真の剣士と認められた者に与えられる名誉の称号。それは転じて戦果を認められる機会がなければ、授与されることもない。結界のおかげで大規模な戦闘のない太平の世が続いていたため、授与されるきっかけがなかったわけだ」
「それが戦後の混乱期で魔獣が増加して、授与される機会ができてしまった、と……」
「そういうことだ」
「血反吐を吐いて戦って死ぬまで後遺症で苦しんでそれで得たのが名ばかりの称号だけとは、報われないな……ひい爺さんも」
以前に聞いた曾祖父の末路を思い出した隼人は、自嘲気味に言い捨てた。
「ふっ……お前が言うと、説得力があるな」
「……どうも」
愉悦の笑みを浮かべた陽子にうんざりした隼人は、深い溜め息を吐き出した。




