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斬魔の剣士  作者: 織部改
第一章 邂逅の夜
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EP12 偽装拠点にてⅢ

 着替えを終えた隼人は、室内に漂う暗く沈んだ空気に我慢できず、つい口を挟んだ。


「秋山さん、話が逸れ過ぎだ。それに、そこまで言わなくていいだろう」


「ああ、そうだね。つい熱が入って……ごめん」


 隼人に諭された圭介は、額に手を当て、前髪を掻き乱す。圭介自身、脅かすつもりはなかったのだが、熱心に聞く美鶴の姿勢に乗せられて夢中になってしまったのだ。小さく咳払いをした圭介は、気を取り直して口を開く。


「ええと、それじゃ、話を戻そうか。隼人君と僕は魔獣出現の連絡を受けて、この地域を管轄している支部から派遣されてきた。少し離れた山の中で魔獣の群れと戦ってたんだけど、市街地に別の群れが向かったという連絡があって、追撃するように命令を受けたんだ」


「それで、この偽装拠点で装備を整えてから、応戦する予定だったんだけど、誰かが襲われていると気付いた隼人君が、事務所を飛び出していって、君を見つけたんだ」


「……どうして、私が襲われているって分かったんですか?」


「君が念信を使ったからだ」


「念信、ですか」


 聞き慣れない単語を耳にした美鶴は、怪訝そうに聞き返した。


「そう、念信。分かりやすく言うと、一種のテレパシーみたいなものだね。思考を無線のように遠くまで放つことが可能な通信技術、いや、通信技能というのかな。魔獣はこの念信で互いに意思を伝えあって、会話をしているんだけど、どうやら君はそれを使うことができるらしい」


「私が? まさか……そんなことできるわけありません」


「隼人君は、君の念信を聞いたと言っている」


「えっと……秋山さんには聞こえなかったんですか?」


「うん。残念ながら、僕には念信が聞こえないし、使えない」


「誰でも使えるというわけではない、と?」


「その通り。昔は珍しくなかったみたいだけど、今じゃ使える人間はほんの一握りさ。ウチの支部だと隼人君と支部長くらいしか使えない」


「そんなこと、やっぱり私にはできません……」


 美鶴は困惑しながら、小さくかぶりを振る。その様子を見た圭介は顎を指でなぞると、武器の確認に着手した隼人に視線を向けた。


「隼人君、試しに念信を使ってくれないか」


 圭介の言葉に驚いた隼人は目を丸くした。ここでの念信の使用は、結界の外にいる魔獣を刺激する危険性を伴う。慎重な行動を心掛けている圭介らしからぬ大胆な提案だったために、思わず面食らってしまった。


「いいのか? 俺はあまり念信の扱いが上手くない。下手すると外の奴らを刺激しかねないぞ」


「構わないよ。一度、念信がどういうものか彼女に知ってもらう必要がある」


「……分かった」


 隼人は軽く息を吐き出すと、手にしたばかりの短剣を机の上に置いて目を瞑る。


『聞こえるか?』


「えっ?」


 隼人の囁くような小さな声が間近から聞こえた美鶴は、驚いて彼を見つめるが、その口はきつく結ばれていた。


『やはり、聞こえているんだな』


「なにこれ……イヤホンで声を聞いているみたい。頭に直接、声が……」

 

 美鶴はイヤホンがついていないことを確かめるようにそっと両の耳に触れる。


「これが念信だ」


 眠りから覚めるようにゆっくりと目を開けた隼人は、念信ではなく肉声で話した。


「美鶴ちゃんには聞こえているんだね」


 僕には聞こえなかったけど、と圭介は苦笑する。


「念信は本来、魔獣が互いの意思を伝える手段として利用しているけど、これを人の身でありながら使うことができる者がいる。彼らは念信能力者と呼ばれていて、古の伝承ではその能力を使って魔獣の大群を誘導し、敵対するクニを滅ぼした者もいれば、嵐の如く荒ぶる魔獣を鎮めて人々を救った者も存在したとされている」


「魔獣のコミュニケーションツールである念信を使える人間は、意図せずに魔獣を誘き寄せるある種の信号を発してしまうことがある。君は公園で餓鬼に襲われたときに無意識に念信を使った。そのおかげで隼人君は美鶴ちゃんを見つけることができたけど、一歩間違えば、大惨事になったかもしれない」


「そんな、私が……」


 困惑を深め、次第に血の気を失っていくような美鶴の様子を見兼ねた隼人は、なんとか助け船を出そうと思考を巡らした。


「秋山さん、冬木は俺たちの支部に連れて行けば、なんとかなるんじゃないか? 支部長なら念信についても詳しいだろう。力を制御する方法も知っているはずだ」


「……そうだね。僕もそれを考えていた。やはり美鶴ちゃんには、僕たちの支部に来てもらうのが一番だろうね」


「……」


 自分抜きで話が進んでいくことにさらなる不安を覚えた美鶴だったが、念信について詳しくないため、閉口するしかなかった。


 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、ふと何かを思い出したような声を出した圭介が、美鶴の方に顔を巡らせる。


「ああ、そうだ。美鶴ちゃん、ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」


「……はい、なんでしょう?」


「今まで念信の声を聞いたことは?」


「……いえ、今日、初めて聞いたと思います。遠くから誰か呼ぶような声だったので、最初は幻聴かと思いました」


「遠くから誰かを呼ぶ……か。それで、その声はなんて言ってたか覚えてるかな?」


 怪訝な表情を浮かべた圭介が、美鶴の顔をじっと見つめて聞き返す。はい、と短く答えた美鶴は、思い出すように宙を見つめながら言葉を続ける。


「えっと、その声は……来い、って言っていました」


 短剣を鞘に戻した隼人はその手を宙で止めたまま、ゆっくりと二人の方を見る。圭介がはっとした顔で隼人を見つめると、みるみるうちに隼人の顔が青ざめていった。


「隼人君……」


「まさか、山の中で使った時か」


 念信を使う人物は限られている。ましてや来い、と呼びかけたのは隼人に他ならない。隼人の中で念信を使うべきではなかったという後悔が腹の底から湧き上がってきた。


「美鶴ちゃん、その念信の声は何回聞いたか覚えているかい?」


 慌てた様子の圭介は身を乗り出すような勢いで、美鶴に尋ねる。美鶴は気持ちを落ち着かせるため、一呼吸置いてから話し始めた。


「えっと……喫茶店で一回、店の外で一回の合計二回です」


「森に潜む群れを呼び寄せるために一回、残党が残ってないか確認のために一回……隼人君が餓鬼を呼び寄せるために使った回数と一致するね」


「……」


「その後でもう一回似た声が聞こえたんですけど、それはあの怪物のものでした。私、声の区別がつかなくて近づいてしまったんです」


「なるほど、それで餓鬼と遭遇したんだ?」


 あくまで事務的に問いかける圭介に、美鶴は小さく頷いて返した。隼人は机に両肘をついて額に手を当てて、思い詰めるように机を睨んだ。


「俺のせい、だな……」


 唇を震わせ、喉の奥から絞り出すような掠れた声でぽつりと呟く。椅子から立ち上がった圭介は、隼人の肩に励ますように手の平を置いて、彼を宥めた。


「隼人君、この班の責任者は僕だ。念信の許可を出した僕にも責任がある」


「念信を提案したのは俺だ。そのせいで餓鬼を呼び寄せて、冬木を巻き込んだ……他の人間だって襲われたのは俺が、俺がきっと悪いんだ……」


「隼人君、それは違う。市街地の餓鬼は僕らが山中にいたときから、もう入り込んでいただろう。美鶴ちゃんを襲った餓鬼だって、君が呼んだとは限らない」


 隼人の肩から手を離した圭介は、壁に立てかけられた散弾銃をバッグに納め、隣に立てかけられた狙撃銃を手に取った。


「僕は再度、増援の確認も兼ねて支部に連絡を取る。君はここで装備を整えて、彼女の護衛をしていてくれ」


「……」


「隼人君、返事は?」


 やや厳しい口調の圭介は、問い詰めるように隼人に返答を催促した。隼人は視線を合わせず、絞り出すような声で返答する。


「了解……」


「よろしい。無線で支部に今後の指示を仰いだら、武器を積みに車に戻る。増援待ちとは言っても、準備はしとかないとね。君は、美鶴ちゃんを頼むよ」


「了解……」


 覇気のない隼人の声を聞いた圭介は、小さく嘆息しながら武器と弾薬の入ったバッグと狙撃銃を肩に担ぎ、美鶴に向き直る。


「美鶴ちゃん、彼は自分にできると思うことを――最善を尽くそうとした。だから責めないであげてほしい」


「……はい」


「それじゃあ、行ってくるよ」


 圭介が退室すると、会議室は重い沈黙に包まれた。沈むように俯いたままの隼人と、二人で会議室に取り残された美鶴は、どうしたらいいか分からず、すっかり困り果ててしまった。



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