表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
119/140

EP46 鋼鉄の猟犬Ⅱ

「金倉君、いいかな」


「何です。今、作戦を……」


 楽しそうな声で話しかけた理仁に、智己は焦りを滲ませた声で答えた。


「あの壁、どう思うかね?」


「壁……?」


 理仁の言葉の意図することが分かりかねた智己は、眉をひそませた。


「言葉足らずで失礼。我々から見て左の壁は弾痕がある。だが、右の壁には弾痕が無い。そして伏魔士の血痕はそちらに続いている」


 隼人と猟魔部隊の隊員たちが戦っている場所の奥にある壁には、弾痕が全くない部分があった。それは弾丸が途中で遮られたことを意味する。


「なるほど……」


「弾丸を計算して弾く彼だ。あの方向には何があるのかな」


「ふふふ……そういうことですか」


 理仁が伝えようとしていた言葉の意味を理解した智己は、怪しげな笑みを浮かべた。



※    ※    ※



 魔を狩る猟犬の群れが、執拗に隼人を追い立てる。


「くっ……」


 隼人の剣に殺意が感じられない隊員たちは、果敢に彼を攻めていた。四方から襲う斬撃に次ぐ斬撃。鋼鉄の爪牙が、彼の精神と体力を消耗させる。


 被弾は掠り傷に抑えていた。魔獣の因子によって傷はただちに再生する。だが、一撃一撃は致命的でなくとも、積み重なれば戦闘に支障をきたす負傷となる。


 これ以上時間をかければ、不利になる一方である。そう判断した隼人は、勝負に出る。


「獲った……!」


 前後から挟撃を試みた二人の隊員は、窮地に立たされて足を止めた隼人を目にして歓喜の声を上げた。


「……」


 刀の間合いに入った隊員は、ここぞとばかりに対魔刀を振り下ろす。頭部に迫る刃を見据えた隼人は、だらりと両腕を下げたまま、前傾姿勢で両脚に力を溜める。そして――


「消えた、だと……!?」


 振り下ろした対魔刀は空を斬り、その隊員は勢い余って前のめりによろけた。


「どこに行った……?」


「後ろだ!」


 別の隊員から指摘された彼は、背後を振り向きながら対魔刀を振るった。頭部を無惨に切断する横薙ぎが、間近にいた隼人の右耳から左耳まであっさりと通過した。


 そう、通過したのだ。斬られたはずの隼人は、黒い風となって刃をすり抜けていた。


「残像だと……!」


 信じられない光景を目撃した隊員は、驚愕に声を震わせた。慌てて周囲を見回すも、隼人の姿を捉えることができない。


「気を付けろ! 影身脚だ!」


「気を付けろって……どうやって!?」


 高速の幻影に翻弄された隊員たちは、恐慌状態に陥った。なんせ視覚が頼りにならない。当てずっぽうに刀を振り回したところで、ただ空を斬るばかりである。


「視覚を当てにするな。気配を探るんだ!」


「ああ、分かっ……何だ、これは」


 視覚を閉ざし、戦士の勘を用いて獲物の気配を探ろうとした隊員は、その優れた勘ゆえに絶望した。隼人のものと思われる無数の気配が、彼らを包囲していたのである。


「馬鹿な……分身したとでも言うのか」


「はぁぁぁぁ!」


 不意を突いて隊員の背後に回った隼人は、影身脚で加速した勢いのまま、双剣を彼の背に叩きつけた。


 機甲具足を稼働させるバッテリーは、インナースーツの背面に装着されており、胸当てと同程度の強度を持つ背部装甲に覆われている。


 動力源であるバッテリーを破壊すれば、人工筋肉による補助は失われ、頑丈な装甲は死荷重へと変わる。それを隼人は狙ったのだ。


「しまっ――!」


 背部装甲が陥没し、突き刺さった二枚の刃がバッテリーを粉砕した。隼人の斬撃をその背に受けた隊員は、糸の切れた人形を机の上に滑らせたような無気力さで床を転がった。


「残りは……三人」


 多対一。数の暴力で制圧されることを危惧する隼人は、影身脚で翻弄して死角から斬撃を叩き込む一撃離脱の戦法に戦い方を切り替えていた。


 猟魔部隊の隊員は、残り三人。だが、いずれも本部の精鋭である。最後の一人を倒すまで気が抜けない。


 敵が消耗しきるのが先か、それとも自身が消耗しきるのが先か。そんな根比べになっていた。


「これで二人――!」


 黒い疾風と化した隼人は、次の標的に高速で迫る。だが――


「猟魔を舐めるな!」


 接近する途中で、進路上に対魔刀が突き出された。


「種が割れたか……!」


 隼人は自身の迂闊さに反省した。


 巧みな足捌きと急加減速で敵を翻弄する影身脚は、単体の標的なら効果が高いが、複数の標的には効果が落ちる。観測者が増えれば、それだけ視覚を欺く難易度が上がり、技の精度の低下に繋がるのだ。


 敵が初見なら、数が多くとも通用しただろう。しかし、相手は葬魔の精鋭――猟魔部隊なのだ。安易に仕掛ければ、軌道を読まれる。


 咄嗟に突き出された対魔刀をいなしたが、別の隊員が繰り出す追撃の刃が迫っていた。さらに背後にはもう一人の隊員が構えている。


「ちっ……」


 追撃の刃が振り下ろされる前に、その隊員の左脚目掛けて右手の穿刃剣を投げる。そうして手裏剣よろしく太股に剣を投げ刺して足止めをした隼人は、背後を振り返りつつ、残った穿刃剣に右腕を重ねて対魔刀を受け止める。


「おらぁぁぁぁ!」


 気合の咆哮とともに対魔刀が振り下ろされた。牛頭山猛の一撃には敵わずとも、体が軋むような衝撃が隼人を襲う。これまでまともに受けることを避けていた一撃を、とうとう受けてしまった。同じ機甲具足相手でも兜を割り、装甲を引き裂いて頭から股まで両断する威力を誇る斬撃は、魔蝕の右腕がなければ、生身で防げなかっただろう。


「ぐっ……ぁぁぁぁ!」


 機甲具足の装着者が人工筋肉で肉体を強化するのと同様に、隼人は右腕に宿る魔獣の因子によって肉体を強化する。現代技術が生み出す剛力を、魔獣由来の怪力で押し返す。


「なっ、機甲具足が力負けするだと……!」


 他の隊員が隼人に対魔刀を弾かれている様を目にしても、彼は受け入れられなかったのだろう。なぜなら機甲具足の装着者は、軽自動車を軽々と投げ飛ばす腕力を発揮できるのだ。隊員は動揺して体勢を崩し、よろめきながら後退した。


「これで……!」


「そこまでですよ。長峰さん」


 がら空きになった隊員の胸元に斬撃を放とうとして間合いに踏み込んだ隼人の鼓膜に、耳障りな男の声が届いた。


「うっ……」


 智己の声は無視してもいい。だが、その後に聞こえた少女の呻き声は、到底聞き流すことなどできなかった。


「冬木――!」


 少女の声がした方向を見ると、そこには隠れていたはずの美鶴と逃げたはずの伏魔士たち、そしていつの間にか移動していた智己がいた。


 伏魔士たちは手錠で後ろ手に拘束されており、美鶴は手錠で拘束されたうえに長い黒髪を鷲掴みにされ、首に対魔刀を突き付けられていた。


「この娘を殺されたくなかったら、武器を捨てなさい」


 勝ち誇った表情でそう告げた智己は、美鶴の首に対魔刀の切っ先をぐいと押し当てた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ