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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP45 鋼鉄の猟犬

 隼人が双剣を構えると、智己は応えるように片手を高く掲げた。それを合図として、猟魔部隊の隊員たちは次々に対魔刀を抜き放つ。


 彼らが手にしているのは、機甲具足用の武装として作られた一〇式対魔刀である。戦後の傑作と名高い九六式が、かつて伏魔士が鍛えた対魔刀を復元することを目的として作られた刀なら、この一〇式は現代の技術で新世代の対魔刀を生み出すことを目的に作られた刀だった。


 継戦能力の向上を目指して耐久性を重視されており、既存の対魔刀よりも厚みの増した刀身と刃に施された特殊加工によって、魔獣の骨や機甲具足の装甲を切り裂いても刃こぼれしない強度を誇る。


 だが、強度と引き換えに切れ味は失われた。斬るというより叩き割る、刀の形をした鈍器。剣としては日本刀よりも西洋剣に近くなったのである。


 しかし、切れ味を落としても機甲具足で運用するなら支障はなかった。機甲具足のインナースーツは、人工筋肉によって装着者の筋力を強化するからだ。その強化された筋力で放たれる斬撃は、もはや“轢く”と表現するのがふさわしい残酷な威力だった。


「これは……っ!」


 目の前で抜刀された八振りの最新式対魔刀。それは多くの葬魔士が、切望してもまだ手に入らない貴重な武装である。


 魔獣と戦うために鍛えられた対魔刀が、一つでも多くの命を救うはずの力が、ただ私欲のために振るわれることを知って、隼人は頭痛がするほどの強い苛立ちを覚えた。


「……」


 胸に渦巻く激情が彼の双眸を刃の如く研ぎ、敵を睥睨する凶器に変貌させる。衝突する二つ闘志が大気を重く淀ませる。対極する二つの闘志、その中心は隼人と智己である。


 方や言わずと知れた斬魔の剣士、方や魔を狩る鋼鉄の猟犬を従える群れの長。双方睨み合ったままいつまでも続くかと思われた膠着状態は、たった数秒で終わりを告げた。


「構え……」


 静寂を破る智己の声。隊員たちは彼の命に従って一糸乱れぬ挙動で対魔刀を構える。そして――


「かかれ――!」


 号令一下。隊員たちは刀を振りかぶって突撃した。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 真正面からの愚直な突撃。あまりにも馬鹿正直な攻撃に理仁は呆れ返った。


「正面切っての突撃とは勇ましい。だが、それは騎士や武士の戦い方だ。狩人の戦い方ではないよ」


 皮肉げに呟いた理仁の声は、地を揺るがす鬨の声に掻き消された。


「来る……!」


 主の命を受け、獲物を目指して疾走する鋼鉄の猟犬。人工筋肉によって強化された脚力は、ロケットじみた爆発的な加速を生み出し、あっという間に剣の間合いへと距離を詰める。


 だが、相対する隼人に動く気配はない。彼は初撃の迎撃に全神経を総動員していた。


 初撃からの追撃。押し寄せる波濤の如き連撃。一度でもその荒波に飲まれれば、浮上することは許されない。すぐさま深海へと引き摺り込まれ、海底へ沈められてしまう。


 隼人の眼前に迫る機械仕掛けの戦闘装束に身を包んだ隊員たち。葬魔士の中でもトップレベルの実力を誇る猟魔部隊。その彼らが最新式の対魔刀を手にしているのだ。


 鬼が金棒どころか鎧まで装備しているようなものである。とても手の抜ける相手ではない。否、手を抜くどころではない。そもそも彼らは隼人の命を奪おうとしているのだから。


 神経が焼き切れそうな緊迫感に、隼人は両眼がちりちりと痛んだ。


「斬魔の剣士、覚悟――!」


 隼人に最初に接近した隊員が咆哮を上げて刀を振り下ろす。これは陽動だ、と隼人は見抜いていた。この一刀を受ければ、続く二撃目、三撃目で隼人の息の根を止める連携攻撃が畳み掛けてくることだろう。既に他の隊員たちが左右から挟撃するべく、大きく迂回している。


「っ――!」


 故に隼人は突進した。敵の戦術に付き合う必要はないのだ。一点突破で包囲の網を食い破ろうと試みる。


 果たして袈裟懸けに振り下ろされた刃が、その身を両断する前に一瞬で穿刃剣の間合いに踏み込み、隊員の胸部に横薙ぎの双刃双砕を叩き込んだ。


「がっ……」


 中口径のライフル弾をも防ぐ頑丈な胸当てに双剣がめり込み、くの字にへこんだ胸当ての内部から鈍い音が鳴る。


 手に伝わる嫌な感触に眉をひそめながら、彼は強引に剣を振り抜いた。そうして隼人に双剣を叩き込まれた隊員は後方に吹き飛び、壁にぶつかって悶絶した。


 お前たちもこうなるぞ、という見せしめの意図を含めた渾身の初撃。それは以前、偽装拠点での戦いでも魔獣の群れの気勢を削いだ驚異の一撃だった。


 だが、先鋒を務めた仲間が無残な姿を目にしても、隊員たちに動揺する様子はない。彼の犠牲は織り込み済みだったのだ。


 彼らとて何の覚悟もなくここに来たわけではない。必要とあれば、任務遂行の捨て石となることも厭わないのだ。


「覚悟だと……そんなものとうにできている!」


 胸の内に溜まった怒りを吐き出すように咆えた隼人は、続けて迫る刃に対応すべく身を翻す。そうして左後方から振り下ろされた対魔刀を片手で打ち払い、続く二撃目で側頭部に斬撃を放つ。


 隊員の頭部は兜に守られている。正面と側面は小口径高速弾を防ぐ頑丈な装甲で覆われているが、頭頂部と開口部が脆い。


 だが、隼人は敢えて頑丈な部分を狙った。


 可動域を確保するためにインナースーツが剥き出しになり、襟状の簡易な装甲で囲われているだけの首は、弱点である。しかし、殺害を極力避ける隼人は、敢えて弱点である首ではなく兜に守られた頭部を狙ったのだ。


「ぐっ……」


 隼人の斬撃は、頑丈な兜に遮られた。だが、斬撃は届かずとも衝撃は届く。兜越しに頭部に重い衝撃を受けた隊員は、即座に失神して床に倒れた。


「――!」


 さらなる攻撃を察知した隼人は続けて迫る刃を双刃双砕で強引に弾き、がら空きの胴に肘鉄砲を食らわせた。そうして肘鉄砲の反動を利用して身を捻り、遠心力によって威力を増した斬撃を胸元に叩き込んだ。


 餓鬼の頭部を容易く肉片に変える強烈な一撃を胸部に受け、ぼきりと鈍い音が胸当ての内部から外に漏れる。おそらく肋骨が折れたのだ。臓器も痛めているだろう。隼人の攻撃を受け、床を転がった隊員が戦闘不可能なことは誰の目にも明白だった。


「っ……!」


 剣を振るって無防備になった隙をついて、柱の陰から現れた隊員が刀を突き出した。慌てて横に跳んで躱すも、刃が左脇腹を掠めていた。衣服とともに皮膚を浅く裂かれ、鋭い痛みが走る。


「ちっ……さすがは猟魔。一筋縄ではいかないか」


 反射的に血の滴る脇腹を押さえた隼人は、苦い顔を作った。腐っても猟魔。本部の精鋭部隊なのだ。隙を見せれば、即座に攻撃してくる。


 さらに迫る白刃を目にした隼人は、態勢を立て直すために後方に跳躍して距離を取る。


「――!」


 足が地に着く直前、隼人の首筋を冷たい空気が撫でた。いつの間にか彼は、三人の隊員たちに囲まれていた。先の攻撃は、このための布石だったのだ。


 好機と睨んだ隊員たちが攻撃を畳み掛ける。左右後方と前方から襲う三方向同時の斬魔一閃。隊員たちの位置を頂点とし、斬撃の軌跡が正三角形を描く陣――猟魔暗殺陣である。着地の無防備な瞬間を狙った連携攻撃。さすがの隼人もこれを回避する術を持たなかった。


「まずい……!」


 同時といっても、攻撃のタイミングにはわずかな遅延が生じる。二回は防げる、と彼は即座に判断した。


 だが、双剣で防げるのは、二つの斬撃。あとの一撃はどうしようもない。冷静に状況を分析した隼人は、危機を悟って歯噛みをした。


「終わりだ!」


 二度、響き渡る金属音。高速の刃が衝突し、弾け飛ぶ火花が刹那の輝きを散らして宙に消える。そして三度目はない。命を奪う最後の斬撃は、隼人の右腕に受け止められていた。


「右腕で防いだ、だと……!?」


 餓鬼の体を軽々と両断する斬撃を止められた隊員は、驚きの声を漏らした。


「はぁぁぁぁ!」


 力任せに右腕で受け止めた対魔刀を弾いた隼人は、返す刃で隊員を叩き伏せた。


「驚きましたね……まさかここまで進んでいたとは」


 対魔刀によって裂かれた服から覗く上腕部の肌は、炭のような漆黒に染まっていた。それは隼人の右腕に宿る魔獣の因子の侵蝕が、既に肩まで進んでいたことを示していた。


「よく自我を保っていられる。あの体では、とっくに理性を失っているはずだが……東雲支部長の念信かね? それとも……」


 口元を手で覆った理仁は、考えをぶつぶつと口に出していた。


「既に四人。まさか葬魔の精鋭がこの様とは……斬魔の剣士の称号は伊達ではないね。しかし、これは困った。観察者は介入すべきではないのだが……ん?」


 隼人の背後にある壁が目に入った理仁は、興味深そうな声を出す。


「ほう、これは……」


いつもご愛読ありがとうございます。作者の織部です。

この投稿が2024年最後の投稿になります。つきましては、一足早い年末のご挨拶となります。

ブックマークしていただいてる方、毎日チェックしていただいてる方、本当にありがとうございます。

いいねもとっても嬉しいです。私の励みになっております。感謝、ただ感謝です。

思えば、動画サイトで高評価とかいいねするようになったのはこの作品を投稿するようになってからかもしれません。やっぱり人にされて嬉しいことは自分もしたくなるのでしょうか。なんて。

さて、三章はもう少し続きます。まだバトル終わってませんし…このバトルが終わってエピローグまでが三章になりそうです。

三章終わったらまた日常パート多めの三.五章を投稿したいと思っています。時系列に連続性はありません。オムニバス的な感じで。たまには息抜きもいいかな…と。第三支部の面々が全然出番なかったので。あとは人物紹介、設定も更新しようと考えてます。

ちなみに牛頭山猛の紹介を投稿した後、第一小隊の紹介を載せようと思ったのですが、しばらく出番がなかったのでやめました。でも、そのうち投稿しますので、ご安心を。

それからエイプス関連は四章の本編でも説明回入れるかもしれませんが、これなんだっけって見直せるように活動報告の方に載せたいです。第何世代とか、本編じゃまだ触れてない部分もありますし…。

では、長くなってしまいましたが、この辺で。どうかよいお年を。

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