EP43 Beat Hit!
「あれは……斬魔の剣士、長峰隼人!」
隼人の姿を目にした猟魔部隊の隊員たちは、一斉に動揺した。
「猟魔部隊か……この間は世話になったな」
怒りに燃える瞳で、隼人は隊員たちを睨んだ。
「――っ!」
凄まじい気迫で威圧された彼らは、すっかり気圧されてじりじりと後退した。
「くっ、魔獣憑き風情が……よくも私の顔を足蹴に……!」
「副隊長、ご無事ですか」
隼人に畏怖したことを智己に気取られないように、隊員たちが慌てて彼の近くに駆け寄った。
「これが無事に見えますか!? 揃いも揃って何をやっていたのですかあなたたちは!」
隊員の一人が落ちた眼鏡を拾い上げて智己の前に差し出すと、彼は乱暴にひったくり、片方のレンズが割れていたことに気付いて舌打ちをした。
「も、申し訳ございません……」
「いくらあなたたちが牛頭山猛に殺された隊員の穴埋めとはいえ、誰一人反応すらできないとは……実に嘆かわしい」
「ふっ、見苦しいね。金倉君」
隊員たちに説教をしている智己を見て、理仁は呆れ顔で首を振った。
「あんたは……」
理仁がいることに気付いた隼人は、彼を見ながら驚きの声を漏らした。
「長峰君、久しぶりじゃないか。一一〇五日振りかね」
「そんな正確には覚えていないが、あんたが言うならそうなんだろう」
やや困惑した様子でそう返した隼人は、すぐさまその双眸を鋭く細め、理仁の思惑を探るようにじっと彼を見据えた。
「ああ、私はフィールドワークの最中でね。安心したまえ。私は手を出さんよ」
降参する、というように理仁は両手を上げてみせた。
「……どうだか」
隼人は彼の言葉を信用していなかった。
理仁は本部の研究者であり、かつて隼人が寄生種に侵蝕されたとき、その体を最初に調査した男だった。
魔獣に侵蝕された体を調べるために隼人を拘束した理仁は、本部の研究室に連行し、麻酔無しで隼人を解剖した。
その過程で魔獣の因子が傷を修復させることを知った彼は、あらゆる方法で隼人の体を傷つけ、修復の様子を観察したのだ。
「……」
当時を思い出した隼人は、自分がされたように理仁の全身を斬り刻みたい衝動に駆られながらも、両手に持った穿刃剣の柄をぐっと握ってどうにか堪えた。
「おや……?」
隼人が穿刃剣を手にしていることに気付いた智己は、不快そうに眉をひそめた。
「その剣は、伏魔士の得物。それを手にしていることが何を意味するか。分からないあなたではないでしょう。それだけではありません。彼らは第四支部の葬魔士を殺し、輸送小隊の非戦闘員まで殺した。そんな彼らを庇うとは、斬魔の剣士ともあろうお方が呆れたものですね」
「第四支部の葬魔士たちは、いきなり我々を襲ってきた! それを棚に上げて――ぐっ!」
興奮して傷口が開いた誠太は、言葉の途中で腹部を押さえて倒れ込んだ。
「……」
葬魔士と伏魔士の間に立つ隼人は、双方を見回して小さく息を吐き出した。
「俺には二つの借りがある。この人たちと……あんたたちに、だ」
「我々に借り……?」
隼人の言葉を耳にした智己は、不思議そうに首を傾げた。
「一つはあんたたちにやられた右腕と左足の借り。そしてもう一つは、この右腕と左足を治してもらったこの人たちへの借りだ」
「葬魔士か伏魔士か。そんなことはどうでもいい。どちらが正しいか俺には分からない。俺はただ……俺が信じる義を貫く。この人たちへの恩とあんたたちへの怨。二つの借りを返させてもらう」
「そなたは……」
伏魔士たちを庇うように彼らの前に立った隼人を、誠太は感じ入った顔で見つめた。
「義……ですか。馬鹿馬鹿しい。あなたのような人が組織の調和を乱すのですよ」
「あんたの言う組織の調和って、要はあんたに都合がいいかどうかってことだろ」
呆れた口調で隼人が指摘すると、智己はにやりと頬を歪めた。
「ふっ……否定はしません」
「さて……組織の調和を乱すものは、排除しなくてはなりません。それが例え組織の功労者であっても」
あなたたち、と智己が声をかけると、猟魔部隊の隊員たちが彼の前に列を作った。
「その権利があんたにはあるのか」
攻撃の前兆を察知した隼人は油断なく武器を構え、不意の攻撃に対応できるよう、両脚に意識を向ける。
「当然です。我らは猟魔。最終執行者の二つ名を与えられた葬魔機関最後の実力部隊。我らこそが真の葬魔士なのです」
「思い上がりもそこまでいくと尊敬するな」
「減らず口もこれまでです。伏魔士を庇い、私の顔を足蹴にした罪は重い。よって猟魔の名の下に裁きを下します」
おもむろに眼鏡の位置を直した智己は、気取った様子で隼人を指差した。
「あなたは死刑です。これより銃殺刑に処します」
「……できるのか。あんたたちに」
「避けても構いませんよ。あなたなら、銃弾だって躱せるでしょう。ただ、そのときにはあなたの背後にいる伏魔士どもは蜂の巣になってしまいますが」
智己が言葉を終えると同時に、彼の前に隊列を組んだ猟魔部隊の隊員たちが小銃を構える。
「ちっ、そうなるか……!」
背後に視線を向けた隼人は、黒い矢を腹部に受けて床に座り込んでいる誠太とすっかり床に倒れ伏している少女を目にした。
「権田さん、あんたたちだけでも念信で――」
「すまん。拙僧は今、矢のせいで念信が使えん。篠道は既に意識が……」
「くっ――!」
焦りの表情に変わった隼人を見て、智己は下卑た笑みを浮かべた。
「ふふふ……まさかこんなところで忌まわしき過去の清算ができるとは……僥倖です」
「金倉君……分かっているのかね」
「恨むなら、斬魔の剣士を恨みなさい。では――」
理仁の焦りの声にも耳を貸さずに智己が片手を掲げると、猟魔部隊の隊員たちが隼人に狙いを集中させた。
「撃て」
ぱちん、と智己が指を鳴らした瞬間、一斉に八つの銃口が火を噴いた。耳をつんざくような銃声が廃工場内に木霊し、目も眩む閃光が瞬きを繰り返す。
拳銃弾の威力を大幅に上回る小銃弾――7.62ミリ弾の洗礼が、鉄骨の柱を削り、配電盤や放置された工作機械を鉄屑に変えていく。
そうして弾倉が空になるまで続く一斉射撃は、床の上に積もった埃を巻き上げ、薄茶色の煙幕を形成した。
射撃開始からおよそ一〇秒後。その喧騒も唐突に終わりを迎えた。最後の弾丸を吐き出した小銃から飛び出した空薬莢がコンクリート床に落ち、しんと静まり返った室内に甲高い金属音を響かせた。
「ごほごほ……これは困りましたね。埃で姿が見えなくなってしまった」
「どうだ……?」
「これほどの弾幕だ。無事でいられるはずが……」
煙が晴れた後に現れたのは、足元に散らばった無数の弾丸が作る円に囲まれた無傷の隼人だった。
「なっ! 無傷とは……まさか全て防いだというのですか!? あなたは!」
驚愕に声を震わせた智己は、目の前の光景を否定するように何度も首を振った。
「それこそまさかだ。さすがに全部は手が足りなかった」
「そう。全部は防いでいない。彼は防ぐべき弾を選んで防いでいた」
「は……?」
理仁の言葉を聞いた智己は、その困惑をさらに深めた。
「なに、種明かしをすれば簡単なことだ。発射された弾丸の中から彼と後ろにいる彼らに当たる弾丸を選んで、それを剣で受け流した。弾丸の側面に剣の側面を当て、剣に乗せるように払い除けたんだ」
「自分の手が足りない分は、飛んできた弾を利用した。受け流した弾丸を飛来する弾丸にぶつけて、その軌道を変えたのさ」
「そんなことが可能なのか……?」
心の中の疑問を口に出した智己を見て、理仁は分かっていない、というように肩をすくめた。
「だが、彼はやってのけた。そうだろう?」
「あんたが見ているもの。それが事実だ」
そう端的に言った隼人は、足元に散らばる弾丸を剣の切っ先で示してみせた。
「信じるか信じないかは、あんたの自由だがな」
12/22 追記 タイトル変更しました。
今回のタイトルは某デジタルなモンスターの02劇中歌(ジョ〇レス進化の時に流れます)からお借りしました。この場を借りて御礼申し上げます。
歌詞とマッチした内容だったのでこのタイトルにしようと思っていたのですが、うっかりストブリⅡにしてしまいましたので更新に併せて変更した次第です。




