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斬魔の剣士  作者: 織部改
第一章 邂逅の夜
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EP11 偽装拠点にてⅡ

 圭介から休憩の提案を受けた隼人たちは、手狭な監視室を離れて別室に移動した。圭介が案内したのは会議室だった。


 部屋の中央には木製の長机が配置され、向かい合わせにパイプ椅子が並んでいる。部屋の奥にはホワイトボードと天井からぶら下げられたプロジェクターのセットがあり、いかにもごく普通の会議室であるといった造りだ。


 通常の会議室と異なる点があるとしたら、長机の上に並べられた数本の刀剣と壁に立て掛けられた狙撃銃や散弾銃があることだろうか。それらに比べれば、部屋の端に山積みにされたお茶の缶が入った段ボールと床に無造作に置かれたボストンバッグなど大して気にならないだろう。


 何事もなく入室する圭介に続いて会議室に足を踏み入れようとした美鶴は、室内に置かれた無数の武器を目にすると、ぎょっとして入口で足を止めてしまう。


 そんな美鶴が驚く様子を肩越しに見た圭介は、バッグの中身を物色する手を止めて振り返る。


「ああ、驚かせてごめんね。もうすぐ片付けるから、気にしないで」


「……」


 足を踏み出せずにいる美鶴の後ろに立っていた隼人が、困ったように小さく唸る。


「む――入口で立ち止まられると、困るんだが……」


「あっ、ごめんなさい……」


 隼人に促された美鶴がそそくさと入室する。その後に続いて入ってきた隼人は、机の上に置かれた刀剣を眺めると、考え込むように腕を組む。


「武器は、ここにあるものだけか?」


「武器庫には他にもあったけど、ほとんどが銃器と弾薬さ」


「刀やナイフは?」


「他にもあったけど、とりあえず使えそうなものは持ってきたつもりだよ。正直、状態はあまり良くないかな……どれを使うかは君に任せるよ」


「それなら一応、武器庫を確認する」


「そっか、あんまり遅くならないでね」


「了解」


 退室する隼人の背中を見届けた圭介は、部屋の端に積まれた段ボールからお茶の缶を三本取り出して、その内の一本を手持ち無沙汰に立っている美鶴に手渡す。


「さ、座って。これでも飲んで一息入れるといい」


「……ありがとうございます」


「ふぅ……やっと落ち着けるかな」


 椅子に座るように勧められた美鶴は、圭介が先に座ったのを見計らって、向かい合わせに腰を下ろす。疲労を感じさせる深い吐息をついた圭介は、お茶に一口つけてから美鶴に視線を向けた。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は、秋山圭介。君は?」


「冬木美鶴です」


「美鶴ちゃんか、よろしくね」


「秋山さんも葬魔士の方、ですか?」


 葬魔士、という単語が美鶴の口から出ると、それまでにこやかだった圭介の表情が一瞬、固まった。警戒色を帯びた鋭い目で美鶴を睨む。しかし、次の瞬間には、それがまるで嘘だったように元のにこやかな表情に戻る。


「うん、そうだよ。葬魔士については……隼人君から聞いたのかな?」


「はい」


「そっか……うん、君の言う通り、僕ら二人は葬魔士さ」


「……」


「いきなり、こんなことになって戸惑っているのは分かるよ。でも大丈夫、結界の中にいれば、安全だからね。君も見ただろう? あいつらには、この結界を突破する術はない」


「そう、ですね……」


「市街地には僕らの仲間がそろそろ着く頃だ。彼らがここに来れば、集まってきた魔獣を倒してくれるはずだから、何も不安はいらないよ」


「……はい」


 と、美鶴が返事をすると同時に会議室のドアが開き、武器を小脇に抱えた隼人が入ってくる。


「あれ、早かったね」


「秋山さんの言った通りだった。武器庫には銃器と弾薬ばかりで、俺には使えるのはこいつくらいだ」


「へぇ、穿刃剣とは珍しい……」


 圭介が穿刃剣と呼んだのは、ジャマダハルやブンディダガーという複数の名称を持つ剣だった。柄の先に垂直に刃が付いており、柄を握ると拳の先に刃が位置するようになり、殴るように突くことで威力を発揮する剣である。


 本来は刺突に特化した武器であるが、オリジナルに比べて刃が斧のように分厚くなり、重量が増したことで打撃も十分可能となった。


「隼人君、よく使う気になるね、それ」


「こいつは頑丈で刃こぼれもしにくいし、刺突に打撃と使い勝手がいい。むしろなんでこいつが使われないのか、俺には理解できない」


「そりゃあ、まぁね……」


 圭介は隼人の言葉に困ったように曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁す。


 隼人は穿刃剣を机に置くと、腰の刀もベルトから引き抜いて机の上に置き、圭介の隣に置かれていたパイプ椅子に腰掛けた。


「施設の確認は済んでるのか?」


「施設の確認は一通り終わったよ。ただ、肝心の倉庫内は防犯のためにシステムが独立しているみたいだ。事務所からじゃ、操作できないようになってる」


「休憩と装備の点検が終わったら、地下の調査が必要だな……」


「そうだね。シェルターの状態は確認しておかないと……あっそうだ、これは君の分」


「……どうも」


 隼人は礼を言ってお茶の缶を受け取ったが、そのまま開けずに机の端に置くと、机の上に並べられた大型のナイフを手に取った。


 その様子を横目で見ていた圭介だったが、思い出したように隼人に尋ねた。


「ところで隼人君、怪我の具合はどうだい?」


「問題ない」


「念のためにもう一度、見せてくれないかな?」


「どうしても?」


「うん、どうしても」


「……了解」


 武器の確認に専念したかった隼人は、笑顔を浮かべていながらも、有無を言わせぬ口調の圭介にうんざりした顔をしながらナイフを置いて立ち上がる。


 こういうときの圭介は、まったく譲歩することはないと身に染みて理解している。隼人はコートをやや乱暴に脱いで無造作にパイプ椅子の背に引っ掛けると、おもむろにシャツの裾に手をかけ、勢いよく脱ぎ捨てた。


「あっ……」


 上半身裸になった隼人を見た美鶴は息を飲んだ。露わになった彼の半身は、鍛え上げられた戦士の体だった。


 アスリートのような引き締まった筋肉に覆われた上半身に目を奪われたが、それ以上に目を引いたのは、その力強い体躯の至る所にある打撲や裂傷であった。


 まるで肌色のキャンパスを赤や紫の絵の具で塗り潰すように、傷のないところが見当たらないほど、痛ましい状態だった。


 服を置くために角度を変えた隼人の背中が、不意に美鶴の視界に入った。傷だらけの背中には、その無数の傷を上書きするように新しく真っ赤な爪痕が刻まれていた。


 自分を庇ってこの傷ができたのだと考えた美鶴は、罪悪感から直視できずに顔を背け、その様子を見た圭介は、美鶴が羞恥心から隼人の体から目を逸らしたのだと勘違いした。


「うーん、女の子の前でいきなり服を脱ぐのは感心しないなぁ……」


「見せろと言ったのは、秋山さんだぞ」


「傷を見せろとは言ったけどいきなり裸になれとは言ってないよ。まぁ脱いでもらった方が見やすくて助かるけどね」


「む――」


 確かに傷を見せろとは言われたが、上半身裸になるようにとは言われてないと隼人は思い出し、自分の短慮さに幾ばくかの後悔を覚えた。


「すまない」


「いえ、別に……」


 目線を合わせずに静かに呟くような美鶴の声を聞いた隼人は、申し訳なさそうに首を掻いた。


「隼人君、角度を変えて。傷がよく見えない」


「あぁ、はい」


 手で回す動作をする圭介に促されて、隼人は背中が見えるように後ろを向く。背中の傷を見た圭介は興味深そうに顎に拳を当て、しげしげと見つめた。


「うん、完全に塞がってるね。この分なら手当の必要はなさそうだ」


「だから、問題ないって言ったんだ」


「……」


 何事もないように話す葬魔士二人の会話を、美鶴は黙って聞いていた。数センチの溝が刻み込まれ、傷口から溢れるほど出血する深手を負えば、完治には相当の時間が要する。少なくとも何の手当もせずに数分で傷が塞がるなど、いくらなんでも怪我の治りが早すぎるのだが、二人にとっては驚くことに値しないようだ。


「君の右腕が活性化しているせいかな?」


「多分な」


 上半身裸にもかかわらず、隼人が右腕の手甲のみ外していないことに美鶴は気付く。訝しみながら注視すると、手甲の端から上腕部にかけて黒く焼け焦げたような痣が目に入った。


「右腕、どうかしたんですか?」


「……気にするな」


 右腕に興味の視線を感じた隼人は、少し困った様子で腕を隠すように体勢を変えた。それを見た圭介は、しまったというように口元に拳を押し当てた。


「もう服を着てもいいか?」


「あ、うん。いいよ。着替えはそのバッグの中にあるから」


 部屋の隅に置かれたボストンバッグから真新しい衣服を取り出した隼人は、二人がいるにもかかわらずそのまま着替えを始めた。


 隼人の右腕が気になった美鶴だったが、圭介の咳払いを聞いてそちらに意識を傾ける。


「ごめんね、美鶴ちゃん。隼人君にもっとデリカシーがあればよかったんだけど……」


「いえ、大丈夫です」


「あの……」


「何だい?」


「私はいつまでここにいればいいんですか? その、外にいる怪物がいなくならないと、帰れないっていうのは、分かりますけど……」


「美鶴ちゃん。そのことなんだけど、君は魔獣に狙われている。すぐには家に帰すことができない。そして、それはこの偽装拠点の周囲にいる餓鬼がいなくなれば解決する問題ではないんだ。下手したら、一生、君が抱えていく問題になるかもしれない……」


「そんな……」


 唐突に一生の問題を突き付けられた美鶴は、困惑した表情を浮かべて椅子に座った姿勢のまま、身を引いた。


「急にこんなことを聞いて驚くと思う。でも、安心してほしい。君の安全は僕たちが保障する」


「僕たちって……俺もか」


 間の抜けた声を出した隼人の方を見た圭介は、呆れた様子で溜息を吐き出す。


「当たり前だろう、君が彼女を連れてきたんじゃないか」


「そんな、犬や猫じゃあるまいし……」


「……」


「ほら、美鶴ちゃんが困っちゃったじゃないか、まったく」


「どう考えても、秋山さんが脅かしたからだろう」


「……ごめんなさい」


「いや、君は悪くない。悪いのは隼人君だ」


「俺かよ……」


 二人がそう会話している間に美鶴は、行き場のない視線を机の上に落としていた。表情に暗く影を落とした彼女は見るに忍びない。どこかおどけた口調だった隼人は、おそらく彼なりに彼女を気遣ってのことだ。


 彼の意図を読んだ圭介は即興で調子を合わせたが、どうやら裏目に出たらしい。指示を仰ぐように視線を送る隼人に、ここは任せろ、と圭介は目で語る。そうして短く息を吐いた圭介は、口元をきつく結ぶと、意を決して再び口を開く。


「美鶴ちゃん。こうなった以上、君にも今の状況を知ってもらう必要がある。順を追って話をさせてもらうけど、いいかい?」


「……はい」


 躊躇いながらも顔を上げた美鶴に視線を合わせた圭介は、小さく頷いてから話し始めた。


「じゃあ改めて……隼人君と僕は、葬魔機関から派遣された葬魔士だ」


「僕ら葬魔士の仕事は、人々を襲う魔獣を討伐すること。そして葬魔機関はその葬魔士を束ねている組織のことさ。ああ、魔獣というのはさっき襲ってきた怪物のことだよ。君を襲ったのは、餓鬼と呼ばれている魔獣だ。餓えた鬼と書いて餓鬼、だね」


「えっと……鬼とは、違うんですか?」


「うん、昔話や絵巻物に描かれている地獄の鬼に似ているだけで、厳密には違うね。そもそも、魔獣こそが絵画のモデルだ、とする説もあるくらいだしね。葬魔の歴史を遡ると二〇〇〇年以上も昔、それこそ文字が発明される以前の壁画に描かれているものもある」


「そんな昔から……」


「そうだよ。まだ日本人が立派に農耕民族してた頃から……いや、それ以前から魔獣は存在していたらしい」


「……らしい?」


「ああ、うん。魔獣の起源については、謎が多い。魔獣の出現はここ、日本でしか確認されていないし、出現した時期は明確には分かっていないんだ」


「え? 日本だけ、ですか?」


「そう、他の国に魔獣はいない。なぜかこの国にしか魔獣は現れない。でも、他の国にも似たような伝説、つまり人喰い魔獣の伝説や記録が存在するし、古代遺跡の壁画に描かれていることもある。もしかしたら、太古の昔は他の国にも魔獣が存在したのかもしれないね」


「でも、そんな昔から存在しているのに、どうして魔獣の存在は知られていないんですか? あれだけの被害が出て、秘密にしておくことなんて不可能では……?」


「葬魔機関が情報操作をしてるからね。今日の事件だって、あらかじめ用意されたシナリオに従って処理されることだろう。多分、連続通り魔事件とか無差別テロ事件あたりかな」


 美鶴は喫茶店で見たネットニュースを思い出す。確か連続通り魔事件という見出しだったはずだ。


「まさか、最近のニュースで見た事件も……」


「うん、その通り。テレビやネットで流れるニュースは、機関の手が加わっている。葬魔機関には秘匿事項というのがあってね。魔獣や葬魔士、葬魔の世界に関わる事項は、一切報じてはならないとしている。ただ、どうしても隠せない情報がある。例えば、人の死についてだ」


「……」


「社会で生活している人間の死を誤魔化すのは難しい。行方不明、ということにすれば簡単だけど、死体がある以上、処理しなければならない。その場合、魔獣による死因は別の死因に捏造される。遺体は手が加えられ、遺族に引き渡される。もちろん、彼らが知るのは偽の死因だ」


「……酷い」


「確かに酷い話だと僕も思う。機関が行っていることは、すぐに理解してもらえるとは思わない。でもこれも、今の秩序を維持するのに必要なことなんだ、分かるね?」


「……」


 美鶴は到底、圭介の言葉に素直に頷くことができなかった。自分の知らなかった世界でそんなおぞましいことが起きていたなんて信じたくはなかった。


 しかし、あの公園で見た怪物のことを思い出すと、それも仕方ないことなのではないか、と思う自分がいることに気付き、自己嫌悪に陥っていくのだった。


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