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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP35 回想・念信鍛錬

 ――隼人退院の五日前。


 美鶴と陽子、そして浅江の三人は、第三支部の敷地内にある屋外訓練場に訪れていた。


「んっ……やっぱり外はいいな。たまには新鮮な空気を吸わないと、息が詰まる」


 初夏の陽射しを浴びながら訓練場を歩いていた陽子は、大きく伸びをした。


「そうですね。風が気持ちいいです」


 そう同意したのは、穏やかな顔で辺りの景色を見渡していた美鶴だった。並木道を通った先にある屋外訓練場は、支部の主要施設から遠く離れており、訓練場の名に似つかわしくないのどかな雰囲気の場所だった。


「ふむ……昼は外で食べてもよかったかもしれんな」


 そんなことを呟いた浅江は、リラックスした様子の二人からやや遅れて歩いており、何やら大きな木製の箱を担いでいた。


「……さて、冬木。ここに来たのは散歩をするためじゃない。それは分かるな?」


 屋外訓練場の中程で立ち止まった陽子は、振り返ってそう言った。


「念信の鍛錬ですよね」


「そうだ。お前の場合、出力は十分。問題は制御だ」


「制御……ですか」


「そうだな……車の運転に例えると、どれだけアクセルを踏めば、どれくらいの速度が出るのか、といったところだ。ちなみにその場合、出力を馬力と言い換えた方がいいかもな」


「そういうことですか」


 陽子の説明を聞いた美鶴は、納得した表情で頷いた。


「冬木、お前は長峰や牛頭山に匹敵する……いや、彼らを凌駕するモンスターマシンだ。その華奢なボディからはとても想像できないがな」


「はぁ……」


 納得した表情から一転、困惑した様子で美鶴は眉をひそめた。


「お前は念信の素質はあるが、経験が足りない。鍛錬を積み、練度を上げる必要がある」


「では……どのような鍛錬をするのでしょうか」


「牛頭山猛の念信を防いだように、私とお前の念信をぶつけ合ってもいいが、下手をすると、周囲にとんでもない被害が出る」


「あの時は、別に何もありませんでしたが……?」


 猛が隼人に向けて放った念信を、防いだことを思い出す。“飛べ”という言葉一つで、大の男を数十メートルも吹き飛ばし、コンクリート製の頑丈な擁壁に深い亀裂を入れた強力な念信攻撃。まるで不可視の砲撃じみたそれを、美鶴が無力化したのだった。


「それはうまくいった場合だ。よくもまぁ、ぶっつけでやってくれたよお前は」


「はぁ……?」


 おかしそうに口元を歪ませた陽子を目にして、美鶴は首を傾げた。


「冬木、そのことだが……先日の戦いで隼人が彼奴の念信を防いだ際、爆発したような衝撃波が発生したと聞いたのだ」


 首を傾げた美鶴を見て、浅江が言いづらそうに切り出した。


「し、衝撃波ですか……!?」


「お前の出力は桁違いだからな。周囲に人家がない場所ならともかく、うっかり支部を更地にしては洒落にならん」


「う……」


 支部が倒壊し、更地になった光景を想像した美鶴は、小さな呻き声を漏らした。


「そうならないよう鍛錬の方法は考えてあるが、実技に入る前に最低限の知識を叩き込んでもらおう」


「はい」


 確認するようにちらりと視線を向けた陽子の目を見て、美鶴は小さく頷いて返した。


「念信能力同士の戦闘……即ち対念信能力者戦闘において、敵の念信を防ぐ対抗手段は三つある。中和、相殺、制圧だ」


「中和、相殺、制圧……」


 忘れないよう、美鶴は陽子の言葉を繰り返した。


「逆位相の念信とお前は言っていたが、普通、念信使いは中和と呼んでいる。相反する波長で互いの念信を打ち消し合うからだ。敵の波長を捉え、それに応じた波長をぶつける必要があることから、三つの対抗手段の中で一番難度が高い」


「一番難しい方法から教えるんですね……」


 やや困惑した様子で美鶴がそう言うと、陽子は肩を竦めた。


「中和は、一番難しいが、一番害のない防ぎ方だからな」


「害のない……もしかして、さっき御堂さんが言った衝撃波が発生しないからですか?」


「そうだ。互いの波長を打ち消し合うことが中和の特色だ」


「なるほど……」


 波長が消えれば、念信そのものが無効化されるため、衝撃波が発生することがないのだろう、と美鶴は納得した。


「次は相殺だな。敵の波長と同じ波長をぶつけ、文字通り相殺するわけだ。これは中和より簡単だ。敵の波長を読めれば、同じ波長で返せばいいからな。実戦で最も多用される対抗手段だ」


「そして最後の手段……制圧とは、圧倒的な出力で敵の念信を無理矢理打ち消し、自らの念信の効果を一方的に発動することだ。ほら、大きな音で声が掻き消されることがあるだろう? まさにあれだよ。この対抗手段なら、波長を合わせるどころか読む必要もない。なんせ敵の念信を打ち消してしまうんだからな。出力さえ確保できれば、一番簡単な方法だ。だが、同時に一番危険な方法でもある。遠方まで思念の声が届けば、それを聞いた魔獣を引き寄せかねないからな」


「だから……出力を制御できるようにする必要があるんですね」


「そうだ」


 そこまで説明を聞いて、美鶴はある疑問を抱いた。


「あれ? そうなると……」


「どうした?」


「あの時、私がやったのは……」


 美鶴が言いかけたのは、彼女が猛の念信を防いだときのことだった。


「うむ。お主は彼奴の念信を無効化し、動きを止めた。つまり、念信を制圧したのだな」


「そんな……」


「御山の魔獣を狩り尽くしていなかったら、危なかったぞ」


「……」


 浅江に告げられた事実に動揺した美鶴は、口元を手で覆い、地面に視線を落とした。


「ちなみに隼人の場合は、牛頭山の念信を中和するつもりだったが、その実、相殺をしていたわけだ。しかも、十分に相殺できずに念信のエネルギーが衝撃波に転化された。まったくあのへたっぴめ……お前の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ」


 嘆かわしい、と言わんばかりに陽子は深い溜め息を吐き出した。


「ふむ……冬木の爪の垢を隼人に……なるほど。冬木、手を出せ」


 そうして目の前に伸ばされた浅江の手を見て、美鶴は頬を引きつらせた。


「え……!? あの、本気ですか……?」


「無論、冗談だ」


 困惑する美鶴にぴしゃりと言い放った浅江は、すぐにその手を引っ込めた。


「で、ですよね……」


「御堂、お前は……まぁいい」


 美鶴の不安を和らげようとして冗談を言った浅江の思惑を見抜いた陽子は、ふっと微笑んだ。


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