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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP28 運命の導きⅡ

 何の前触れもなく、少女はそこに現れた。いや、最初からそこにいたのかもしれない。窓を覆う植物の隙間から差す陽光に照らされた彼女は、さながら後光が差しているように見えた。


「いつの間に……」


 彼女を目にした隼人は、唖然とした顔でそう呟いた。


 淡く輝く金の髪と紫水晶のような瞳。そして陶器を思わせるなめらかな白い肌。それらは、名匠の作った人形のような完成された美貌だった。


 その瞳からは、何の感情も読み取れない。まるで二人を品定めするかのように、こちらをじっと観察していた。


 白い着物に包まれた体の輪郭は、すらりと細い。必要以上の筋肉は、全くついていないのだろう。


 およそ少女として、あまりに完璧すぎる肉体。そんな彼女には、美しすぎるがゆえにどこか近寄りがたい雰囲気があった。


 その異質な雰囲気、そしてこの存在感。まず見逃すはずがない。


「あの人は……」


「冬木、知っているのか……?」


 声を震わせて呟く美鶴に怪訝な視線を向けて、隼人は尋ねた。


「いえ、初対面のはず、なんですが……」


 そう言い淀んだ美鶴は、唐突に顔をしかめて苦悶を漏らした。


「うっ――!」


「お、おい! どうした!?」


 額に手を当てて、ふらついた美鶴に気付いた隼人は、慌てて彼女の肩に手を添えて支えた。


「いきなり、頭痛が……」


「大丈夫か……?」


「はい……すみません」


 美鶴を助け起こした隼人は、少女のことを思い出してそちらを向いた。すると、彼女の姿は消えていた。


「いない――!?」


「あっ、あそこです」


 先に彼女を見つけた美鶴が、廊下を指差した。少女は隼人たちが進もうとしていた廊下の曲がり角に立ってこちらを見つめていた。


「どうやって……」


 隼人と美鶴は、事務室の入口に立って中を見ていた。二人の間近を通らなければ、廊下に出ることは不可能だ。無論、彼女が通った気配はなかった。


 少女とこちらの距離は、約三〇メートル。雑草や瓦礫だらけの足元の悪いこの廊下を、わずか数秒の間に走破したとは考えられない。


「瞬間移動でもしたのか? そんな馬鹿な」


 そうやって彼が思考を巡らせている間に、少女は廊下の角を右に曲がって二人の視界から消えた。


「待て――!」


 彼女が姿を消した曲がり角まで隼人が追走するも、少女の姿は既にない。


「どこに……」


「今度はあっちか」


 少女の姿は、渡り廊下を渡った別棟にあった。窓から見えた彼女は、ゆっくりと廊下の奥へと進んでいく。


「もう、あんなところまで……」


「他に手がかりはなし。こうなったら、あの女を追うしかないか……」


 別棟までは一本道だった。長い廊下を進んでいく少女を追って、二人は走る。


「それにしても、あの女の仲間はどこに行ったんだ」


「あの人が伏魔士だと、長峰さんは考えているんですか?」


「ああ、冬木は違うと思うのか?」


「確証はありません。でも……」


「でも?」


 言葉尻を濁した美鶴の心の内を覗くように、隼人は傍らの彼女の顔をちらりと見やった。


「あの人は、私たちを導いている気がします」


「導く……? 案内してるっていうのか。俺たちを……?」


「……はい。なんとなく、そう感じるんです」


 おそらく美鶴は、念信を示唆しているのだ、と隼人は読み取った。彼自身も、金の髪の少女から微弱な念信を感じ取っていたが、あまりに微弱ゆえに信じることができなかったのだ。美鶴の念信能力は、ずば抜けている。その彼女の言であれば、疑う余地はないだろう。


「罠に嵌める気じゃないだろうな……」


 少女が通った道には、一切の罠がなかった。どうやら美鶴の言うとおり、ただ純粋に隼人たちを導いているらしい。


「何が目的なんだ?」


 困惑を声に出した隼人は、少女の姿を見失わないように必死に追う。


「――!」


 だが、その途中。ある部屋を目にした彼は、急に足を止めた。


「ここは……」


 その部屋の入口に掲げられたルームプレートには、研究室、と表示されていた。閉ざされている引き戸の扉には、幾重にも木の板が打ち付けられており、厳重に封が施されている。


 他にも同様の部屋はあった。だのに、なぜかその部屋の前で、隼人は立ち止まった。こんなところで足を止めている場合ではない。それは彼も十分に理解していた。だがそれでも、この部屋から目を離すことができなかったのだ。


「長峰さん?」


 突然、立ち止まった隼人を追い越してしまった美鶴が振り返った。


「……」


 名前を呼んでも返事がない。心ここにあらず、という顔でその部屋を見つめている。


「長峰さん!」


 心配になった美鶴は、彼に聞こえるよう、耳元で叫んだ。


「……あ、ああ?」


 我に返った隼人が、驚いたように美鶴の顔を見た。


「どうしたんですか? 急に立ち止まって……この部屋が気になるんですか」


「昔、ここに来たような……いや、そんなはずないな」


 隼人はこの廃墟を訪れたことがない。だが彼は、妙な寂しさを感じていた。その感情を一言で表すなら、郷愁。そんな芽生えるはずのない感情に、彼は混乱していた。


「長峰さん……?」


 混乱している様子の隼人を、美鶴は怪訝そうに見た。


「……すまない。気のせいだ」


「見失う前に早く追いましょう」


「そうだな……」


 未だこの場に引き留めようとする身に覚えのない想いを振り払い、隼人は再び走り出した。


「畜生、大分離れちまった……!」


 金の髪の少女は、すっかり遠く離れていた。もう待ってはくれないのだろう。こちらの様子を窺う気配がない。


「長峰さん、分かりました。あの建物が彼女の目的地です」


 おそらく彼女が残した念信の痕跡を読み取ったのだろう。美鶴が指し示したのは、敷地内の中心にある廃工場の本棟だった。


「あそこが終着点か……!」


「先に行ってください!」


「だが……」


「長峰さんの足なら、すぐに追いつけるはずです。私も後から追います! 大丈夫です。道は分かりますから……!」


「悪い……!」


 隼人が速度を上げると、あっという間に美鶴は引き離された。


「もうすぐ追いつく……!」


 渡り廊下を通って、廃工場の中に入る少女の後ろ姿を見た隼人は、全力疾走でその後を追った。


 曲がり角で減速することなく、壁を蹴って鋭角に曲がり、最短経路を最速で駆け抜ける。そうして朽ちて扉が倒れている入口に、疾風のように飛び込んだ。


「これで、追いかけっこは終わりだ――!」


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