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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP27 運命の導き

 やっとのことで森を抜けた二人が辿り着いたのは、閉鎖されて廃墟となった工場だった。


 おそらく相当な年月放置されていたのだろう。遠目に見ただけでも、敷地内は膝丈ほどの高さの雑草や蔦がはびこり、点在する建築物はいずれも緑に覆われている。


「えっと、蒼馬重、会……筑……場?」


 隼人と美鶴は、幹の太い巨木の陰に隠れ、工場の様子を窺っていた。距離が離れているせいもあり、正門の近くにある錆びた看板の文字は、所々しか読むことができない。


「蒼馬重工業株式会社第三支部筑田工場……だろうな。旧工場の方か。こんなところにあるなんて知らなかった」


 美鶴の見ている看板の方に視線を合わせた隼人がそう補足すると、彼女は驚いて目を丸くした。


「え? あの蒼馬重工ですか。有名な蒼馬グループの」


 蒼馬重工業株式会社――通称、蒼馬重工は、世界規模で自社グループを展開する一大企業である。


 キャッチコピーは、“蒼馬か、それ以外か”であり、傲慢に思える言葉の裏には、日本経済の根幹を担う確固たる自信が滲んでいる。


 その蒼馬重工こそ葬魔機関の世を欺く仮の姿なのだが、それを美鶴が知るのは、まだ先のことである。


「ああ。それにしても古いな。防犯システムすら整備されてない。それにこの雑草……」


 周囲を見渡した隼人は、呆れ顔で溜め息を吐き出した。


「無人のようですね」


「使われなくなって何年も経ってるな。まぁ、だからこそ奴らが隠れ家に使おうと思ったんだろうが……」


 そう返した隼人は、木の陰に身を潜めたまま、自身の装備を手早く点検した。


 儀武が鍛えた対魔刀は健在。三〇体以上の餓鬼を斬り伏せたところで、刃こぼれ一つない。さすがは名刀と名高い九六式の系譜である。


「いい仕事だ……久納さん」


 美鶴に聞こえないほどの小声で呟いた隼人は、対魔刀を鞘に戻した。


 残る武装は、穿刃剣と短剣。


 穿刃剣は未使用であり、異常はない。短剣は一本喪失し、残りは五本。三本は儀武の工房で渡され、あとの二本は、非常時に備えて支部から持ち出した私物だった。


「戦うんですか……?」


 装備を点検している隼人を見て、美鶴は不安そうな声を出した。


 牛頭山猛との戦いでもそうだったが、美鶴は自分を襲ってきた男ですら、傷つくことを厭う心優しい少女だ。おそらく彼女は、隼人と伏魔士が戦うことで、負傷者や死者が出ることを恐れているのだろう。


「……必要なら」


 彼女の心情を慮った隼人は、戦闘の意志を明確に示さなかった。


「俺たちが受けた任務は、物資の奪還だ。おとなしく返してくれれば、戦う必要はない」


「そうですよね」


 やや安堵した表情を浮かべた美鶴を見て、隼人は思わず目を逸らした。


 彼らは第四支部の葬魔士や輸送小隊の運転手たちを躊躇うことなく殺害している。戦闘になれば、先の戦闘のように容赦なく襲ってくるだろう。


 牛頭山猛と橋上で戦ったときには、美鶴はその場にいなかった。もし、襲撃者たちと直接戦うことになれば、最悪の場合、彼女の前で人を斬ることになる。


「できるのか? 俺に……」


 心の中で自分に問うも、返答はない。揺れる瞳で短剣の刃を見つめていた彼は、小さく溜め息を吐き出すと、半ばまで抜いたその刃を、迷いとともに鞘に納めた。


「さて……足跡は、こっちか」


 装備の点検を終え、制服の上にコートを羽織り直した隼人は、足跡の追跡を再開した。


「ここから入ったんだな」


 隼人の視線の先には、複数の足跡が列になって続いていた。その足跡は、フェンスに開けられた穴へと続いており、さらにその内側には、無警戒に雑草を踏みつけて侵入した形跡があった。


「ええと、入っていいんでしょうか」


 この工場が葬魔機関の施設であると知らない美鶴は、彼の後に続くことを躊躇した。


「奴らがここに入ったんだ。後を追うしかない」


「それはそうかもですけど……って、待ってください長峰さん」


 敷地内に足を踏み入れた隼人の後を、美鶴が慌てて追う。膝丈の草が繁茂する敷地内は、足元が見えづらく、歩きづらい。美鶴は彼に置いていかれないように後に続くことで精一杯だった。


 そんな彼女が隼人に歩く速度を落とすよう、頼もうとしたその時だった。


「――!」


 突然、隼人が足を止めた。彼は数メートル先の草むらをじっと見つめている。


「伏せろ」


「長峰さん……?」


 隼人の指示に従ってしゃがみ込んだ美鶴は、隣にしゃがんだ彼の横顔を覗き見た。


「冬木、あれが見えるか?」


 そう尋ねる隼人の視線の先には、穴だらけの古びたドラム缶がいくつか転がっていた。


「えっと、ドラム缶ですか?」


「ブービートラップだ。ほら、糸が見えるだろ」


 美鶴が目を凝らすと、草むらから細い糸が伸びていることに気が付いた。


「あ……はい、見えました」


「あれに足を引っ掛けると、中の手榴弾が爆発する」


「――!」


 古びたドラム缶の穴からちらりと見えるパイナップルのような形をしたシルエット。それは美鶴にも見覚えのあるものだった。当然、生で見るのは、初めてだったが。


「罠、ですか」


「ああ、侵入者を知らせる鳴子代わりだろう。そりゃこのくらいやるよな……追跡を警戒しないわけないもんな」


 難しい顔をして、隼人が小さく唸った。


 罠が作動しなくても、罠がある、という可能性を提示した時点でその役割は果たされている。殺す必要はない。戦闘力を奪えなくともよい。迂闊に進めば、どうなるか。それを追跡者に教えればよいのである。


 罠を警戒して追跡の速度を落とさせ、時間を稼ぐ。その時間稼ぎこそ逃走者には肝要なのだ。


「足跡は、もう辿れないですね」


 そう美鶴が言ったのは、ドラム缶から伸びた糸の先に足跡が続いているからだ。


「そうだな……」


 仕掛けが作動してから、起爆するまで数秒もない。仮に起爆しても、隼人だけなら、爆風を躱せないこともないが、美鶴が同行している今、彼女の身の安全を最優先にすべきである。


「とりあえず、ここは通れないな。迂回しないと……」


「あれを避ければ大丈夫では……?」


「罠の先にもう一つ罠を置くのは、常套手段なんだ。ほっとしたところでドカンってやつだ。ほら、あれなんか仕掛けるのにうってつけだろ」


 隼人が指差したのは、草むらの中に見える他のドラム缶だった。


「俺だったらそうする」


「なるほど……では、建物の中を通ります?」


 工場と地続きになっている事務所の入口を見て、美鶴が尋ねた。おそらく中は繋がっているだろう。


「あの中にもなにかありそうだが……雑草で見えないここよりはマシか」


 草地を大きく迂回して事務所の入口に立った隼人は、罠がないことを確かめてから、ゆっくりとドアを開いた。


 すると、すっかり建付けが悪くなったせいか、耳に障る軋む音が鳴った。


「気付かれてない……よな」


 一度、ドアを開ける手を止め、反応がないことに安堵した隼人は、その開いた隙間から滑り込むようにして屋内に入った。


 廃墟となった工場は、外見同様に内部も荒れ果てていた。至る所で天井が落ち、蛍光灯や付属する配線がぶら下がり、内部に入り込んだ蔦と絡まって柱のようになっている。


 割れた窓や壁の亀裂から土砂や植物の侵食が進んでおり、足元のタイルは浮き上がり、気を抜くと足を取られてしまう。


「……クリア」


 通路や部屋に罠が仕掛けられていないことを確認しながら、隼人が先行する。気配がないことは感じていたが、室内はやはり無人だった。


「あっ……!」


 そうして周囲に警戒しながら進んでいると、突然、美鶴が声を上げた。


「どうした?」


 隼人が美鶴の方を振り返ると、彼女は今しがた通ったばかりの事務室を指差していた。


「あ、あそこに、女の人が……」


「なんだって?」


 机や椅子が無秩序に転がっているその部屋に誰もいないことは、無論、確認済みだった。怪訝な顔をした隼人は、すぐに抜刀できるよう武器に手を添えて美鶴の傍に立ち、中を見た。


「いつの間に……」


 部屋の中に一人の少女がいた。白い着物に身を包み、淡く輝く金の髪をたなびかせ、緑のカーテンの隙間から光が差す窓を背にして佇んでいる。瞳の色は紫。年の頃は、一〇代後半だろうか。美鶴とそう変わらないように見えた。


「あの人は……!」


 ゆっくりと二人の方を向く少女の顔。その紫色の瞳と目が合った美鶴は、驚愕に目を見開いた。



いつもご愛読いただきありがとうございます。

第100部、通算100パート目となりました。

こうして投稿を続けることができたのは、皆様に拙作を読んでいただいているおかげです。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

さて、100パート目の記念ということで、活動報告に掲載している人物紹介と設定を更新しようと思います。

予定では、牛頭山猛や第一小隊の面々を予定しています。

いつもながら、気長にお待ちいただければ幸いです。

まだまだ暑い日が続きますが、どうかお体にお気をつけてお過ごしください。

それでは、失礼いたします。


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