EP10 偽装拠点にて
偽装拠点の敷地内にある事務所は平屋建ての軽量鉄骨造であり、建築会社や運送会社の事務所のそれと似通ったごくありふれた外観をしていた。
コンクリートの基礎には苔生して緑に染まった箇所や亀裂の入った箇所があり、建屋の塗装が所々剥げていることから、相当の年季を感じさせた。
「さぁ、入って」
「えっと、お邪魔します」
先に室内に入った圭介が、入り口で中の様子を窺う美鶴を招き入れた。
事務所の中は応接スペースと称した向かい合わせのソファーに挟まれて置かれた低い机と来客対応用のカウンターの内側に事務員用のデスクとパソコンが置かれており、ドラマで見るような事務所のセットを思い出させた。
ここが葬魔機関の施設内にある事務所だと知っていなければ、違和感を覚えることがないだろう。
美鶴に続いて中に入ろうとした隼人は、強烈な悪寒を感じて背後を振り返る。餓鬼とは異なる何者かの気配を結界の外に感じ取ったのだ。
事務所の前で立ち止まった隼人の様子を怪訝に思った圭介は、彼にそっと近づいて肩に手を置く。
「隼人君、どうかしたのかい?」
「餓鬼以外の気配がする。まさかと思うが……」
「監視カメラの映像を確認するかい?」
「ああ、そうしたい」
「分かった。それじゃ、休憩の前に監視室に行こうか」
魔獣が潜んでいる瘴気を結界越しに睨んでいた隼人は、胸の内にかすかな不安を抱きながらも、圭介に従って事務所に入る。
「普通の事務所みたいですね……」
「まだここは、外部の人間も出入りする場所だからね。まぁ、この奥を見れば分かるよ」
壁に貼られた労働安全標語のポスターや額に入れられた表彰状をきょろきょろと見渡す美鶴の様子に苦笑しながら、圭介は事務員用のデスクを横切って通路へと進み、給湯室や会議室の前を通り過ぎると、その奥にある監視室と銘打たれた部屋のドアを開けた。
「え……」
「ね、驚いたかい?」
部屋のドアが開き、内部を見た美鶴は驚きのあまり、思わず声を漏らした。その部屋は、まるで秘密基地のようだった。
後から増設されたと思われる配線が、床の上や壁を蔦のように這いまわり、壁一面に取り付けられた無数のモニターやその手前にある操作卓に繋がっていた。モニターには、施設の内外を監視カメラで捉えた映像や施設の稼働状況等がそれぞれ映されており、逐次状況を確認することが可能であった。
圭介はモニターの前に進んでいくと、操作卓のキーやジョイスティックを操作し、画面を次々に切り替える。
偽装拠点の前面道路に設置された監視カメラの映像を映しているモニターには、結界を前にして為す術なく立ち尽くしている数体の餓鬼の姿と、彼らを包むように漂う瘴気が映し出されている。機器の状態が悪いのか、その画面には軽微なノイズが混じっている。
「やっぱり、問題ないみたいだよ」
「……」
「ノイズがありますね」
「うーん、監視カメラに民生品を使っているのかな。ウチの機関で作られたものなら対瘴気加工が施されているはずだし……」
「たい……えっと、なんですか?」
「対瘴気加工。電子機器もそうだけど、武器とか衣服に瘴気の影響を受けないように特殊な加工を施すのさ。ああ、瘴気っていうのは、あの紺色の霧のことね」
「はぁ……」
大気に満ちる瘴気の濃度が高くなると、誤作動や機能不全といったかたちで電子機器にも影響を及ぼし、最悪の場合、その機能を停止してしまう。
無論、葬魔機関の施設にはその対策が取られているが、重要度の低い施設には経費削減のため、機材の一部に一般の民生品が用いられていることがある。この偽装拠点は老朽化が進んでいるせいか、どうやら重要度が低く設定されているようだった。
「でも、まぁこの程度なら特に慌てる必要はないと思うよ? 瘴気濃度が高かったら、ノイズで何も映らなくなるし……」
民生品の電子機器を使う利点も存在する。電子機器への影響の程度を見ることで、瘴気の濃度を間接的に調べることもできるのだ。時折、画面にちらつくノイズを見た圭介は、大した濃度ではないと判断したのだった。
「俺の考えすぎ、か……すいません」
「いいさ。君の感は鋭いし、確かめておいて損はない」
操作卓から手を離した圭介が大きく伸びをして、隼人と美鶴に向き直ると、笑顔を見せた。
「それじゃ、一息入れようか」




