咲く花散る花 7
『皆さん、お疲れ様です』
どこからともなくAI音声が降ってきた。見ると、体育館の中央にモモコのアバターが立っている。
『予定通り明日からは実戦が解禁されますので、全体での稽古は今日が最後になります。個人での練習につきましては、稽古場を解放しておりますのでそちらを利用してください』
(そうか……実戦は明日からなのね)
学園に入学して、もう一ヶ月が経った。今からが本番。やっと始まるのだ。戦に明け暮れ、勝利だけを求める日々が。
陶香は剣を脇に差し、つかつかと歩き出した。向かう先は決まっている。
「凪」
名前を呼ぶと、凪を含めた三人が一斉に振り返った。壁に向かって素振りの練習をしていたところらしい。
「陶香、ちゃん……?」
凪は戸惑いがちに陶香を見つめている。
「戦いましょう」
自分でも驚くほどすんなりと宣戦布告の言葉が喉から出てきた。
「え……と?」
途端に凪の顔が曇る。陶香は真剣な面持ちを保ったまま言葉を続ける。
「かかってきなさい。あなたの夢、ここで全部壊してあげる」
学校が終わって帰宅すると、玄関からリビングの灯が点いているのが見えた。母がいるのか、と考えながら靴を脱ぎ、リビングのドアを開ける。案の定母がこちらを背にしてダイニングテーブルの前に座っていた。
「ただいま」
背中に向かって呼びかけると、母が振り返る。
「ああ、おかえり。ほら見て、今ね、お兄ちゃんとテレビ電話してるの」
椅子に座ったまま母はにこやかに言う。
(……最悪)
よりによって今一番話したくない人物だ。母はそんな陶香の心中など知るよしもなく、呑気に「陶香が帰ってきたみたいよぉ」と画面に向かって話しかけていた。陶香はちらと画面を一瞥して、ドアを閉めて出て行こうとした。
「ちょっとちょっと。まだ行っちゃ駄目でしょ。お兄ちゃんに声聞かせてあげなさいよ」母が慌てて引き止める。「陶香のこと、心配してるんですってよ」
(心配? 嘘ばっかり)
心の中で悪態をつき、体を母の方に向ける。
「おー、陶香か」
画面の向こうの昌也が話しかけてきた。陶香は仕方なく母から端末を受け取り、ソファに身を沈める。
「最近どうなんだよ」
「まぁそうね……ぼちぼち」陶香は曖昧に答える。
「いや、そうじゃなくてさ、学園ではどうなんだよ? 上手くやれてんのか?」
「ええ、そのことなんだけど。戦の約束を取り付けてきたの。今日」
「は? 本気で言ってんのか?」
昌也は真顔で言った。
「えーっ、ほんとなの? そういうことは早く言いなさいよぉ」
隣で画面を覗き込んでいた母まで芝居じみた声を上げ、陶香に詰め寄る始末だ。
「その対戦相手の子、名前はなんていうのよ?」
「そんなの、お母さんに言ってもわからないでしょ……」
「にしてもさ、こんなところで負けてくれんなよ」
にやにや笑いながら昌也は言う。
「言われなくても、分かってるから」画面から目を逸らし、不機嫌そうに返す。
「そうよね、そういう学校に陶香は入ったんだもの……いい? 陶香、やるからにはちゃんと勝ってきなさいよね。そう、学費だって馬鹿にならないのよ、何度も言ってきたけど……」
そんなことをぶつぶつ呟きながら母は画面の中の昌也に目を遣る。
「あんたはお兄ちゃんと違って要領も悪いし、馬鹿なんだからね」