咲く花散る花 3
(あの子、もしかして私に手を振ってるの?)
陶香はパチパチと瞬きを繰り返した。
彼女もまだ相手が見つかっていない様子で、ほっとしたように笑いながら陶香の元へ駆けてきた。
「ねぇねぇ! もし良かったら、凪と組まない?」
「ま、いいけど……」陶香は小さく頷く。
「やった、よろしくね! 私はね、千波凪。……えーと、清水陶香ちゃん、だったよね?」
「そうだけど。え、私、あなたと話したことあった?」
すると凪は「ええっと」と少し考えてから、
「ううん。これが初めてだと思うよ?」
「だったらどうして私の名前、知ってるの?」
「だって入学式の後に自己紹介あったでしょ? ちゃんと覚えてるよ、陶香ちゃんのこと」
凪はそう言うと、無邪気に笑いかけた。
「あ……そう。まさか全員分の名前を覚えていたり?」
「さすがに全員は無理だよ!」
凪は笑って言う。
陶香は曖昧に笑ってから、
「……とりあえず、私たちも始めましょうか」
周囲を見ると、他のペアは既に練習を始めていて、あちこちで剣の触れ合う音が響いている。凪も「うん、そうだね」と了承し、二人揃って体育館の隅に移動した。
「えいっ」
凪は壁に向かって勢いよく剣を突き出した。
練習初日ということもあり、まずはお互いフォームを確認し合おうということになったのだが。
「駄目、もっと足に力を入れないと」
陶香は凪の身体に触れて、手足の位置を直した。
「これでもう一度やってみて」
「う、うん!」
凪は深呼吸をし、軽く目を瞑る。
「やぁーっ!」
威勢のいい掛け声とともに剣を振り下ろす。が、ふらっとバランスを崩し、その場に尻もちをついた。
「い、痛い……!」
そう言って半泣きで陶香を見上げる。
「まぁ……こういうのは何度も練習を重ねないと」
陶香は宥めるように言った。
「うん、そうだよね! もっともっと頑張らなくちゃ!」
うんうんと何度も頷く。
「もしかして、陶香ちゃんはこういうの習ったりしてた?」
「まあ、剣道を少し……」
「け、剣道⁈ すごいなぁ〜」凪は目を輝かせた。「そういうのって、ちょっと憧れちゃうな」
「二ヶ月もしないうちに辞めたけどね」陶香はぴしゃりと言い放つ。
それにしても、何故剣道を習っていたというだけでここまで驚かれるのか不思議でならない。深掘りされる前に話を切り上げてしまうと、凪も何かを察したのか口を閉ざしてしまった。
「ねぇ、陶香ちゃん」
「何?」
「また明日も凪と組んでくれる?」
「私は構わないけど」
「ほんと? やった〜!」凪は頰にえくぼを寄せてガッツポーズをする。「これから一緒に頑張ろうね、陶香ちゃん!」
「え、ええ」
陶香は頷きながら、少し微笑んでみせる。
(まぁ、悪い子ではなさそうだしな……)
それからというもの、凪と共に稽古に励む日々が始まった。