天界?
――――――――――――――僕は、空を見上げた―――――――――――――――
時は天界歴23976年。世界は魔界、人間界、天界に隔てられ互いの世界は干渉することなく悠久の時を経て往くと考えられていた。
「何!ゼウス様が倒れられただと!」
天界でそんな凶報が流れたのは今から3時間程前のことだった。
全能神ゼウスは天界における大結界の担い手の一人である。
天界では全能神ゼウス、炎神スルト、氷地神ヘルの三人によって大結界が施され、神々や天界民を守っている。
「だから言ったのだ!後継のものを早急に決めよと!」
声を荒げているのは天界における右大臣の役を任されているヴァルボアである。
「しかし第七聖帝会の決定無しにて神王の座を決めるなど...」
そう反論しているのは左大臣のメルフェスだ。
第七聖帝会とは天界の序列主席から第7位までの神によって行われる重要な会議である。
天界歴が数えられ始めてから約24000年、ゼウス、スルト、ヘルは大結界を張り続けてきた。
そんな天界始まって以来、前代未聞の事態が幕を開けようとしていた。
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僕の名はルシェル・イニエスタ・ヴェール。
中央大陸の首都ゼネスから南へ60キロほど離れた小さな村アルフに住む15歳の少年である。
父親の農作業の手伝いを終え一本の木と共に丘で漠然と空を見上げていた。
同じ景色、同じ場所、同じ時間。
僕はここで生きてここで一生を終えるのか...
そう思っていたその時、”それ”は突然雲海の中から姿を現した。
言葉で表せられないほどの美しい宮殿が空に浮かんでいる。球体の泡のような障壁が宮殿を包み込み、光の反射によって泡に映る宮殿は次々に形を変える。
「なんなんだこれは...」
しかし驚いたのも束の間、一瞬眉を閉じてしまったその時、目の前の”それ”は消えてしまった。
「おーいヴェール!帰るぞー」
丘のふもとから父親の声が聞こえ振り向き、整理できない頭の中を理性で抑え込んで僕は「うん」と返答した。
その夜、僕は不思議な夢を見た。
「...ル...ール...ヴェール。ルシェル・イニエスタ・ヴェール。そなたは天界の守り人として選ばれた。天界は危機に瀕している。そなたの力が必要だ...」
「ハッ!」
気がつけば朝になっていた。
「なんだったんだあれは。天界?守り人?何のことなんだ...」
ヴェールの住む人間界には天界や魔界は空想上の世界であると考えられており、干渉はおろか、その詳細を知るものはいない。
「あら!おはようヴェール。よく眠れたかしら?」
紹介しよう。この紫色の長い髪を靡かせ、キッチンに立っているのは僕の母、ルシェル・イニエスタ・マリア。
「なんだヴェール。今日はやけに遅起きじゃないか?」
漆黒に染まる髪、鋭い目つきの華奢なこの男は僕の父、ルシェル・イニエスタ・サイス。
ちなみに僕のこの漆黒の髪はそこにいる父親譲りであったりする。
用意された朝食のバケットをちぎりながら昨晩の夢を思い出す。
(天界が危機に瀕している?天界って存在するのか?農作業のし過ぎで頭がおかしくなっちまったのか?)
そんなことを考えていたらあっという間に時間は過ぎてしまった。
「ヴェール。今日は東の森へ薪を取りに行くぞ。」
そんなことを父親に言われながら薪狩りの準備を進める。
人間界では暖季と寒季が存在し、間もなく寒季がやってきそうというところだ。
僕が住むこの村アルフは四方八方が森に囲まれており、一度村から出てしまうと僕のような子供はなかなか村に戻ってこられない。
「東の森は何回も行ったことあるからって一人で行動したりすんなよ?」
「わかってるよ。常にお互いの声が届く位置に。でしょ?」
「そうだ。」
そんな会話をしながら年に数回訪れる東の森の薪狩りの地へやってきた。
「あまり遅くなるとマリアが心配するからな。早く終わらせて帰るぞ?」
「でもそういって細い薪ばかり集めて寒季につらい思いをしたのは父さんのせいだからね?」
「ハハッ!そうだったな」
そういって父親は大声で笑った。
「あと少しだ。頑張ろう...」
そう思って重い腰を上げた時だった。
下を向いて薪を拾っていた時は気づかなかったが、あたり一帯が濃い霧に覆われていた。
「おーい!父さーん!」
返事はない。
「まったく...常にお互いの声が届く位置にって僕に教えたのは父さんなのに...」
「日の位置が分からない。これじゃどっちが西なんだか...」
その場にいても日が暮れるだけなので歩くことにした。
いくら村から近い森だとは言え夜に明かり無しでさまようのは危険だろう。
「ん?こんなところあったっけか?」
そこはひんやりとした空気が流れ、わずかな水滴が滴る小さな洞窟だった。