【お試し版】チートデリバリーサービス
連載版、8月1日から投稿します!
「まだ来ないのか……」
俺がすこし焦りながら念じると、目の前に半透明なウインドウが出現する。
ーーーーーーーーー
【チートデリバリーサービス】
隠者の仮面 (レプリカ)装備中
剣聖の直剣 (レプリカ)装備中
賢者の短杖 (レプリカ)装備中
スクロール:テレポート使用済
スクロール:フライ使用済
スクロール:アイススピア未使用
……
光の聖剣 (レプリカ) 配達中
ーーーーーーーーー
そのウインドウには先ほどと変わらない情報が表示されている。
どうやら、まだ光の聖剣は配達されていないらしい。
この待たされる時間はいつもイライラしてしまう。
「GAAAAAAA!」
「きゃぁぁぁ!」
「誰か助けて!」
俺の下ではこのトロフィ王国で第二の規模を誇るテレンの街がレッドワイバーンに蹂躙されている。
スクロールを使い浮遊している俺は歯がゆい思いでそれを眺めることしかできない。
ワイバーンであれば剣聖の直剣で対処可能だが、上位種であるレッドワイバーンはさすがに剣聖の直剣では足りない。
「……『クエスト』ももうちょっと親切に教えてくれればいいんだけど……」
俺は今回ワイバーンを倒すつもりで、『剣聖の直剣』と『賢者の短杖』を用意してきたが、レッドワイバーンでは歯が立たない。
女神さまにとってはレッドワイバーンもワイバーンも大した違いはないのかもしれないが俺たち人間にとっては大きな違いがあるのだ。
俺がここに来たのは『テレンの街を襲うワイバーンを倒せ』というクエストがスキルから出てきたからだ。
クエストをこなすことでスキルで使う『ポイント』がもらえるので、可能な限りクエストはこなすようにしている。
それ以前に『街を襲う』とか付いている時点でやばい状況なのはわかるので、クエストが出なくても直行したと思うけど。
「こっちです! 早く打ち門の中に!」
「……クリスも来てたのか」
避難誘導をしている中に、見知った顔があった。
『剣聖』の天職を持つ俺の幼馴染のクリスティーナ=トロフィだ。
何かの理由でこの街を訪れているときに事件が起きて巻き込まれたのだろう。
『剣聖』の天職を持っているとはいっても、まだ子供のクリスではレッドワイバーンは荷が重いだろう。
「あ!」
「!!」
俺が眺めていると、逃げていた群衆の最後尾を走っていた少年が転ぶ。
周りの市民は逃げるのに必死で少年の様子に気づいていない。
避難誘導をしていたクリスはその子にすぐに気づいたようだ。
クリスはその子に駆けよる。
「大丈夫?」
「う、うん」
クリスが少年を立たせるが、状況は良くない。
「GAAAAA!」
レッドワイバーンはクリスのすぐ後ろにまで迫っていた。
レッドワイバーンは爪を振りかぶり、クリスに向かって振り下ろす。
「神様」
「!!」
クリスがつぶやくようにそういって、少年に覆いかぶさる。
ーーギン!
俺は我慢できずに助けに入ってしまった。
『剣聖の直剣』で何とか受けることができたが、受けられなかったらかなりやばかった。
『剣聖の直剣』の効果で防御力が上がっているとはいえ、レッドワイバーンの攻撃を受けたらただでは済まない。
それに、何とか受けることはできたが、剣は軋みを上げている。
今にも折れそうだ。
剣が折れたら、身体能力に対する効果も消えてしまう。
「え?」
俺の後ろでクリスが顔を上げたらしい。
呆けていないでさっさと逃げてほしいんだけど。
『『神の代理』を達成しました。100ポイントが付与されます』
そんなことをしていると、神の声が聞こえてくる。
たまにこうやってポイントが付与されるのだ。
ポイントはうれしいが、俺の求めているのはそれじゃない。
「デュ、デューク様!」
「『剣聖』の少女。早く逃げろ」
「は、はい!」
俺が声をかけると、クリスははっとしたような顔になり、男の子を抱えて走り去っていく。
「よし、俺も」
「GAAAAA!」
「おっと」
クリスたちも逃がしたので、俺も逃げようとしたが、完全にレッドワイバーンにロックオンされたらしい。
『剣聖の直剣』のおかげで身体能力が上がっているからよけることはできたが、逃がしてはくれないようだ。
「『スクロール:アイススピア』」
俺はスクロールを使って魔法を行使する。
『賢者の短杖』の効果で強化されているのでワイバーン程度であれば軽く葬れる魔法だ。
「GAAAA!」
「……倒せないか」
だが、上位種であるレッドワイバーンにとっては怒らせるだけで終わったようだ。
怒っているってことは全く効いていないわけではないのだろう。
「仕方ない。残しておいても仕方ないし、もう一個も使っとくか。『スクロール:アイススピア』」
「GAAAA!」
ワイバーンが一匹じゃなかったときのために二つ用意してきていたので、もう一個も使ってみた。
こうなるんだったら、アイススピアの上位魔法のフロストスピアのスクロールを注文しておくべきだったな。
消費ポイントをケチるんじゃなかった。
『ピンポーン。『光の聖剣』が到着しました』
「よし!」
どうやら、『光の聖剣』が届いたらしい。
このままでは手詰まりだったのでほんとに助かった。
俺は光の聖剣を取り出す。
今まで余裕だったレッドワイバーンが焦った顔をする。
それだけこの剣が脅威なのだろう。
見るからに光り輝いていてやばそうだしな。
「GAAAA!」
「遅いよ」
必死の形相で突っ込んでくるワイバーンをよける。
『光の聖剣』のおかげで身体能力がさっきよりかなり上がっているので、かすりもしない。
この感じだと、もっと弱い武器でも大丈夫だった気がするな。
焦って『光の聖剣』を選んだのは失敗だったか。
「GAAAAAA!」
勝てないと悟ったのか、レッドワイバーンは逃げに入る。
だが、逃すつもりはない。
俺は光の聖剣を振り上げる。
すると、光の聖剣はその輝きをさらに増す。
「切り裂け! 光の聖剣!!」
「GAA……」
次の瞬間、光が全てを塗りつぶす。
光が収まった後には真っ二つになったレッドワイバーンだけが残っていた。
そして、レッドワイバーンはドスンと重い音を立てて地面に落下する。
俺はレッドワイバーンの上に着地し、死んでいることを確認する。
真っ二つになってレッドワイバーンが生きているわけはないが。
「よし。討伐完りょーー」
「「「ワァァァァァァ!」」」
俺の声は大きな歓声にかき消された。
「デューク様ぁぁぁ!」
「ありがとぉぉ!」
あっという間に俺は群衆に囲まれてしまう。
人がいるところで討伐をするといつもこんな感じになる。
今回は『光の聖剣』も使ってかなり派手にやったので、いつもより少し多めだ。
せめてもの救いはレッドワイバーンの死体を怖がって一定以上近づいてこないことか。
俺は仮面の下で苦笑いをしながら手を降る。
すると、歓声はまた一段大きくなる。
クエストは人が多いところで発生しやすいので、よくこんなことになる。
人が多いところに出てくる危険なモンスターをあっさりと倒すため、『デューク』の人気は高い。
ちなみに、『デューク』は俺がスキルを使って活躍するときに名乗る偽名だ。
俺のように、特殊な天職を持つ人間はその天職の効果をできるだけ隠すようにしている。
奇襲などにあって殺されてしまうことがあるからだ。
俺の天職も効果は大きいが、アイテムが届くまでの間は無防備になるので、第一王子であるエドゥアルド王子の庇護下においてもらっている。
俺としては、半分以上がポイント目当てなので、こうやってもてはやされるのはむず痒いんだが。
(これだけ人が集まると、歩いて帰るのは無理か。『時間』が来るまでに人がいないところには行けなさそうだ)
俺はそう思い、右手を民衆に向かって振りながら、左手でスキルを操作する。
スキルのウインドウを表示させて、アイテム一覧から目的のアイテムを探す。
ーーーーーーーーー
『『スクロール:テレポート』を注文しますか?
【はい】【いいえ】』
ーーーーーーーーー
ウインドウの【はい】を選択すると、ウインドウは素早く切り替わる。
ーーーーーーーーー
【チートデリバリーサービス】
……
『スクロール:テレポート』 配達中
ーーーーーーーーー
これですぐにこの場を脱出できるだろう。
アイテムは効果が低いものほど到着までの時間も早いから、今度はすぐに来るはずだ。
事後処理は現地の人がいつもやってくれるし、報告はいつものようにエドゥアルド王子経由で上げればいい。
すでに『デューク』はエドゥアルド王子の懐刀扱いされているし、他のところから報告を上げる方が問題になる。
「通して! 通してください」
群衆に手を振りながらスクロールが来るのを待っていると、人垣をかき分けるようにしてクリスが出てくる。
クリスはレッドワイバーンのすぐ近くに立ち止まる。
クリスは『剣聖』という特別な天職を持っているし、それ以前にトロフィ王国の王女だ。
いくら俺が第一王子であるクリスの兄の懐刀であったとしても見下ろすのは失礼に当たる気がする。
俺はレッドワイバーンから飛び降りる。
(ケガはしていないようだな。よかった)
俺が近づいていくと、クリスは深々と頭を下げる。
「ご協力ありがとうございます」
「気にする必要はない。エドゥアルド王子からの依頼で動いたのだからな」
「お兄様の……」
本当は天職のクエストで動いているのだが、表向きはエドゥアルド王子の指示で動いているということになっている。
スキルの指示で国に不利益が出ることはまずないし、俺が動くとエドゥアルド王子の人気も上がる。
俺はエドゥアルド王子経由で報酬がもらえる。
いいことしかない。
今回もちゃんとつじつまが合うように王子に根回しをしておかないと。
出発前に声はかけたけど、向こうも仕事中だったからクエスト名しか伝えてないんだよな。
俺とクリスの話が聞こえたのか、俺を称える声の中に「王子殿下万歳!」とか言う言葉も混ざり出した。
これは特別ボーナスが期待できるかもしれないな。
王子人気を上げると、王子からたまにボーナスがもらえる。
『デューク』のキャラ上、表立って宣伝はできない。
だが、『デューク』は王子の懐刀というのは有名なことだから、俺が功績をあげると王子の人気も上がっていく。
ボーナスといっても討伐報酬に比べたら微々たるものだけど、ボーナスがもらえると、なんか、『役に立った』って言う気がして嬉しいんだよな。
『ピンポーン。『スクロール:テレポート』が到着しました』
話をしていると神の声が俺の頭の中に響く。
やはり、テレポートのスクロールはすぐに来てくれた。
スクロールが届いた以上、ここにいる理由はもうない。
「俺はこれで帰らせてもらう。王子に報告もしないといけないからな。ここは任せていいか?」
「はい。お兄様に助かったとお伝えください。私もすぐに戻ります」
「承知した。伝えておこう」
俺は最後に民衆に向かって大きく手を降る。
すると、完成は一段大きくなった。
「『スクロール:テレポート』」
テレポートのスクロールを使うと、視界は歪んでいき、街の郊外から大きな部屋に切り替わった。
***
「おかえり。アレク」
「ただいま戻りました」
ひときわ豪華な椅子に座る青年が柔和な笑みを向けて挨拶をしてくる。
ちゃんと目的の場所へとテレポートができたらしい。
俺は深々と青年に頭を下げて挨拶を返す。
「誰もいないから堅苦しくしなくていいよ」
「そうか? じゃあ、少し気を抜かせてもらうよ。学園長」
俺はそう言って近くにあったソファーに座る。
ここは王立学園の学園長室。
俺の目の前に座っているのは学園長で第一王子のエドゥアルド=トロフィだ。
「昔みたいにエド兄と呼んでくれてもいいんだよ?」
「いや、さすがにそれは……」
いくら親しい中でも、さすがにもう血のつながっていない兄貴分をエド兄と呼ぶ年じゃない。
だからといって名前呼びするのも変だ。
それで、エド兄と呼ぶのが恥ずかしくなってきた時期がちょうど俺がエド兄の学園に入学した時期と重なったため、学園長と呼ぶようになった。
学園長とはかなり長い付き合いだ。
初めて会ったのは妹のリオの天職がわかったときだ。
その時俺は七歳だったから、もう八年になるか。
「思ったより遅かったけど、何かあったのかい?」
紅茶の準備をしながら学園長は雑談を振ってくる。
紅茶を飲みながら今日の報告を聞こうということなのだろう。
どうやら、学園長の仕事は終わっていたらしい。
報告といっても、堅苦しい話をする必要はないから、お茶押しながらの簡単な報告でもいいだろう。
俺の肩書はちょっと特殊だからな。
『デューク』は冒険者ギルド所属のSランク冒険者という肩書を持っており、ギルドからのクエストとして毎月エドゥアルド王子に雇われている。
どうしてそうなったのかはよくわからないが、国をまたぐことがあるため、所属は冒険者ギルドに置き、指示自体は学園長が出せるようにそんな感じになったらしい。
実際の指示は天職のクエストが出してるんだけどな。
そんな微妙な立ち位置なので、学園長が『今日はモンスター討伐をデュークにさせました。』という報告を冒険者ギルドに上げるだけでいい。
冒険者ギルドとしても、利益はある。
クエスト中に発生したモンスター討伐は雇い主である学園長の成果となり、当然学園長はその報酬を断るので、本来払うはずだった達成報酬を冒険者ギルドが自由に使うことができる。
さすがにそんなあぶく銭なので、大半は地域貢献に充てることになるのだが、地域貢献をすれば冒険者ギルドの人気も上がる。
それに、俺の倒すモンスターは強く、報酬も多いため、地域貢献で全部使い切るのは不可能なので、冒険者ギルドの懐も潤う。
そんな理由もあり、俺は適当な報告を上げるのだ。
決してめんどくさいからそうしているわけではない。
地域貢献のためなのだ。
「じつは、ワイバーンが出ると思ったんだけど、レッドワイバーンが出たんだ。そのせいで、向こうで装備を注文しなおす羽目になった」
「へー。それは大変だったね」
学園長は興味なさそうにそういう。
学園長にとってはもう終わったことだし、そこまで興味のある話題でもないだろう。
俺にとっては大変だったんだけどな。
そんな気持ちがあったためか、思わず愚痴を吐いてしまう。
「大変だったで済ませられることじゃないよ。そのせいで避難誘導をしていたクリスがレッドワイバーンの攻撃を受けそうになったんだから」
「クリスちゃんが!!」
学園長は席を立って俺のそばまでくる。
やばいと思ったけど、その時にはもう遅かった。
学園長は俺の襟首をもってつかみ上げる。
いつも思うのだが、一体その細腕のどこにそんなパワーがあるんだ?
「クリスちゃんは! クリスちゃんは無事なのか!!」
「お、落ち着け。ギリギリ間に合ったからケガもしてないよ。ここに来る前に少し話をして、学園長に感謝を伝えてくれといわれたよ」
「そうか」
学園長はつかみ上げていた俺を離す。
俺はそのままソファーに落ちた。
『配達済みアイテムの使用期限が来ました』
その時、神の声が聞こえ、俺が装備していたマントや光の聖剣、仮面などの装備が消える。
「……しかし、お前の天職も難儀な天職だな」
「仕方ないさ。女神さまからもらったものだ。文句を言うわけにもいかないだろ」
アイテムが消える様子をみて、学園長はあきれたようにため息を吐く。
この世界の人間は一人一つの天職を神から授かる。
そして、俺の天職は『チートデリバリーサービス』というものだった。
取得したポイントを使ってチートアイテムをデリバリーしてもらう職だ。
冗談みたいな天職だが、事実なのだ。
この職を考えた時、神様はきっと酔っ払ってたんだと思う。
「まあ、便利に使えるているからいいよ」
「便利な天職なのに、『ハズレ職』のままでいいのか?」
俺の天職を知っているのは現国王と死んだ両親、天職を授ける教会関係者を除けばこの学園長だけだ。
外向きには俺の天職は『ハズレ職』ということになっている。
この国ではおかしな転職や使えない天職、天職を得られなかったものをひっくるめて『ハズレ職』としている。
『ハズレ職』になる人間は3割くらいいる。
使えない天職は『農民』や『村人』みたいな何の効果も得られない天職だ。
そして、ごくまれにではあるが、天職を得られない人間も存在する。
天職をもらえるのは純粋な人間だけだ。
この世界にはエルフやドワーフみたいな人間以外の種族も存在する。
人間以外の種族はその種族特有の能力を持っており、天職は人族のふりを補うためのものだと言われている。
レベルのある世界なので、長寿のエルフやドワーフと型を並べようと思うとそれくらいの下駄は必要なんだろう。
そして、他族とのハーフやクォーターも天職は貰えない。
逆に言うと、天職がもらえないのは他族の血が少しでも入っているということだ。
進んで他種族と結婚する人間はいないから、天職なしの子はぶっちゃけ、不義の子というやつだ。
表向き『ハズレ職』の制度は、管理をしやすくするためとなっているが、この不義の子を隠すために『農民』や『村人』とかも混ぜて『ハズレ職』と呼んでいるのだろう。
そんなわけで、『ハズレ職』は表立って迫害されることはないが、かなりバカにされる対象だ。
特に貴族の中では。
貴族は代々有用な天職の血を取り込んでいるので殆どが有用な天職につく。
どうやら、天職は高確率で遺伝するらしい。
そんな中にいる『ハズレ職』はまあ御察しというやつだ。
俺みたいな例外もいるんだけど。
今では俺の天職『チートデリバリーサービス』は有用だということはわかっているが、有用だとわかって発生する面倒より、貴族どもにバカにされる方が楽なので、『ハズレ職』のままにしてある。
「しかしお前の天職も面白い天職だよな。制限はあるにせよなんでもできる」
「何でもはできないよ。両親や妹は救えなかった」
「……そうだな」
俺の妹のリオは『賢者』という天職を授かった。
これは国に一人の天職で、同時代に各国に一人ずつ現れるものらしい。
あらゆる魔法を使うことができ、大体はその国の『勇者』と一緒に行動する。
だが、強力な力にはそれだけ敵も現れる。
妹は『賢者』の天職をねたんだどこかの誰かによって毒を盛られた。
どうやって毒を盛ったのかはもうわからないが、どうやら犯人は家族全員殺すつもりだったらしく、俺や両親も同時に毒に倒れることになった。
俺も毒を盛られたが、死にそうになった時、前世の記憶と同時に天職の使い方がわかり、生き残ることができた。
毒に苦しんでいると突然『『スキル・状態異常無効化』を注文します』という神の声が聞こえ、しばらくしてスキルによって毒が完全に消えた。
俺は毒を打ち消すことができたが、両親は死に、妹はなんとか一命をとりとめたが、今も毒に苦しみ続けている。
天職で手に入れたスクロールは自分以外の人間に貸し出したりすることはできないのだ。
「リオちゃんはまだ治せるめどが立たないのかい?」
「あぁ。直そうと思うと、エリクサーでも手に入れないと……」
俺たちが盛られた毒は相当特殊なものだったらしい。
魔毒といわれる魔力に反応する毒で、魔法を使ったりすると毒が体を蝕む毒だ。
かなり強力な毒のため、『女神の涙』という解毒魔法を使うか、エリクサークラスのポーションでないと治せない。
『女神の涙』のスクロールは『チートデリバリーサービス』で『ポイントが足りません』と表示されている。
おそらく、相当なポイントが必要なんだろう。
いくら必要かわからない『チートデリバリーサービス』に頼るよりは、まだ存在が確認されているエリクサーに頼るほうがましだ。
ましというだけで、エリクサーを探すのも相当大変なんだけど。
「エリクサーか。難しいな」
「あぁ。どこにあるのかもわからないからな……」
『ポーン。新しいクエストが解放されました。『クエスト:学園に隠されたエリクサーを手に入れろ』』
そんな話をしていると、俺の頭の中に神の声が響いた。
「? どうかしたのかい?」
話している途中で固まった俺に、王子は心配そうに話しかけてくる。
心配してくれるところ悪いが、今ちょっとそれどころじゃない。
「いや、ちょっと待ってくれ。今、変なクエストが出た気がするんだ」
「? 変なクエスト?」
クエストはいつも唐突に発生する。
今日も、いきなりクエストが発生したため、体調不良のふりをして講義を抜け出してきたのだ。
講義を抜け出したからといって、誰かにせめられることはない。
どうやら、理由を知っている学園長がうまい具合にごまかしてくれているらしい。
毒の後遺症が俺にもあることになっているそうだ。
でも、できればもっと状況を考えてクエストを出してほしい。
無理だろうけど。
実は、唐突にクエストが発生する天職は昔からある。
学園にはそれに対する対策がされている。
途中で抜け出したり、出席しなかったとしても追加の課題をすれば補えるようなシステムが最初からあるのだ。
なんでそんなのがあるかというと、この学園は有用な『天職』を持つ人間は必ず通わなければいけないことになっているためだ。
この学園は力を持った人間に国の常識とかを叩き込むための場所なのだ。
そのため、有用な『天職』持ちは授業料も無料だし、いろいろなサポートが完備されている。
勇者の天職持ちのアルスなんかは数えるほどしか学園に来ていないのにちゃんと進学できてるし。
まあ、この制度を悪用する奴も結構いるんだけど。
例えば貴族や豪商だ。
有用な『天職』を持たない者でも、高い授業料を払えばこの学園に通うことができる。
だいぶ前にそんな制度を当時の学園長が作ったらしい。
その制度を使って貴族なんかは大体この学園を卒業する。
便宜上国の最高学府ってことになってるからな。
でも、貴族は平民の『天職』持ちとの関係を作るのがメインの目的となっている。
そのため、まともに講義を受けているものはほとんどいない。
課題を出していれば講義に全くでなくても卒業できる『錬金科』が一番人気なくらいだからな。
俺もそこに通っているんだけど。
今はそのことはいいか。
そんなことよりクエストだ。
俺はスキルからクエストの一覧を呼び出して確認してみる。
ーーーーーーーーーー
【クエスト】
(デイリー)魔物を百体倒せ【済】
(デイリー)教会でお祈りをせよ【済】
……
New!! (特殊)学園に隠されたエリクサーを手に入れろ!
ーーーーーーーーーー
新しいクエストを見ると、確かに先ほど神の声で聞こえたクエストが一覧の中に追加されていた。
「……学園長」
「なんだい?」
俺が学園長を呼ぶと、学園長は待ってましたといわんばかりに元気に返事を返してくれる。
「この学園の中にエリクサーが隠されているのか?」
「……詳しく聞こうか」
俺の質問に学園長はいつも以上に真剣な顔をした。
***
「次に赤の魔石を入れて加熱っと」
俺が赤い魔石を入れると、ビーカーの中の黒色の液体は青色に変色する。
俺はそのビーカーを火にくべた。
俺は学園長室を出た後、学園の中の錬金室に来ていた。
授業を抜け出したので、その代わりに課題が課されたから、それをこなしているのだ。
クエストの話は今は情報が集まるのを待っている状況だ。
学園長にクエストの話をすると、少し調べるから時間をくれといわれた。
クエストというものがあるのは俺の天職だけじゃない。
俺も詳しくは知らないが、ほかの特殊職業にもたまにクエストが発生するものがあるそうだ。
クエストは女神さまが準備しているので、達成できないことはあっても外れることはない。
『ワイバーンから街を守れ』というクエストが出れば必ずワイバーンが街に攻めてくるし、『伝説の武器を手に入れろ』というクエストが出れば近くに伝説の武器が必ずある。
つまり、『学園に隠されたエリクサーを手に入れろ!』というクエストが出たということは、学園内のどこかに必ずエリクサーがあるはずなのだ。
エリクサーみたいな有用なものがあれば、絶対に学園長が知っているはずだ。
個人で準備できるものじゃないからな。
学園長が知らないということは、どこかに隠されているということだ。
この広い学園内で何の情報もなく隠されたものを探すなんて不可能だ。
とりあえず最初は情報収集が必要だろう。
情報収集をするなら、学園長にお願いするのが一番だ。
ということで、俺は学園長の情報収集が終わるまでは暇になってしまった。
その間に、俺は学園の課題をこなすために学園内の錬金室で錬金術の実習を行っている。
『ハズレ職』扱いの俺は卒業するためにちゃんと課題をこなさないといけない。
卒業すれば、国の要職になれたりするので、卒業は必須だ。
俺の場合、『デューク』と掛け持ちだろうから、どっかの窓際部署にでもいくことになるとおもうけど。
「よし、順調だな。後はかき混ぜて完成だ」
火にくべていると、ビーカーの中の液体は青から赤へと変わってきた。
俺は火を止めて、ビーカーの中身をかき混ぜる。
あとはかき混ぜて緑色になれば最下級の回復ポーションの完成だ。
特殊天職で『デューク』として最強の傭兵をしているが、俺の天職は奇襲にはそこまで強くない。
アイテムが届くまではただの一般人だからな。
そのため、天職はないものとして、誰にでもなれる錬金術師になるために錬金科に通っているのだ。
誰にでもなれるとは言っても、貴族じゃないと学園に通えないし、学園に通えなければ錬金術師になる知識を得ることもできない。
そのうえ、知識を得て錬金術師になっても、能力は『錬金術師』の天職を持った人間の足元にも及ばないので、錬金術師になろうとする人間はほとんどいない。
俺も、こうやって『錬金科』の課題をこなすのはできたポーションを売って小遣い稼ぎをするのと、『デューク』の用事で学園にいるのが不審に思われないようにするカモフラージュのためだ。
錬金術でポーションとかを作るのは嫌いじゃないから、半分以上は趣味だな。
「よし。完成」
俺は出来上がったポーションを太陽にかざす。
今日もいい色のポーションが出来上がった。
どんなに出来が良くても効果は大したことないんだけどな。
「これはこれは、貧乏貴族のアレク君じゃないか。今日も貧乏くさいことをしているね」
俺がポーションの出来に満足していると、不快なセリフが聞こえてくる。
俺が顔を上げると、趣味の悪い服を着た金髪の男が見下すような目で俺の方を見ていた。
「なんだ。ローマンか」
「ローマン様と呼べ。貴族崩れが」
俺はちらりとローマンの姿を確認した後、出来上がったポーションをビーカーからポーション瓶へと移す。
ローマンであれば、適当に扱っても問題ない。
俺の前に立っていたのはローマン=オブモチャ。
オブモチャ男爵家の長男で、俺と同じ錬金科に通う学生だ。
ことあるごとに俺に絡んでくるからかなりうっとうしい相手だ。
最初は俺経由で俺の妹と仲良くなろうと思ったのか、すり寄ってきたのだがいつのころからか毛嫌いされるようになっていた。
すり寄ってきていたといっても、当時から無駄に上から目線だったんだけど。
「お前の妹に会ってやろう」とか「かわいければ俺がめとってやってもかまわない」とか言ってきていた。
誰がお前みたいなやつにかわいい妹をやるか。
「俺もお前も男爵家だから上下はないだろ」
爵位が上であればちゃんと対応しないといけないが、俺の家も男爵だ。
だから、適当に扱ってもそこまで問題にはならない。
むしろ、実務をしていないとはいえ男爵家の当主である俺と当主の子供であるローマンではローマンの方が格下だ。
「お前のような親もいない貴族崩れと一緒にしてほしくないね。この妹のすねかじりが!」
俺は妹が『賢者』の天職を得たおかげで王族と懇意にさせてもらっている。
この学園の学費も王族が出してくれていることになっている。
実際は『デューク』として俺が稼いだお金から払っているんだけどな。
それに、俺の両親はすでに他界している。
跡継ぎは俺に決まっているが、俺では経験も足りないため、少なくとも学校を出るまでは実務は行っていない。
本来そんな状態なら、俺から実権を奪い取ろうと親せき辺りが群がってくるのだが、妹が『賢者』の天職を持っているため、王族がいろいろと気をきかせてくれた。
土地の管理まで王族にしてもらっており、まさに至れり尽くせりの状況だ。
ほんとのところは『デューク』として動きやすいようにしてもらっているのだが。
おそらく、ローマンとしてはその辺も気に食わないのだろう。
「学校の施設を使って自分でポーションを作るなんて言う下賤な行為をするお前が、俺様と同じ扱いなのがおかしいのだ」
俺は作り終わったポーションをカバンの中に詰め、使った道具を洗いながら適当に相づちをうつ。
この学園は貴族がコネづくりで入ってくることが多い。
そのため、錬金科に入っても、課題は家のものにやらせたりしている。
だから、自分で課題をこなすものは少ない。
そのあたりも、俺がバカにされている理由だ。
でも、学校の施設を使って学校の材料を使えばただでポーションが作れるのだ。
使わない理由はない。
……しいて使わない理由を上げるのであれば、学校の工房は公共施設なので、使用中にこうやってうっとおしい奴が入ってくることくらいか。
鍵くらい閉めたいのだが、何かあったときに外のものがすぐに助けに入れるように学内の工房は利用中は鍵がかからないようになってるんだよな。
「わがオブモチャ男爵家は……」
片付けも終わって早く話が終わらないかなと思いながら俺はローマンの話を聞き流し続ける。
一つしかない出入口をローマンがふさいでいるので、出るに出られない。
「その辺にしておきなさい。オブモチャ」
「く、クリスティーナ様!」
そろそろ何とかしようかなと思っていると、ローマンの後ろから凛とした聞き覚えのある声が聞こえてくる。
声のしたほうを見ると、厳しい表情をしたクリスが立っていた。
クリスは俺と目を合わせると、にこりと微笑んだ後再びローマンをにらみつける。
「ローマン=オブモチャ。アレクはあなたと同じ男爵だし、それ以前にこの学園は学内では爵位を問わないことになっているわ。それは国王陛下の決めたことよ。あなたは国王陛下の決めたことに異を唱えようというの?」
「そ、そのようなことは」
ローマンはしどろもどろになる。
クリスは王族だ。
ローマンからしたら雲の上の人物だろう。
俺はクリスとは古い付き合いだから、親しくさせてもらっている。
だが、本来はただの男爵とは会話することすらないはずだ。
それは、学園に通っている今も大して変わらない。
建前上、学内では身分の違いは気にしてはいけないことになっている。
それでも、学校を卒業した後はその階級社会に身を置くことになるのだから、気にしない者はいない。
「そう。なら、今のは聞かなかったことにするわ。いきなさい」
「く。わかりました」
ローマンは最後に俺をにらみつけて部屋から出て行った。
「おかえり。クリス。早かったな。さっきまで隣町にいたんじゃなかったのか?」
「ただいま。アレク。レッドワイバーン討伐の報告をするために転移魔法を使ってもらったのよ。討伐自体はデューク様がしてくださったけど、被害報告とかいろいろと報告しないといけないことがあったの」
「なるほど」
町間を移動するために転移魔法がある。
だが、消費魔力が多いため、ほとんどの場合使われない。
今回は報告を早く上げるべきだということになったから使ったのだろう。
「あれ? なんでアレクがさっきまで隣町にいたこと知ってるの?」
「あ」
不審そうな顔でクリスが俺の方を見てくる。
ヤッペー、隣町でクリスにあったのは俺じゃなくてデュークだった。
「そ、それはあれだよ。さっきまで俺も学園長のところにいたから。そこで聞いたんだよ。デュークがレッドワイバーンを倒したんだろ?」
「そうよ。後……」
クリスはぐっと顔を近づけてくる。
整った顔が急に近づいてきたので一瞬ドキッとする。
「『デューク様』よ。様をつけなさい」
「……わかったよ。デューク様がレッドワイバーンを倒したんだろ?」
「そうよ! カッコよかったわ」
「……」
何が悲しくて自分の裏の顔を様付で呼ばなければいけないのか。
だが、様をつけないとクリスは何度も指摘してくる。
クリスは熱狂的なデュークファンの一人なのだ。
ファンクラブの会員番号が二桁だと自慢してきたことがある。
そのとき、『デューク』のファンクラブなんてものがあると知って驚愕したのを覚えている。
ちなみにファンクラブ会員番号一番で会長をしているのは学園長らしい。
なんか、ファンが増えると能力が高くなる特殊天職があるらしく、念のために作ったと聞いた。
ファンクラブを作ったなら本人に最初に教えてほしかった。
俺の天職はそういう部類のものではなかったらしいが、天職の性質上、ファンが多く、ファンクラブの会費で収支がプラスになるのでいまだに運営されている。
今では四桁以上の会員がいて、ファンクラブの運営はファンクラブ会員番号七番の宰相が行っているそうだ。
なんでも国にはファンクラブを運営するノウハウがあるのだとか。
国営非公式ファンクラブとか属性盛りすぎだよな。
「そういえば、クリスはどうしてここにいるんだ?」
「え?」
「クリスは特別科だから、錬金室に用事なんてないよな?」
クリスは特別科に通っている。
特別科は『勇者』や『剣聖』みたいな特殊な天職を持つ人間が通う場所だ。
課題もなければ絶対に取らないといけない講義もない。
クリスはまじめだから全学科共通で受けないといけない法学や歴史学の講義は可能な限り受けているが、錬金術系の講義では見たことがない。
おそらく履修してないんだろう。
それなら錬金室に用事があるなんてことはないはずだ。
錬金室はにおいもするし後者の端っこにあるから錬金室に用事がなければこんなところには来ない。
まさか俺に会いに来たわけでもあるまい。
「べ、別にいいでしょ? アレクこそ、ここで何をしているの?」
「俺は課題のポーションを作ってたんだよ。もう出来上がったけど」
俺がかばんの中からポーションを取り出すと、クリスは納得したような顔になる。
少し残念そうな顔をしたように見えたが、気のせいだろう。
「錬金科は課題があって大変ね」
「クリスはいいよな。特別科は課題とかないんだろ?」
「明確な課題はないけど、勇者のお供をするのが課題みたいなものよ」
クリスは遠い目をしながらそう呟く。
相当苦労しているみたいだ。
天職の中で最強の天職が『勇者』の天職だ。
『剣聖』や『賢者』のような強力な天職を持つものはその『勇者』をサポートするのが期待されている。
大体同じような年に生まれるしな。
そんなわけで、『勇者』や『剣聖』みたいな天職のものは学園の特別科に入学してそこで勇者と一緒に切磋琢磨することになっているのだ。
「……その課題はこなせているのか?」
「……全力を尽くしているわ」
うちの国の今代の勇者、アルスは放浪癖がある。
両親が冒険者だったせいか、それとも勇者という職業の特徴なのか、ひとところにとどまっていない。
いつも騒動の中心にいるので後者である可能性が高いとおもう。
おそらく、デュークで言うところのクエストのようなものがあるんだろう。
俺もデュークとしてクエスト中に何度かかち合ったことがあるし。
目を離すといなくなってしまうので、クリスたちは勇者を探し回っているんだそうだ。
隣町にいたのも、アルスを探している途中だったんだろう。
まだ成人していないので、国外に出ることがないが、国外に出るようになると今以上に大変になる。
勇者は成人すると魔王討伐の旅に出ることになるからな。
「大変だな」
「……ま、何とかするわよ。もうすぐ合流することになるリオのことも、私が何とかするから」
「……その時は、たのむ」
今はまだ十三歳なのでその義務はないが、二年後に学園に入学すればリオもクリスと一緒に勇者を探す旅に出ることになる。
それまでに動けるようになればだが。
今のままでは完全に足手まといになる。
やはり、早くエリクサーを見つけたいな。
「俺は課題も終わったし、これを提出したら帰るよ。このままここにいたらまたローマンたちが戻ってくるかもしれないし。クリスはどうする?」
「……私はこの後報告に行くわ。リオによろしく伝えておいて」
「わかった」
なんか、クリスが落ち込んでいるようだけど、報告に面倒なことでもあったかな?
ふつうに終わったと思うんだけど。
そうでなくてもあのシスコン学園長が報告先になるんだろうし、問題ない気がする。
どちらにしても、俺にできることは特にないか。
俺はなぜか肩を落としているクリスを残して帰路についた。
***
「ただいま〜」
「あ! おかえりなさい。お兄ちゃん」
「リオ!?」
家に帰ると、キッチンの方から声が聞こえてくる。
キッチンを除くと、ベッドで寝ているはずの妹のリオが調理をしていた。
「寝てなくてもいいのか?」
俺は驚いてリオに駆け寄る。
「大丈夫。今日は調子がいいの。今日明日は空気中の魔力濃度も低そうだから、大丈夫だと思う」
「そうか」
そう言って、リオは机の上に料理を並べていく。
リオは魔毒の後遺症で体が弱い。
どうやら、リオの受けた魔毒は魔力に干渉するタイプの毒だったらしい。
そのため、体内に魔力がたまらないように魔力を排出する薬をずっと飲んでいる。
だから、リオは『賢者』という魔法チートとも言うべき職業についていながら常にMPが0の状態だ。
当然、魔法を使うこともできない。
その状態でも外部の魔力濃度が高くなったりすると、体調を崩してしまう。
もともと体が強い方ではなかったリオは空気中の魔力濃度が少しでも高い日はベッドの上で過ごす。
地球で言うところの高気圧低気圧のように魔力濃度は変化していくので、一年の半分以上はベッドの上で過ごしていると思う。
特に秋から冬にかけては気温が低くて風邪にかかったりもするため、ほとんどベッドの上だ。
魔力濃度が低い日もこの家から出ることはほとんどできない。
この家はリオの病状を知った王族が低魔力状態を作り出すように特別に建てられた家だ。
外よりさらに魔力濃度が低くなっている。
外の魔力濃度がリオの体調を悪化させないレベルまで下がるのは年に数回あるかどうか。
つまり、年に数回しか外に出られないのだ。
相当辛いと思う。
それにもかかわらず、彼女は辛そうな顔をほとんどみせない。
俺の前ではずっと笑顔で過ごそうとしている。
動ける時は今日みたいに家事をしたりしてくれるし。
でも、夜とかにたまに啜り泣くような声がリオの部屋から聞こえてくることもある。
「お兄ちゃんの方はどうだった?」
配膳が終わったのか、リオは席に着く。
俺も、テーブルを挟んでリオの向かいの席に腰を下ろす。
「今日は特に何もなかったな。あ、そういえば、今日はクリスが帰ってきたみたいだぞ? またうちに来たいって言ってた」
「クリスねぇが!? やった。今日でもよかったのに」
「お前が寝込んでるところに連れてくるのは流石にまずいだろ。だから、リオに聞いてからってことになったんだ」
リオとクリスは本当に仲がいい。
リオが毒に倒れる前は俺も含めて三人でよく遊んだ。
当時はクリスが王城から許可なく外出できなかったので、王城内でかくれんぼしたり、家庭教師から逃げ回ったりしたっけ?
俺たちは年が近いから、王城で一緒に勉強させられてたんだよな。
毒殺事件以降はリオの様態が思わしくないこともあり、王城に呼ばれることはなくなった。
だが、クリスはリオが毒を受けた後もちょくちょく俺たちの家に通ってくれている。
クリスが勇者捜索であまりこの街にいないし、リオが寝込んでいることもあるため、そう頻繁ではないが、それでも月一くらいでは来てるんじゃないかな?
「うーん。明日は多分大丈夫」
「そうか? じゃあ、明日クリスに会って伝えておくよ」
今日はほんとに顔色もいいし、この様子なら明日クリスを呼んでも大丈夫だろう。
「じゃあ、晩御飯にしましょう!」
「そうだな」
テーブルの上には美味しそうなシチューとフランスパンのようなパンが並んでいる。
「どう? おいしい?」
「あぁ。おいしいぞ」
「良かった」
リオは俺がおいしいというとにっこりと笑った後食事を始める。
今日は本当に調子がいいようで、リオもおいしそうに食事を食べている。
その様子を見て俺も胸をなでおろす。
調子が悪い日は食事をとることすらつらそうにしているからな。
(やっぱり、リオには元気になってほしい)
魔王は『デューク』として倒すにしても、リオの治療は何としても成し遂げたい。
リオは俺にとってたった一人の妹なのだから。
今回、偶然とはいえ今までにないくらいエリクサーに近いところに来ている。
錬金術を使ってエリクサーを作ろうと思えば何十年かかるかわからないし、チートデリバリーサービスも必要なポイントをためるのにどれだけかかるか予想できない。
何としても学園内のエリクサーを手に入れないと。
「ん? お兄ちゃんどうかした?」
「いや、何でもないよ?」
「ならいいけど」
リオが首をかしげる。
どうやら、じっとリオのことを見てしまっていたらしい。
俺はごまかすように食事を再開する。
俺は明日からの行動を考えながらリオと楽しく夕食を食べた。
◇◇◇
「お~い。そろそろ仕事の……。またその下界を眺めているのか」
「あぁ。相手方の魔王も三体と分かったからもうすぐ勝てそうなんだ」
一柱の神が同僚の神を呼びに来ると、その同僚は箱庭の一つを眺めていた。
その友人は双子の妹と仲が悪く、よく仲たがいをしていた。
ちょっと前に理由はよくわからないが大げんかをして、決闘騒ぎにまで行ったらしい。
それで、神域ではよく行われる決闘方法で決闘を行っている。
その決闘というのが一つの世界を使ったもので、それぞれがその世界の存在に献納を与え、相手が定めた存在を打ち倒すゲームだ。
その世界に与える権能の上限が決まっているが、それ以外は自由なため、勝敗が簡単にはつかず、メジャーな決闘方法となっている。
神域は仕事以外することがなく、暇つぶしに決闘を行うものもいるくらいだ。
食事中の注文順がどうとか、仕事の座席順をどうするだとか、話し合いでも決まりそうなことを理由に挙げて決闘を行う。
見ているほうも楽しいので、止めるものはあまりいない。
この兄弟の場合は二人とも本気でやっているっぽいが。
おかげで争いが長引きすぎて観客もいなくなってしまったくらいだ。
「もう相当続いているだろ? そろそろ決着をつけたらどうだ?」
「敵がしぶとくてなかなか仕留めきれないんだよ。拳を使った決闘なら簡単に片が付くのに」
「拳を使った決闘なんて許可が出るわけないだろ」
神同士が戦うとなれば、相当な力があたりに吹き荒れる。
そうなればいくつもの世界が傷つくことになるだろう。
酔った勢いでけんかをして、世界を一つ二つつぶしたなんて話は数年に一度くらいは聞く。
ケンカした神はかなりきついバツが与えられるので、みんな自重しているが。
だから、拳を使った決闘が認められることはまずない。
にもかかわらず、この姉妹は拳を使った決闘を上層部に申請したらしい。
本格的に仲が悪いとその時初めて知った。
「まあ、今回の八人目の勇者は結構いいのができたからもうすぐ終わりそうだ」
「今回はどんなのにしたんだ?」
「秘密」
「魂は俺の箱庭から持って行ってるんだから、それくらい教えてくれてもいいだろ?」
「えー」
実はこいつはこのゲームでずるをしている。
外部の世界から魂を持ってきて、それにこいつが直接献納を宿して世界に送り込んでいるのだ。
ルール上ダメではないが、外から魂を調達するのも難しいし、あまりやるものはいない。
だが、俺が趣味で管理している世界があり、そこから魂を調達できるので、こいつはこれまで何度もこのずるを行っている。
神自らデザインした勇者は総じて強力になるため、これをやった側はかなり有利になる。
そうはいっても、勇者のデザインにはコツがいるらしく、今まではあまり有効な勇者が生まれていなかったようだが。
「仕方ない。お前のおかげでもあるしな。教えてやろう」
友人は自信満々に語り始める。
「お前にもらった魂が生前面白い仕事をしていてな。それを参考にチートデリバリーサービスという天職にしてみた」
「チートデリバリーサービス?」
「天使にチート能力を運ばせる天職だ」
神は友人から受け取った天職の概要を確認する。
そこには予想外のことが書かれていた。
「……おい。天使まで使うのはさすがにルール違反じゃないか?」
どうやら、神域から神力を運ぶ天使を使って権能を分け与えるスキルらしい。
たしかに、権能を必要に応じて分け与えるのであれば、世界に与える権能の総量を維持したままいろいろな状況に対応できる能力を与えることはできるかもしれない。
だが、天使の運用には神力を使い、それは決闘で使う神力の量には含まれていないはず。
天使は世界の運用に必要不可欠だからな。
その天使を使うということは、神力の総量が同じになるという決闘のルールに抵触しているのではないだろうか?
「決闘中の世界の管理や神力の回収は俺に任されている。それに、本来の任務のついでにやってもらってるだけだ。権能を運ぶのは天使の運用の一部だから問題ないさ。八人目の勇者から直接神力を回収できるし、それを使って権能を作れば疲れない。まさに一石二鳥だ」
「お前な~……」
こういうのを屁理屈というのではないだろうか?
だが、こいつは言っても聞かないだろう。
なら言うだけ無駄だ。
「ちゃっちゃと勝つぞー」
「いや、仕事だから。続きは帰ってからにしなさい」
「え~」
「え~。じゃない」
俺はぐずる友人を引きずって職場へと向かった。
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【追記】
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宣伝もツイッターで一度つぶやいただけなので、正直、最初は一件も評価付かないかもと思っていたのですが、4名もの方に評価していただきました。
評価ポイントも★5をつけていただいたようで、ありがとうございます。
思ったより多くの方に読んでいただいているようですし、8月1日から連載版を投稿しようと思います。