Fifth Lift(第五話)
・・・潮の香がする。あぁ、私死んじゃったのかなぁ。
『・・・』
違う、なにか別の臭いがする。嫌いではないけど、好ましくないこの臭い。それに、波を切る音
『うー・・・最悪』
私は生きてた、此処はどこかの船だろう。疲れがどっと襲ってくる
『日本艦だといいけれど』
意思の疎通が出来るか心許ない、えぇえぇ、潜水学校出で学がないですよーだ。
・・・カタカタッ、カチャッ
やばっ!なんか物音が。まだ寝たフリしとこ!
『・・・』
足音がベッドの近くまで来る。なんか武器、武器って、私ノーブラ!?シャツと下着だけ!?
『全く、何の因果だか・・・』
聞き覚えのある声、こ、こいつは!
『早く良くなれよ』
頭を優しく撫でられる、つーか、何こっ恥ずかしい事を!
『ん、顔が赤く。熱だといかんな、軍医n『こ、子供扱いすんなっ!!』
頭を撫でていた手を、右手で掴んで離し、上半身を起こす
『・・・』
ちなみにシャツは、艦に居る女性兵用だったためか、丈が小さく、また、彼女よりは小振りだった
『起きているなら言え、大村中尉。それからまだ横になっていろ、風邪をひく・・・というより目のやり場に困る』
そういわれて、月海は自分の恰好を思い出した
『っ!!!い、いますぐ、出ていけぇっ!!!』
『ま、待て!出ていくから手を離せ!』
メメタァ!
よいまちづき・CIC
『今戻った』
CICに戻った永野を出迎えたのは砲雷長だった
『あ、戻られましたね?艦長室ではお楽しみn・・・』
『これがお楽しみなら、今の状況だって楽しめるぞ』
目の回りと頬が膨らんでいる、ありゃ後で腫れるのは確定だな
『だ、大丈夫ですか?』
CIC管制を行っている女性兵の一人がハンカチを持ってくる。
『大丈夫だ、持ち場を離れるのはどうかと思うが、ありがとう・・・』
『鷹島です、中佐。すいませんでした!』
階級は、一等兵曹か
『うん。鷹島一兵曹。洗って返すよ』
戻っていく。管制要員には女性兵がそれなりに(といっても全体の5%もいかないが)かつ、出世は望めないが、付くように海軍もなった。報告等でも女性の声での方が落ち着くのだそうだ
『どうかな?寺津中将の本隊は』
『未だ機動中です、掻き回してくれています』
寺津中将はマラッカ海峡を除くマレーシアラインの各海峡から等距離の位置でフェイントを繰り返している。
そして我々はというと、タイ海軍の各艦と第31駆逐隊は共にSSTOの乗員を救出後、マラッカ海峡を突破して臨機応変に離脱せよとの命令を寺津中将から受けた
長門から離脱時にわざわざ、キカンタイノブウンヲイノルという発光信号を送るあたり時代的だが、中将らしい
『となると、今夜かな』
マラッカ海峡への突入は。
『第三艦隊がスンダ海峡からチモール島沖に転舵して向かう時分ですね』
頷く
『俺達を叩き潰すか、見逃すか』
敵の抱える問題は、我々がどこの海峡から抜けるかわからないため、分散配置にならざるをえない事
『見逃した場合、スンダ海峡に展開しているモニター艦部隊を攻撃!というのが臨機応変にあたるんだろうな』
モニター艦・・・コペンハーゲン海軍軍縮条約、別名として現有艦艇保全法案と呼ばれる一万トン以上の砲艦の建造禁止という体制に対する英海軍の答えである
『攻撃すべきはロード・クライヴ級、ですね』
先代の船体より五割増し、9000トンクラスの船体に42口径18in単装砲塔を搭載した鋼鉄のキマイラ。本来モニター艦が外洋艦艇に勝てない事は、帝政トルコ海軍が証明してくれているのだが、回避の難しい、或いは不可能な海峡部では圧倒的な存在になりうる。彼女達は搭載した984型直系のレーダーに託つけてこう称される。マレー沖のサイクロプスと
『そいつらの射程はRAPで五万メートル。トンブリが同じく8in砲で五万メートル。良い勝負だが、元の弾が大きいあちらの方が威力は高いだろう』
まぁそれでも、大和が通常弾頭で七万、RAP(核砲弾はこれにあたる)で九万から十万の射程でぶち込んで来るのよりはかなりマシなんだが
『ミサイルではどうにか出来ませんか?タイ海軍の随伴艦を含めて48発ありますが』
永野は首を横に振った
『随伴にアイギス艦の一隻でも混じっていたら、完全迎撃されかねない数でしかない』
飽和攻撃って奴は一気に80発ぐらいは叩き込まないと意味が無いものである
『・・・何隻か接敵前に食われるのも覚悟しなきゃな』
逆を言うならそれがトンブリでなければ良い訳だ
『賭けですね』
砲雷長はため息をついた
『トンブリは条約前の改装で一万八千トン近くなった最上級や伊吹級じゃない。まだ一万二千トンで、このつきクラスのアイギス艦とは判別がつきにくい』
そういう目算は見てとれた。当たるも八卦、当たらぬも八卦・・・
『なんとか生きて帰りたいものだがな』
永野は誰にも聞こえないように呟く。死なすわけにはいかんのだ。特に、死地から帰って来た彼女達だけは
ジャワ海、仏蘭合同艦隊旗艦・ジャンバール
『ライミーめ、怖じけづきよってからに!』
戦艦三隻を主力とする仏蘭合同艦隊、その指揮を執るリュフェック大将は毒づいた。敵は戦艦四隻を主力とした艦隊、戦うならば戦力の全投入は当然である。海峡全てを抑えていては、戦力がまるで足りない。そこで彼は、インド洋に展開している英艦隊に後背から攻撃するように要請したのだが、にべもなく断られた
『核砲戦!上等じゃないか!』
あまり追い込み過ぎると、敵は核を使うかもしれない。エレガントに戦え。だとか抜かしやがった、馬鹿にしやがって!
『長官、偵察衛星がマラッカ海峡を突破するらしき艦影を捉えました』
参謀が報告しにきた通信長から紙を受け取る
『シャム海軍ですな、随伴にアイギス艦が三隻・・・例のSSTOの乗員を回収していた部隊です』
リュフェックは英艦隊の事を頭から追い出して目算した。駄目だ駄目だ
『艦隊を分けるのは愚の骨頂だ。思うつぼではないか』
我々が負けてしまっては意味が無い
『ですが、この艦隊がマラッカ海峡を抜けた後に南下しますと』
英海軍のモニター艦部隊が居ます、と参謀は指摘した。この部隊は海峡の抑えに大きな役割を果たしている
『・・・どうだろうな、彼等はこの部隊を投入するだろうか』
『と、言われますと?』
リュフェックは参謀に疑問をていした
『彼等の半分はシャム海軍だ、死地から逃したいと考えたのではなかろうかという点が一点、そしてもう一つはSSTOの乗員だよ、彼等を危険にさらすという点だ』
シャム海軍はともかく、開戦の理由たるSSTOの言い分を世界に聞かせなくていいのか?
『かけるべきリスクではないと考える。それにこの規模だとモニター艦部隊にも勝てるか怪しいぞ?』
随伴の護衛にも、駆逐艦が四隻いる。簡単にはいかん
『過剰な反応は敵の思うつぼだ』
『・・・わかりました』
参謀は引き下がった。リュフェックの言もそうだが、たとえモニター艦部隊が敗れたとしても、我々が敵の主力さえ逃さなければ何とかなると思ったからだ
『そんな手に乗るかよ、日本人』
リュフェックはひとりごちた
『我々だけでおまえ達の相手は十分だということを思い知らせてやる』
そしてフランス海軍の実力を世界に喧伝してやるのだ
ジャワ海の闇は熱く熱を孕み、今まさに激突せんとする両艦隊を包み込んでいた。