Forth Lift (第四話)
袋のネズミ、とはこの事である
ソマリア沖・よいまちづき艦長室
月に着陸艇を降ろし、再び回収に成功したかぐやは、今日アジスアベバ基地に戻ってくる予定となっていた
『しかし驚いたものだ』
彼女、月海がDSRVでのマニュピルーター技術を買われてSSTOのマニュピルーター担当として配属されるとは
『まさかの人選、というのは聞いたがな』
本来は特殊な訓練を受けた第五艦隊、基地航空隊(通称・荒鷲の五艦)の連中がなるはずだった
『・・・何か意図があるはずだ』
帝國海軍という所は、そう優しい所ではない。全てには意味がある。ここ数ヶ月考えていた。俺は良い、どこかでしくじって左遷、退官にするぐらいだろう。何故彼女をそんな責に就けた
『事故による改修の必要性か?』
ありえない、むしろ削られるだろう。宇宙開発は我が国にとって重要なものでは無い。海軍が口を出しているのは、海に降りる物は海軍の管轄であるとごり押ししたかつての源田中将の流れがあるからだけにすぎない。
実際アマテラス計画で打ち上げられた多数の衛星群は、観測及び偵察衛星である事よりも長距離対艦ミサイルの誘導サポートとして上げられたオルレアン計画の衛星群、そして成層圏を抜けてくる大陸間弾道弾をデブリで満たして破壊するのを主目的としている
『なぜ、今この時期にこれをしなければならなかった』
月に降り立ったというのは確かにたいした事だ、だが、なんになる。開発して資源化なんて数百年先になるに決まっている
『それなのに、何故・・・』
イギリス、ロンドン某所
『頃合いですな』
『頃合いか』
円卓に座る老人達はそういって頷きあった
『火山噴火で機能不全を起こした衛星を、今回のSSTOの仕業とする事で、宣戦布告をする』
『しかし良いのか?彼等は』
口ごもる円卓の一人に、他の一人が説明する
『日本は岩戸に女神を隠れさせぬという事を確約している。こちらも砲火をもって今インド洋にある艦隊を攻撃しないともな。核もお互い使うつもりは無い』
『彼等も解っている。世界なぞをしょっても何の意味も無い事を』
何人かがゆったりと笑う
『それで、最初の一撃は誰が行いますのかな?』
『かのSSTOに、エジプトのRAFとジブチのフランス空軍の両一個飛行隊が行う』
円卓の老人達は天井を見上げる。葉巻の煙の染み込んだ、薄暗い壁が広がるだけだった。
『さて諸君、終戦についてだが・・・』
ソマリア沖・よいまちづき
そろそろかぐやが降りて来るというので艦橋に戻った永野だったが、そこで凶報を受け取った
『宣戦布告、だと!?』
キィイイイイ!!!
信濃から砕風が最大出力で上昇していく、その轟音で永野は我にかえった
『マレーシアラインの地図を!』
我々はインド洋に居る、つまりはいずれ戻らなければならない。一番問題となるのは、永野の言ったマレーシアライン(マラッカ海峡・ガスパル海峡・マカッサル海峡・モルッカ海峡からなる)を通らなければならないことである。あまりに狭く、大規模な防空陣形も構築できないどころか、回避運動すらむずかしい。どこから突破したらよいのか
『艦長、かぐやがサハラ上空で迎撃されたそうです』
少し場の空気に間が空いた
『だからなんだ、俺達に何が出来る。要らん情報を寄越すな!』
『はっ!』
年かさの航海長がため息をつく
『艦長、海図が歪みます』
『・・・すまん』
力を入れすぎた拳を離す・・・航空隊が上手く援護してくれるだろう。考えるな
『どうみる、航海長。マラッカは論外として』
スマトラ島が大きく張り出しており、海峡進入に時間がかかりすぎる
『スタンダードな場所としてはモルッカでしょうな。次善はスンダ、か』
海域としては一番広いモルッカと、敵中もいいところの、意表を突く形のスンダ、か
『うん、そうだろう。だが、寺津中将はおそらくただでは通ろうとはしないな』
長門に座乗する寺津中将は知将として知られている。加えていうなら、恐ろしく攻撃的な用兵を行う方だ
『そういう事は隊司令が考える事ではありませんか?』
一艦長が考える事じゃないだろう
『こればかりは祖父の血だ、許せ』
『・・・そうでしたね』
永野修身、その孫があなたでしたね
『それに、いつ隊の指揮が回ってくるかわからないしね。実戦となればなおさらだ』
実感を込めて言う。この件に関しては航海長も黙るしか無い
『とにかく、最善を尽くそう』
『了解です』
・・・そう、最善を尽くすしかないのだ。戦争は始まってしまったのだから
SSTOかぐや・エチオピア上空
純白の機体に、かぐや姫の髪の毛を意味する黒い帯でイラストされていた流麗な姿だったかぐやに、かつての面影は無くなっていた
『助けてえーりん。といったところだな、みんな、無事か!?』
『うっす』
『勘弁してください』
『な、なんとか』
クルー三人が返事をする。サハラ砂漠上空で至近距離に3発ミサイルを食らった。腹が耐熱仕様じゃなかったら、とっくに墜ちてるところだ
《アジスアベバ基地、サハラの奴らを振り切るのに燃料を使っちまった。そっちに降りるのは無理だ》
《了解、艦隊に連絡する。それから悪いニュースだ、ジブチの航空隊がそっちに向かっている。艦隊が4セット砕風を差し向けてくれたが、会敵は君達が先だ》
『くそったれめ』
通信を終えて悪態をつく、ラファールDが20機とか鬼畜過ぎんだろ。もうこの機体には推進剤がない。滑空しかできねぇんだぞ
『機長?』
『みんな、ズウ゛ェズダ社のイジェクトシートを採用すべきな事態になった・・・覚悟を決めてほしい』
クルー達は息を飲む、襲撃された時点で頭をよぎりはしたが、認めたくないそれを告げられたのだ
『うまく切り抜ければ艦隊が回収してくれるだろう。だが』
恐らく不可能だと、状況を説明する
『今回の接敵は正面からで、時間を稼げばいいんですよね?』
月海は、これしかない、と顔をあげて言った
『考えがあります、一度しか使えませんけど・・・機首を上げながらパラを使うんです』
失速は覚悟の上、でも、一気に高度を落とす事が出来る・・・ただの墜落にしかならないかもだけど
『あちらも私達と会敵するためにかなりの速力を出してるでしょうから、一度すり抜ければ・・・!』
かなりの距離を稼げるんじゃないかしら
『よし!それでいこう!』機長は拳でふとももを打って、正面に向き直る。速度が速度だ、そろそろ・・・
《かぐや!接敵するぞ、何とか避けろ!》
アジスアベバ基地が伝えてくる。SSTOにミサイルの逆探なんて無駄な物は乗せていない。回避のタイミングは機長次第だ
『いくぞ!パラ展開!』
機首を上げたかぐやは、パラシュートを展開して急減速を行う・・・墜落し始めたというのが正しいかもしれないが
《なにぃっ!?》
《ミサイルターゲットロスト!突破された!追撃!追撃!》
ミサイルの投網で一気に絡めとるつもりであったジブチ航空隊のラファールは旋回して追いかける
『お、おむら中尉!一撃、はよけた、が、追い付かれる、ぞ!』
ものすごい振動の中、機長は機首を下げようと踏ん張る
『後の、事なんてっ考えてませ、んっ!』
ちょっとは時間は稼いだでしょ!後の事は知らないわよ!
《かぐや!待たせたな!》
《武田騎馬隊だぜー!》
そんな通信とともに、追い付かれる寸前だったかぐやの頭上を、36本の白煙が勢いよく通り過ぎていった
『信濃航空隊!』
続いて第二波のミサイルが通過する
《貴機は海上に不時着されたし、姫を守る!》
そして36機の砕風が通り過ぎる。川西のマッシヴな機体が、こんなに頼もしく見えるなんて
《頼んだ、風を砕け!》
《言われるまでもない!》
そしてかぐやは空戦域を突破する、もう下は海だ
『着水する!後は神様次第だ!』
青い壁が迫る。想像絶する衝撃がクルーを襲い、月海は気を失った。その最後に脳裏に浮かんだ面影を全否定しつつ