Second Lift(第二話)
白根CIC
『砲術長、戻りました』
身体についた灰をはたいて、残ってないか確認してから永野はCICへ入った
『永野少佐!よく戻られて!』
『・・・副長は?』
半舷での上陸という事で、艦長も陸にあがっており、いま艦の指揮は副長が行っているはずだ
『港湾管理局に一時的に艦を離れられまして』
何か書類の提出に出てしまったのだろう
『まだ戻って来てないのか?艦長と航海長は』
二人は釣り仲間で一緒のはずだ
『まだです。永野少佐、艦の指揮をお願いします!』
『いやいや、主計長や通信長はどうした』
かなり自分より年長の人にやってもらうのが筋だろう
『主計長は食材の仕入れに、通信長は負傷しました』
『なに!?』
どういう事だ!
『この事態になって、外の様子を見ようと外に出ましたところ、目につぶてが偶然・・・飛行長はクラーク基地にいったきりで、機関長は上の事はわからないから、と』
なんてこった・・・今、この艦には指揮を行える人間が存在しないのだ。この緊急事態に
『わかったよ・・・指揮を受け継ごう。それじゃ、佐世保の艦隊司令部に緊急連絡!フィリピンで普賢岳以上の火山噴火!至急指示を求める。本艦は離岸準備!』
『はっ!』
その号令で、機能不全に陥っていた白根のシステムはようやく回復していった
『港湾管理局からです!』
そんな中通信が入った。副長からだ!
《副長!》
ガラでもない立場から解放されると思ったのだが
《ああ、永野少佐か。事情は大体聞いた、白根を任せる》
《すぐには戻られないんですか?》
向こう側が今度は嘆息した
《避難民が建物に押し寄せている。旧米軍施設で強固だからな。おかげさまで動けん》
《今、離岸準備の作業をさせています》
それを聞いて向こうの雰囲気が厳しくなった
《避難民を載せんのか?》
逃げるのか?にしか聞こえませんよ、それじゃ
《主計長も戻られておらず、食料も怪しいですし、軽石の降っている現状では、甲板に座らせる訳にも。格納庫は開いてますが》
《ああ、くそっ!AEW機器か》
そう。戦艦搭載のヘリは、弾着観測も兼ねてAEWヘリを搭載していて、機密情報だらけだ。気軽に載せて良い場所じゃ無い
《副長、そちらは港湾管理局ですから、近場のフェリーや客船が把握できませんか?それなら》
《なるほど。わかった!可能な限り呼びかけてみよう。データも送る!》
フィリピンは多島海であるため、フェリー関連の船舶は少なくない。人員輸送はそちらに任せるべきだ
『・・・』
いったい俺は、他に何をすべきなんだろうか
その5時間後、南シナ海・翔鯨
『えらいことになっちゃったなぁ』
月海は翔鯨の甲板から、スービックの方を眺めて呟いた。スービックに居た日本艦は、白根を戦闘に単縦陣で進んでいた。ここでも軽石は降ってこないが、灰が雪のようにチラチラと降っていた
『おばさん大丈夫かなぁ?』
脱出する私達をよそに、フィリピンの船舶はスービックに突っ込んでいっている
『月海!』
同僚がそんな月海に声をかけてきた
『どうしたの?血相変えて』
『クラーク基地の連中が、ぜ、全滅だって』
スービックよりクラーク航空基地は、かなり火山に近い。火山弾の雨と灰で閉じ込められ、やがて建物の屋根が灰の重さに耐えられなくなり・・・
『馬鹿な事か、いやらしいことしか言わない連中だったけど、そう・・・』
死ぬなら空で死にたかったでしょうに
『それで、私達は?』
こんな時だもの、避難民を載せに行ったっていいんじゃない?
『わからないわ』
同僚は首を横に振る。目の前に図体のでかい奴がいるじゃない!
『あいつ!役に立たないわね!』
あのなんてったっけ?イヤミったらしい奴!
ポタッ、ポタッ
『雨?なにこれ!?』
見上げる。顔にかかった雨が黒い
『早く中に!』
『もうっ!』
逃げるしか出来ないの!?
白根CIC
『以上です』
ようやく入って来た司令部からの通知に、永野は呆然となった
『パワラン水道まで退避、以後の救護活動はフィリピン政府に一任せよ?人員の欠員は本土で充足?』
艦長達を、見捨てろというのか!
『シンガポールの英軍の事もあります』
英東洋艦隊が動き出していて、その牽制を、高雄から進出してくる第三艦隊の本隊と共に行え、という命令もあった。自然災害の混乱のうちに手が回らないというのは、我が軍の統制が疑われる。というのだ
『かつての関東大震災で、長門は英海軍の巡洋艦に機密がバレても東京に急行した』
これを美談ととるか、醜聞ととるか。司令部、あるいはその上の政府は醜聞と捉えたらしい
『理屈はわかる、だが、納得は出来ん!』
くそっ・・・!
『少佐!外部モニターから!』
部下が血相を変えて報告した
『映せ!』
赤外線画像で見る噴煙が崩れていた。そして、ピナツボの方から赤い塊がスービックの方へと向かい、なだれ込んでいく
《副長!》
思わず港湾管理局にいる副長に通信を入れる
《副長!》
《わめくな馬鹿者、見えておるわ》
返事が帰って来た。
《今、UAVを送ります!それに捕まれば海ぐらいまでは!》
《無理だ。外に出れんし、ここに突っ込んでも奪い合いになるだけだ。今、ここにいる軍人、職員、わかるだけの民間人の名簿を送った。掘り返す時の参考にしてくれ》
あくまで落ち着いた声で副長は答えた
《副長・・・おさらばです!》
もう、駄目なのですね
《ああ、最後の配慮に感謝する。俺が喚きだす前に通信機を破壊する、後は任せた。通信終わる》
『・・・切れました』
永野は大きく肩を落とした。ピナツボからスービックは60キロ程離れていたが、火砕流は新幹線並の速度で流れ落ち、10分経たずに街を、基地を飲み込んだ
沈黙がどれほど続いただろうか
『少佐、海上に炎上中の船が何隻かあります。微速航行中!』
火砕流は海をしばらく渡って収束した。逃げ遅れた船に違いない
『・・・喫水線下なら、可能性があるか?』
しかし、命じられたのはパラワン水道への進出である
『船上火災では、緊急救難の必要性としては薄いな』
沈む気配がないなら、軍艦が手を出す謂れは無い。そう、沈む気配がないならば
『翔鯨へ連絡をとれ』
確か海燕改には海中格闘戦用に、杭打ち機の大型版を搭載していたはず。
『よろしいのですか?』
『その質問を受けると厳しいな』
お互い苦笑しあう
『ま、航海日誌をつけるべき艦長も、メモ魔の主計長も居ない今となっては、皆の良心に従うしか無いが・・・』
少なくとも強制は出来ない
『我々は何もしませんでしたよ』頷きあうCICの要員達、すまない
『感謝する』
結局この未曾有の大災害に於いて、スービック基地に居た帝國海軍艦艇が救助出来た人間の数は、たったの514名に過ぎなかった