22th Lift(第二十二話)
よいまちづき、水中指揮所
よいまちづきに行われた最大の改装、ヘリ格納庫内に設けられたこのスペースだ
『艦長だ、入るぞ』
『あ、どうも』
入ると女性士官が少し躊躇ってから頭を下げる。えっと確か6Fから出向してきた
『加納大尉、だったかね。操作の邪魔だとは思ったが、寄らせてもらった。無視しててかまわんから、作業を続けてくれ』
『はい。加納で間違いないです。チェック作業がありますので、そちらに居ます』
水中指揮所のモニターが並んでいる一角に加納大尉は移動する。こっちは格納庫内を見下ろせる窓から、搭載された海燕改を観察する
『甲標的からの進化系のイメージが強すぎるせいか、幅広に感じるな』
まるでエイのように見える。うん、まるで戦闘機という評価も頷ける。一般的なスラスター制御より飛行機のような制御を行っている事もあろう
『・・・』
後部座席が開いていて、中で月海が作業をしている。リクライニングを倒した椅子に横たわるような形で両腕を機械に突っ込んでいるが、あれでマニュピレーターを操作するのだろう・・・すいません、嘘を吐きました。ウェットスーツを着たような格好で仰向けに身体をさらしてる彼女に見とれておりました
『まったく』
目の毒だ
海燕改コクピット
まさかこの艦に乗ったままこの子を扱うことになるとは思ってなかったわ
『チェックポイント23〜49、オールグリーン』
マニュピレーターや火器管制を扱うので、リストの多いこと多いこと・・・ちょっと前まで私を馬鹿扱いしてたあいつにみせてやりたいわ
『ふん・・・大切な手、か』
ハルマヘラでそう言ってくれた。わ、悪くはなかったわね、誉め言葉としては
『にまにましてるとこ悪いけど、上に気を付けなさい』
加納大尉がモニターに出てくる
『に、にまにまなんてしてません!え、上って・・・』
視線をモニターから外へ
『げ、あいつ!』
いつからそこに!
『そこからじゃあなたのサービスシーンも大概だから、閉めるわよ』
『了解、早くしてください!』
あっのやろ〜
『セクハラはともかく、艦長相手にあいつは無いんじゃないかしら、中尉』
『セクハラの方が問題です!』
ああもう!最悪!
『ゆすって玉の輿しちゃえばいいじゃない。歳もいってない艦長職、死んでもそこそこ遺族年金他のお金もらえるし、狙い目狙い目』
『ちょ!』
ゆすってとか、しかも死んでもとか
はいくらなんでも・・・
『別にいつまでも居座る職場でもないでしょ?どうせ40までで行けて大佐止まりだし』
40、それが私達女性士官のタイムリミットと言われている。結婚して子供を産むとして、そのあと育てるべき最低限度の20年・・・それに40越えたおばさんじゃ流石にという話だ
『いや、でもですね大尉』
『キュ?女の子同士で良いんじゃないの〜』
間延びした。いや、レーヴァテイルの子はおっとりしているのがデフォルトなので、普通の声なのだが、場にあわない声が割り込んできた
『エーニャ、あんたたちはややこしくなるから黙ってて』
レーヴァテイルは雌同士で妊娠できる。その場合産まれるのは全て女の子でレーヴァテイル。人間との場合は男の子は人間、女の子はレーヴァテイルとなる。女の子同士で増やせる彼女達とは一緒にしてもらったらさすがに困るわ
『えー?つまんなーい!』
エーニャは眉を寄せて抗議する。彼女は海燕改の操縦手、私の相棒である。音を視る事の出来る彼女達は海燕の存在に無くてはならないものだ
『大尉、ちょっといいかな?』
コンソールの向こう側からあいつの声と、席を譲る大尉の声
『大村中尉、聞こえるか』
『作業中ですが、何の用ですか?永野中佐』
この覗き魔と突っ掛かろうとも思ったけど、黙っとく
『今回の演習はあれだ。あの日話した想定の予行練習だ』
『こ、ここでその話は!』
不味過ぎるでしょ馬鹿!
『・・・変に反応を大きくするな、俺が前に話した奴だ。その日にな』
あー、えーっと、その・・・つまり、はい。やっちゃいましたよ、えぇえぇ!ノクターン行きですよーだ!
『・・・聞いてるか?』
『わかってるわよ、インド洋でのSSTO回収ミッションでしょ!?』
だ、だからといってまだ何も始まってや居ないわよ!当然!
『・・・僚艦が防御スクリーンを張ってくれるが、それに対して突破をかけてくる敵をどう凌ぐかが今回の肝だ』
送られてきた今回の演習海域、うそ・・・
『本来の演習海域より北側過ぎませんか?これじゃ』
『ああ、長崎・五島航路上だ。戦時という事もあって、数日間の運休をしてもらったそうだ』
民間航路・・・いや、それよりも
『わかるか?』
永野が聞いてきた、わからない筈が無い
『私が長崎県人と知ってて聞いてます?』
長崎県の一番の特徴だ、リアス式の深い湾を持つ複雑な海岸線、長さで言えば北海道に次ぐというだけでどれだけ異常かがわかるというもの
『水上艦でも良いかもしれないけど、それは制海艦があるから先に見つかってしまうかもしれないし、考慮から外すとして・・・』
『潜水艦』
永野が月海の言葉を嬉しそうに引き継いだ。
第3艦隊以外からの奇襲がありえるかもしれないわけだ
『それを潰せ、と』
『ご明察・・・それに、私は6Fの手並みを見せてもらったことが無い。楽しみにしている。君の手並みもな・・・すまんな大尉、邪魔をした』
席を離れる音
『・・・案外キレるんじゃないの?あの人』
出ていったのか、大尉が引き継ぐ
『地形見てたら思いつくでしょ、それぐらい。本当にキレる人間だったら潜伏している湾まで予測して言うわよ』
なぜかエーニャと大尉が大きくため息をついた
『案外月海ちゃんは理想が高いもんねぇ〜』
『大体年齢も若い中佐クラスの何が不満なのかと、小一時間』
『またそこに戻るわけ!?』
脱力する。もういいじゃない、その話題は
《これより海燕の離艦を行う、要員は・・・》
永野の声が、今度は艦内放送ごしに聞こえてくる
『少尉、チェックは』
大尉が声音を変えて聞いてくる
『済んでます。システムオールグリーン』
『音響機器』
『オールグリーン、スタンバイ』
二人が答える、あらあら、それじゃもう私の仕事しかないわね
『こちら水中指揮室、海燕のスタンバイ、オールグリーン。離艦用台車に乗せます。後方甲板スループまでのクリアーはどうか?』
《オールグリーン。要員は退避済み、格納庫扉開く。、離艦開始!離艦開始!》
ゴゥン
シャッターが開かれる。SSMを撤去して作られた海面に繋がるスループの常軌、これで台車に海燕を乗せて滑らせ、海中に投入するのだ。一応考慮された原案では、艦尾に嵌め込み型で搭載することも考えられたのだが、整備を考えたらやはり、ヘリ格納庫を代替するようにしたほうが良いという事でこうなった。大戦時の利根から大淀へと水偵の搭載方法が変わっていった事も無縁ではないだろう
『ロック解除、対衝撃体勢。さぁ、いってらっしゃい二人とも』
『了解!対衝撃体勢備え、ダイヴ、ダイヴ!』
台車が滑り、艦尾まで一気に海燕を滑らせると、ガコンと斜めに傾いて海燕に海中へと投入する
《エンジンスタート》
すぐに動くと艦後尾のスクリューに巻き込まれかねないので、着水してからエンジンは起動するようにしている
《水中指揮所より海燕、これより状況開始。状況紫》
《了解、これより状況紫を開始します》
紫、索敵しながらの敵脅威排除ね
《艦からのアクティブピン、一回願います》
《少し待て・・・許可が下りた》
カァンッ!
甲高いピンの音が外板を叩く
『エーニャ』
『うん、見えたよ〜。でも、見えてる範囲には居ないみたい』
やっぱりというか、どこかの湾内に潜んでるわね?探り出して潰す。いいわ
ひねり潰してあげる