Twentyth Lift(第二十話)
ムッソリーニCIC
『第七斉射近弾!敵艦を挟叉しました!』
待ちに待った報告が観測機からもたらされる。先程の被弾からそこそこ時間がたっているが、命中弾は貰っていない。やっとアドバンテージを握り返せるか
『交互撃ち方始め!』
グランチェスカは叫ぶ。敵はかなり接近した陣形をとっている、上手くいけば散布界にいる二艦同時に命中弾を送り込む事が可能かもしれない
『インペロの方はどうか!』
敵の随伴艦艇を叩くべく前に出ている
『戦場での戦艦は、インペロの名が示すように帝王が如く、です』
15in砲だけでなく、副砲や高角砲すら雨あられと二次大戦後にかなり精度の高まったそれが降り掛かるのだ。あれほど魚雷にこだわっていた日本が、駆逐艦による突撃を諦めた。諦めざるをえなくなった理由がよくわかる・・・自殺行為だ、戦艦への突撃なんて。せめて重巡以上じゃないとお話にならない
ガンッ!
再び振動がCICを襲う
『被害報告!』
アルが叫ぶ、この振動だけならあまり損害は・・・
『艦橋下部測距儀被弾!貫通されました!』
顔から血の気が引いた。上部測距儀と射撃指揮所は下部測距儀と繋がっている(リットリオと同じく二段重ねである)危ういところだった
余談ではあるが、電探機器や光学測距がより小型の機器で正確に行えるようになったため、大型の測距儀はどうなのかという議論がどの海軍部内でもあったのだが、結局の所集光率の関係でも大型のレンズが良いという事で、役割を変えて存在しつづけている。英仏は自国産に加えて第二次世界大戦後に衰えたドイツからツァイスを奪い、発展させ、日伊は日本光学とヴェネチア工房が手を組み、世界最高峰のレンズを競い合っている
『こまけぇこたぁいいんだよ』
グランチェスカは餓狼のように笑った。敵の命運は極まった。撃てなくなる以外の事象はもはや些事だ。あとは砲弾が結果を弾き出してくれる。それだけだ
『敵一番艦に命中弾!』
『っ!』
待ちに待った報告がもたらされる。命中弾、しかも18inの、ただでは済むまい
デューク・オブ・ヨークCIC
デューク・オブ・ヨークは唐突にものすごい振動に襲われた
『被害報告!』
紅が叫ぶ。焦げ臭い匂いがCICにまで流れてくる
『右舷前部両用砲消失!弾は両用砲のバーベットに阻まれたようです!』
幸いなことに、両用砲弾庫に飛び込むことは防がれたようだった。角度次第でなんとかなるものだな、ギリギリだが
『長官!今後命中弾を受け続けますと本艦では!』
耐えきれない、そう参謀長が告げている。修正が行われ、今後敵の命中弾は加速度的に増えてくる。今回は無事に済んだ、でも次はそうでもないかもしれない
『後少し、後少し!』
もっと時間が稼げれば・・・!
『地中海艦隊の汚名なぞ、いつだって返上出来ます!しかしそれは艦あってのことです!』
『だが!これではインペロの阻止にあたった巡洋艦や駆逐艦戦隊の皆が!』
これでは犬死にではないか!それこそが<不適切>の際たるものだ
『それは我が艦らが生き残っての話です!』
あちらの艦を戦闘不能に陥れる事に成功したとしよう。この時点で最低でも我々の戦艦は一隻以上が失われるか戦列を離れている。そうなったとき、我々は敵のインペロと巡洋艦以下の艦艇に対応出来るだろうか?・・・無理だ
『祖国を危機にさらすことこそが<不適切>であるはず、いえ、あるべきです!』
門番が門を守らずしてどうするのか・・・!
『報告!アンソン被弾!A砲塔使用不能!』
密集陣形であるためにアンソンは流れ弾を食らったのだ。時間は残されてはいない
『くぅっ・・・!』
紅の唇から血が流れる、断腸の思いとはこのことか『・・・艦隊各艦に通達、撤退だ。この場は退く』
もし、これ以上スエズ運河に近づくのであれば、その時こそは・・・!その時こそは・・・!
ムッソリーニ、CIC
『敵艦隊反転!』
『そうかい、退くかい』
この時点で、既にグランチェスカはヒートダウンしていた
『危うい所だったかも知れませんね』
アルが嘆息してそう続ける
理由は、誰もが艦橋から見れば良くわかっただろう。第二砲塔天蓋に黒い焦げあとが比較的小さく出来ている。最後の最後になって、14inAPSFDSを食らったのだ。250ミリ以上もある装甲をメタルジェットとなって突き破ったそれは、飛沫のように飛び散って人員の大半を死傷させ、なお中砲に穴を空けて全損判定を食らう程のダメージを与えていたのだ
これがもし戦闘初期の砲弾で受けた被害であれば、苦渋の撤退を余儀なくされたのはこちらだったかもしれない。だが、敵はそれを知る前に撤退を始めた
『追撃しますか?』
『いや、深追いは必要ない。レックスがやられちまったしな』
そして、スエズ運河閉塞のために動員していた旧式豪華客船レックス号が艦隊戦の隙をつかれて潜水艦に沈められた。これでは作戦にならない
『幸い、廃棄予定だったレックス号は無人だったのが不幸中の幸いだがな』
そういってにやりとグランチェスカは笑う、これじゃあ引き返すしかないよなぁ
『各艦に伝達、集マレ、合流の後タラントに帰還するとな』
海面下
『第二艦隊と英地中海艦隊、離脱して行きます』
狭苦しい艦内の中、ソナー員が報告する
『上手く幕を引けたでしょうか?』
イタリア海軍所属潜水艦、ガロファノC、レックスを沈めたのは味方であるはずのこの艦だった。
『決定的な局面を現出させない、そのためには冷静な第三者の目が必要とされる。それが君だ』
グランチェスカからそう彼女は言い渡されたのだ。作戦目的を果たせないようにするには、何をしたらいいのかを
『しかし、良かったのでしょうか?仮にも味方の艦船を』
副長が問う
『死人もなく、会社も解体費用より多くの金を渡した上に、沈められた事で保険金も出るんだから、海軍予算が多少減ったぐらいで誰も損なんかしてませんよ』
ま、ムッソリーニがかなり苦戦したようなのは予想外だったけど
『これでいいのですよ』
全面衝突で明確な決着がつくことは避けられた。
『たぶん、あちらも胸を撫で下ろしている連中がいるのじゃないかしら?』
巡洋艦以下は結構やられたみたいだけど、パワーバランス的には戦艦さえ生き残ればどうにでもなるもの
『さ、我々も帰りましょう。副長、針路をタラントへ後は任せます』
『アイ、マンマ』
ガロファノCは針路を西にとる。しかしこれまでの彼女の行動は機密事項とされ、一般に公開される事はなかった
後に第二次ロードス島沖海戦は、戦果的にみればイタリア勝利、スエズ運河の防衛という戦略的視点からみればイギリス勝利と評される事となる。しかし、A砲塔を失ったアンソンの戦力低下は、B砲塔の一門を失っただけで済んだムッソリーニよりも大きく、南米での政変もあいまって、地中海艦隊からキングジョージ五世級三隻の南アフリカ回航と、東インド艦隊からの獅子王姉妹の引き揚げを誘因することになる。
それは寺津の第三艦隊にとって、圧倒的不利であった状態から戦前並みのパワーバランスへとその天秤を大きく傾ける一大事件であった