Sixteenth Lift(第16話)
かの島は、なぜこうも戦乱に彩られねばならないのか
2002年1月17日・マタパン岬沖
白波を蹴立てて、地中海をイタリア海軍第二艦隊は進む
『左舷、ギリシャ海軍駆逐艦!』
『ギリシャ海軍の駆逐艦に伝えよ。見送りご苦労、誓って戦果を揚げん。帰航の際は美女をよろしく頼む、とな』
グランチェスカはそういって笑う。ギリシャはドイツの敗戦処理で戦後ずっとイギリス側傀儡政権(連合への参加はしていない)のままであるから、物凄い挑発である。といっても、かつてのゴトラントよろしく付いてくるギリシャ海軍の駆逐艦もたいしたものだ
『しかし、出てきますかね?』
アルが疑問を呈する。ギリシャに近付く形での艦隊運動、陽動で助攻準備を行ったトルコ(戦後に枢軸に流れた)と、そこそこの情報は与えてるが
『どうかな。ま、出てこないならコルクで栓をしてやるだけさ』
今艦隊は、ギリシャ上陸のカモフラージュでいくらかの輸送船を引き連れている。それっぽく見えるように、退役船ながら一時は一世を風靡した大型客船なんかが主である、レックス号とかがそれだ
『まぁ確かに、これを許すほど英海軍は積極性に欠ける海軍ではないですが』
船を沈没させてのスエズ運河封鎖。これを為された場合、アジアに配備されている艦艇は希望峰経由で本国に戻らざるをえなくなる。艦隊集合が英仏両地中海艦隊よりは楽な俺達が、どちらかを撃破して大西洋に出てしまったならば、彼等は本土を砲撃される危険に晒される。イギリス本土が砲撃されるとなると、第二次世界大戦中にフランス沿岸から列車砲を撃ち込まれて以来か
しかも、今は昔と違って、弾頭は通常に非ず、という状況も考えられる。悪夢以外のなんでもない
『あまりにもあからさますぎやしませんかね』
アルの言葉にグランチェスカは不敵な笑いをさらに大きくした
『だからいいんじゃねぇか。ここまでしたからには、やる気なんだと相手も思うさ』
俺達は第二次世界大戦でも、スエズ動乱でも、海戦には勝ってきた。ここまで馬鹿にした行動は、驕慢と呼ばれても仕方があるまい
『イギリス紳士って奴は見栄はってなんぼだ、意地も張れない栄華なんぞ糞食らえな人種だ。実に共感出来る・・・ホントだぞ?』
だったらよ、一発殴ってやんなきゃ気が済まんよな。横合いからおもいっきり
『おい、あっきゅんからの直掩シフトを密に、ナポリの空軍にも増援を要請しろ。給油機つきでな』
『長官、いい加減艦をあだ名で呼ぶのは・・・』
アルは肩を竦めた。この人はまったく
『いえ、わかりました。すぐに上げさせましょう』
『頼むよ。参謀が有能で大助かりだ、俺がサボれる』
長官がこんな調子なので、イタリア艦隊司令部に戦闘前の緊張感なぞ一つもなかった
キィイイイイン!
後方のアクィラから麗風Refined・Rが飛び立つ。日本の川西・砕風(トムキャット相当)が高コスト過ぎて採用出来ず、陸上機だった川崎・麗風(イーグル相当)を艦上機として改修した機体だ。戦闘能力に申し分はない、砕風と較べて遠距離阻止能力が多少劣るのが玉にキズだが、それは贅沢が過ぎるか
『楽なままに終わればいいんだがなぁ』
しかしそれがはかない願いであることを、グランチェスカは誰よりも理解していた
同刻、アレキサンドリア・地中海艦隊司令部
<不適切>
スエズ動乱以来、イギリス地中海艦隊を陰から指す言葉として、非公式にこの単語が使われる
『結構、下がりたまえ』
第二次世界大戦のマレッティモ島沖海戦・スエズ動乱でのロードス島沖海戦、世界第一位の海軍であったはずの我がロイヤルネイウ゛ィーが、圧倒的差をつけて五位だったはずのイタリア海軍に敗北した。
戦争そのものにはドイツ降伏、エジプト独立阻止と勝利を得ていたにもかかわらずの敗北は、なおさら地中海艦隊への悪印象を強めた。だからといって<不適切>であることに、地中海艦隊の将兵が納得していた訳では無い
『提督』
『提督!』
立ち上がって呼び掛ける幕僚達に、提督と呼ばれた男は嘆息した
『みなまで言うな。我が艦隊はイタリア艦隊迎撃の為、出撃する』
確かにこれは挑発なのだろう、確かにこれは罠なのだろう。だが・・・
『イタリア海軍はやがて知るだろう、我々の逆鱗に触れてしまった事を』
シンク・ザ・ヴェニトムッソリーニ
第二次ロードス島沖海戦の幕が、今正に開かれようとしていた