Fifteenth Lift(第15話)
話に苛立ちを覚えるならそれは正しい、いかに悪徳の限りを尽くして権益を守るのが国家のありようなのだから
2002年1月1日・イタリア、ウ゛ェネチア
『アウグーリオ・ボナノ!』
『アウグーリオ・ボナノ!』
と、サンマルコ広場で年賀の祝祭が行われているなか、王立イタリア海軍第二艦隊司令、グランチェスカ大将は入り豆を口一杯にほうばった
『市井の人間はいいねぇ』
飲み込んで呟く
『ちゃんと手を拭いてから書類を扱ってくださいね』
参謀長のアルベルトが書類をもって入って来た
『つまらん事を言うな、アル』
豆から手を放し、机におきっぱになっていた紙飛行機をアルに向かって投げ飛ばした
『おっとっと、これは?』
両手が書類で塞がっているので、身体で受け止めた
『日本からのお年玉だ』
アルの表情が変わった
『きましたか』
コルダ・ハンニバルが避けられたならば、我々が動く事で世界のバランスは大きく変わる
連合軍の持つ戦艦はイギリス10隻、フランスが3隻、そしてオランダが1隻の14隻、そしてこちら側、枢軸は日本が16隻、我が国が4隻の20隻。数値的にこちらが勝ってはいるが、核砲戦での危険性から戦力を一気には絶対に出さない日本のドクトリンと、我が国と連携をとるには敵が完全に把握しているインド洋を踏破しなければならない位置関係が均衡をもたらしていた
『いいじゃねぇか、俺達がでるならな』
本気でやる気なら日本も俺達のトップも、フランス海軍の方を潰すように仕向けるはずだ。そっちはナポリの第一艦隊が受け持ちだ
『といっても、俺のセレナにブリテンの三人娘を殺させたかねぇがな』
ラ・セレネッシモ、地中海の女王という敬称を付けられるのはあの一隻しかいない
『しかし、ヴェニト・ムッソリーニが戦いませんと』
連合軍側からはイタリアンヤマトと呼ばれる彼女の名前を、アルは告げる
『それも理解している。インペロ、いや、リットリオ級はいい女だが、お互い同時期の戦艦で2対3となると、いささか分が悪い』
グランチェスカは足を机に投げ出して椅子に寄り掛かる
『それから、うちのセレナだったらキングジョージ五世級の2隻を受け持つのは何とか可能という事もな。実際うちのセレナはスエズ動乱の時に二人やっちまってる』
グランチェスカは瞑目した
『だがよ、敵にとっちゃうちのセレナは仇だ』
長女と次女のな。その気迫は並じゃねぇ、刺し違え覚悟でやってくる
『だからといってやられるつもりもありませんでしょう?司令は』
アルは笑う
『当たり前だ、自分の女を死なせる馬鹿がどこにいるかよ。でもよ、傷だらけのセレナやインペロの前で、先に逝った姉さん達に詫びながら死なせるのは好みじゃねぇ』
そりゃあ戦乙女の宿命といったらそれまでだが
『いかに敵をいなしつつ戦うか・・・』
大変だなぁ、これは
『日本側が納得するような損害を与えて、ですね』
『そんなとこだ』
二人して笑う、日本もこの世界の形が変わることは望んじゃいねぇ、今求められてるのは、先のハルマヘラ沖海戦で損傷した4戦艦の修復が終わる前に、こちらの戦線から3戦艦を病院送りにすること
そうなれば敵は戦力を分けざるを得なくなる。そのうえでなにかやらかすつもりなんだろう。それが何かはわからないが
『なぁアルよ、面白い事になったもんだなぁ』
このイタリアがどんな行動をとるかで、世界はいくらでも変えられる。日本や英国じゃなくて俺達がだ。実に愉快痛快、ま、だからといって天秤を動かそうなんて考えないがな。面倒だし
雪解けはぬかるみを産む。ぬかるみを望む者は、少なくとも列強には誰もいなかった。誰が好き好んで泥に塗れようというのか