Twelfth Lift(第十二話)
明確な決着がつくはずもない、敵もまた有能なのだから
時は少し遡る
よいまちづき・CIC
よいまちづきは傷付いていた。至近弾による進水で足は遅くなり、何発かの砲弾が上部構造物を破壊して黒煙を発生させていたが、それでもまだ生きていた
『駆逐艦を蓬莱が上手く叩いてくれたから助かったが』
蓬莱、青葉級対空砲戦型軽巡の三女は、9700トンの戦隊に長砲身の6in単装砲を六門搭載した艦で、弾幕形成能力に優れる。今回はその火力を駆逐艦の阻止に使ってくれていたのだが
『蓬莱、沈みます!』
既に停止していた蓬莱のマーカーが消える。前進して来た敵巡洋艦戦隊の滅多撃ちにあい、やられてしまった。他の僚艦も、戦艦からの砲撃で2隻がこの世に無い
『来るぞ!』
そして、蓬莱を叩き潰した火力は振り分けられる。戦艦の暴力的な火力に晒されてなおかつ、だ
『洒落にならんぜ』
そんな砲雷長の呟きが現状を物語っている
『艦長!』
鷹野一曹が叫ぶ。対砲レーダーが捉えた軌跡、敵重巡に狙いをつけられたか!
『航海長!取り舵10!』
『ヨゥソロー』
即座に航海長へと指示を出す。ああくそっ、敵はもう次をぶっ放しやがった。レーダースクリーンにいくつもの波紋が広がる
『航海長!舵加え10!』
艦橋につながっている受話器に叫ぶ。運動エネルギーを失わぬよう、ギリギリの所を通らなければならないので修正も細かなものになっているが、むしろ大きく舵を切って仕切直しをしたほうがいいのか・・・
『くっ』
己の決断力の無さに呆れる。しかしそれでも艦長然としていなければない。それが望まれているのだ
『っ・・・!』
鷹野一曹が真っ青になって振り返る。よいまちづきの進行方向に、よりにもよって16in砲弾の落着予測点と交差していた
『艦長!』
『航海長!舵最大!』
永野も咄嗟に命令を下す。曲がった先には敵巡の8in砲弾の落着予測点があったが、気にしてなどいられなかった
故に、永野達への代価はすぐ支払われた
ズガガガガガカッ!
『うおおっ!?』
『きゃあっ!』
突然の轟音と振動、CICに居た全員が姿勢を崩す。そして、無音と記憶の断絶、気付いた時には部屋の様相が様変わりしていた
『ぐっ・・・』
永野が身体を起こす。俺はいつ床に倒れたんだ?
『いったぁ〜』
頭をさすりながら月海が起き上がる。よかった、無事か
『ひぃっ?』
気が付いた鷹野が隣席を見て悲鳴をあげた。たたき付けられたのか、コンソールに突っ伏した顔から血溜まりが広がっていく
『復旧急げ!』
砲雷長はだらんと垂れた片腕を押さえながら指示を始める
『上がやられたのか?』
モニターの殆どが、データを受信出来ませんと小さく映してるだけになっている。使えているのはソナーと後部のイルミネーター関連の機器だけだ
『艦橋へあがる!』
永野は覚悟を決めた。ここに居てもすぐに情報は得られそうにない。直接舵をとらなければ
『私も付いていきます!』
月海が外に出るハッチに取り付くが
『熱っ!』
ハンドルが熱くて回せない
『馬鹿!やめんか!』
永野が突き飛ばすようにハッチに取り付いた
『お前の手は、マニュピレーターを扱う大切な手だろうが!』
繊細な感覚を指先で感じる必要がある
ジュウッ
『ぐぅっ』
手の平が焼けるのを我慢しながらハッチを回す。クソッ力が・・・!
『待って!』
横から月海の手が永野の手に重ねられた
『これなら、熱くない!』
『・・・ああ!』
ハッチのハンドルが回りだす
『火が入ってくるかもしれん!他の者は何かの影へ!中尉もだ!』
バックドラフトがあるかもしれない
『何を今更!開けます!』
『あ、おい!』
月海は永野の制止も聞かず、ハッチを引く
ゴウッ
幸いな事に、空気がいくらか吸い出された以外は何もおきなかった
『ぐうっ』
ビリッとハッチから永野が焼き付いた手の皮を無理矢理引きはがす。血だらけだ
『待って!』
そのままCICから出ていこうとする永野を、鷹野が呼び止める
『せめてこれを』
ハンカチで手を覆う
『ああ、この前の分も返してなかったな』
『かまいません、持っていて下さい』
よし、しばり終わった
『ありがとう、大事に使うよ』
急がねば・・・!
『・・・』
気が付けば、月海が何故か不機嫌そうにしている。いや、気のせいか
『こ、これは!』
通路に出て唖然とする。天井の破孔から空が見えた。つまり、これより上は相当な被害を・・・
何とか使えるタラップを見つけだしてあがろうとしながら、損害を確認する。畜生、マストが根元から折れて無くなっている
『航海長!』
そして驚いた事に、未だ艦橋は機能していた。いや、機能を終えようとしていた
『艦長、僭越ながら艦の速度を落とさせていただきました』
何事もなかったかにそういう航海長だが、脇腹がどす黒く染まっている。もう、助かるまい
『敵艦は!』
心中で何度も謝りながら、一番聞かねばならないことを聞く
『ご覧下さい艦長』
普段笑わない航海長が、そういって両手を広げ、外を指す
『うそ・・・』
月海が呟くのも無理は無い
戦局はがらりと変わっていた
『主隊が来たのです。我々を救いに』
しかも、それでも優勢な敵戦艦からの遠距離砲撃すら途絶えた。何故かはわからないが、何かをしたのだろう
『我々は勝利しました。だというのに!』
航海長はがくりと膝をつき倒れた
『航海長!』
永野が駆け寄るが、航海長は既に事切れていた。気力だけで立っていたのだ
『悔しい、悔しいよな』
『・・・永n』
月海の言葉を永野は手で遮る
『悔恨も懺悔も、全てが終わってからだ』
今はまだ、立ち向かって行かなければならない。この海戦を生き延びる為に
コンカラー
『何故だ!何故こうも!』
してやられた。何処から現れたのか、敵のV/STOL機がトップへ体当たりをしてくるとは
『中将!ご無事ですか!?』
先程下がらせた幕僚が駆け込んで来た
『君は・・・』
『敵艦へ距離を詰めるべきと具申いたします!』
フルトナーは口角を上げた。笑ったのだ。確かに今の戦況であれば、艦本来の戦力で優る我が艦隊が前に出れば勝利を掴む事は可能であろう
『見損なうな!このフルトナーが、自棄の突撃を行うと思うてか!』
確かに勝てる。勝つ事は間違いない。だが、相手は我々の艦と引き換えに出来る相手か?否!断じて否である!
『この海域より撤退を行う!巡洋艦戦隊は艦の保全に努めよ!』
『英断です』
ふん、ぬけぬけと言いおる。敢えて有り得ないほどの愚策を提案して、そう仕向けたのは貴様達であろうが
『これだからブリテンは』
フルトナーはそういって苦笑した。しかし、敗戦の責任は取らねばなるまい
タンッ!
英蘭艦隊が戦闘海域を抜けた事を確認したフルトナーは長官公室へ戻り、敗戦の責任の所在は自分と記した後、乾いた銃声を残して自決した。それが、彼なりの責任の取り方だったのであろう
長門、CIC
寺津は指揮官席に腕組みをし、目をつむって体重を預ける
『良い引き際だ』
部隊を前進させるタイミングさえ見誤らなければ、我々は相当な損害を被っていただろう
『長官!今こそ追撃を!』
参謀が意気込んで進言する
『無駄だ、敵はまだ戦闘力を残して後退した。いくらかは砲戦能力も回復しよう』
我々は敵に劣っている。それを忘れてはならない。『現状の戦力と戦果では、ティモール島への上陸は実行不可能である。よって、我が艦隊は本作戦の中止を宣言する』
寺津はそういって頭を下げた
『みな、辛い戦いご苦労であった。溺者救出の後、佐世保へ帰還する』
こうしてハルマヘラ島沖海戦は、ひとまず幕を閉じた。次の日本の、あるいはイギリスの一手はどこになるのか・・・それは誰も知らない