Tenth Lift(第十話)
2001年11月25日、モルッカ海峡・よいまちづき
寺津中将の命により、第三艦隊のアイギス艦10隻と対空軽巡の蓬莱が前進配置としてモルッカ海峡に侵入しようとしていた。
『防御スクリーンとしては、確かにたいしたものだが』
永野はモニターを見ながら呟く。月海も傍らで目をぱちくりさせながらCICを眺めている。
何故彼女がここにいるのかというと、従兵としての配置であれば主計科預かりという事になるが、未だよいまちづきに慣れている訳ではない彼女。しかも戦闘となれば主計科も鉄火場になる、そんな所に素人がいたら邪魔でしかない。ならば、要員はコンソールにほぼかじりついて動かないCICであれば邪魔にはならずにすむ・・・実際は気休めにしかならないが、一番安全な所へという永野の配慮である
『砲雷長、対空迎撃の事なんだが手を抜いてくれないか』
『・・・どういうことです?』
砲雷長は聞き返した。手を抜くとは、自艦に被害が及んで良いという事ではけしてあるまい
『ただじゃすまないだろうから、な』
わざわざ固めているところに航空機をぶち込む馬鹿はいない。最低でも対艦ミサイルをぶち込んで保有する対空ミサイルを減らすなりの手を使ってくる筈だ
『最初に消耗したそいつから沈められる。それが戦の習いだ』
『なるほど、解りました』
全力迎撃は敵に利する可能性があるわけか
『・・・それから、対艦モードもすぐに移行出来るよう用意しておくように』
永野は目をつぶって言った。対空ミサイルでは威力はまったく期待できないが、撃ち込む事が出来るというのは大きい
『前に出た対空艦を、敵が放っておくわけがない』
水上砲戦になる。水上砲戦となれば、アイギス艦は普通の駆逐艦とかわらない。戦艦や重巡とやりあえば、藁の如く打ち倒されるのは、ナルウ゛ィクの先例を出さずとも目に見えている
『・・・』
指示を出し続ける永野に、月海は少し見とれていた。こいつ、こんなにかっこよかったっけ?
同刻、ティモール島沖合・コンカラー
日本側からは獅子王姉妹と称されるライオン級。彼女達は第二次世界大戦終結後、強大な戦艦群を以って太平洋を制した帝國海軍に、多数の戦没艦を出したQ・E級、R級では対抗できないとして早急に整備が行われた大英帝国海軍のワークホースである
『敵が前進配置をしているとは、好機』
フルトナー中将は顎に手を当ててそういった。彼はオランダ海軍の将官で、本来K・ネデリンデンに将旗を揚げるべきであるのだが、性能面でもライオン級がネデリンデンより上であるし、なおかつ随伴艦も英国籍が多い、そうなれば旗艦に自国の艦船を敢えて選ぶ必要もなかろうと移乗してきたのだ
『しかし、罠ではないでしょうか?これは』
幕僚が疑問を提する
『我々をおびき寄せる為か?それはなかろう』
であるならば全艦隊で向かって来たら良いのだ。我々は否応なしに戦わざるを得ないのだから。被害も一団になっていた方が逐次投入にならず、小さく出来るはずだ
『敵は撤退しようとしている。この配置はその為だ。』
こちらの航空攻撃等を抑えつつ、遅滞戦闘を行わせる。撤退しつつの戦闘であれば、機動性の高い駆逐艦ら軽艦艇が一番適している。なにより、敵のアクシデントは致命的であったと言っていい程の代物だった。撤退もやむを得まい
『そうであるならば、我々は前に出ずともよろしいかと。重巡以下で撃破出来るはずですし、追撃もやりやすいでしょう』
幕僚はなおも食い下がった
『いや、撤退追撃戦は海戦でも最も難易度が高い』
日本海海戦はT字が素晴らしいのではない、そんなものは帆船時代からある。素晴らしいのは必死に逃走をはかるバルティック艦隊をほぼ全て捉えて沈めた事だ。そしてこれ以上の追撃戦は、第二次世界大戦を経ても発生しなかった
『我々のような合同の艦隊ならば、一撃に最大火力を投入するのに専念するのが当然の帰結だ』
『では、せめて予備攻撃を行うべきではないでしょうか?』
『対艦ミサイルでかね?』
フルトナーは少し考えてから笑った
『敵はアイギス、その保有する対空ミサイルは50発ほど、それが10艦、命中六割と考えて、300発以上の対艦ミサイルを用意、話半分としても150発だな、を越える量を必要とする』
おそらく対空ミサイルを対艦ミサイルに転用することを彼は心配しているのだろうが、射程はそういった用途に使うための物では無いので、おおよそ射程は水平線ぎりぎりの30キロ、しかも、中の炸薬は30〜60kg程度、加えて表面爆発。これを恐れて、対艦ミサイルを150発以上、それはないだろう。いくらなんでも
『却下だ。艦砲でやる。それで十分だ』
フルトナーは帽子をかぶり直した。議論は終わりだというような仕草に、幕僚は黙るしかなかった
モルッカ海峡入口、長門・戦闘指揮所
『貴公らには、申し訳ない仕儀になった事、お詫び申し上げる』
寺津はモニターの向こうに頭を下げた
『中将、それは違いまさぁ、第三艦隊の諸艦が賭けなくて良い命賭けてるってのに、俺達が命ぁはらねぇなんて我慢できねぇ相談です』
べらんめぇ口調で、その男は寺津の謝意を遮った
『極上の鉄火場を用意して下さった事、感謝いたしますぜ』
そういって彼は敬礼をし、映像は途切れた
『・・・』
寺津は瞑目する。良い男達から先に散っていく
『閣下』
参謀長が声をかけると、つぶった目を見開き、立ち上がって寺津は号令した
『鈴蘭が飛ぶ、全艦最大戦速!前進部隊と合流せよ!』
空に鈴蘭が舞う、その毒は果たして英蘭艦隊に効果をもたらすのか。動き出した第三艦隊本隊は、前進部隊が壊滅するまえに合流出来るのか?時は止まる事を知らない