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黒くて甘い彼女のひみつ

ヤンデレ推進委員会0531


 茹だる様な季節は過ぎたが、まだ少し日差しがきつい午後。リルは家の近くにある木陰で恋人のルークと、のんびり穏やかな時を過ごしている。

 真っ直ぐ切り揃えた腰より少し上の位置にある艶やかな黒髪を、ぬるい風がさらりと靡かせる。顔にかかった髪をリルが鬱陶しそうに払うと、ルークが優しい手で直してくれる。

 あたたかく緩められる彼の(はしばみ)色の瞳につられて、彼女の濡羽色の瞳も優艶(ゆうえん)に蕩ける。

 ふと、リルは髪の感触を楽しんでいるルークの手に目をやった。よく見ると、薄い擦り傷がある。

「ルーク、また擦り傷出来てる……」

「ああ、こんなのどうってことないって」

「もう……。小さな傷でもバイ菌が入ったら大変なのよ?」

 そう言い終わる前にリルは彼の腕にある小さな傷に手を翳して、治癒の魔法を施す。

 優しい光が傷を包み、どこに傷があったのかと目を擦るくらい、一瞬で皮膚が滑らかに戻っていく。

「ありがとうな」

「いいの、私はルークのために魔法を覚えてるんだから」

 ルークの家は代々狩りで生計を立てている。例に漏れず彼も幼い頃から両親と狩りに出て、実践で技術を習得していった。

 ひとり立ちが早いこの国は十六で成人と見做(みな)されるので、十九のルークはもう一人前の狩人として十分にやっていける。真面目で努力家な彼は弓の手入れは勿論のこと、日々の鍛錬を欠かさない。

 そういうところもリルの大好きな一面だけど、少しおっちょこちょいなルークは、狩りでも訓練でも頻繁に小さな傷を作ってしまう。そんなルークの傷を目敏く見つけるのがリルの日課になっている。


 彼と幼馴染としてほぼ同じ時期に生まれたリルは薬師の家に生まれた。母の魔力を受け継いだ彼女は家柄もあるけれど、小さな頃から傷の絶えないルークを癒したくて、回復を主としたヒーラーの道を進むことにした。

「いつも本当にありがと。俺めっちゃ幸せ」

 そう言って抱きしめられたリルは嬉しそうに目を細めて、ルークに身を委ねる。

 彼は目立つような美形ではない。だけど優しげに整った笑顔と、何より醸し出す温和な雰囲気がリルはとても大好きで、ルークのためならなんだってしたいと思っている。

「私も……すごく幸せ。ずっと一緒にいようね」

「当たり前だって。幸せにするから」

 生まれた時からずっと当たり前にリルはルークのお嫁さんになると思っていたし、それはルークも同じだったようで。自然と寄り添い、自然とお互いを求めるようになった。


――大好きなルークとずっと一緒にいれますように。


 幼い頃からリルの願いは、ただそれだけ。



◆◇



 リルが暮らすこの土地は田舎ではないが、かと言って何か目立つ特産もない。ごくごく地味な小さな町だ。そんな町には珍しく、旅の踊り子が立ち寄った。おかげでここ数日、皆が浮き足立ってる。


 昔は魔物がいたり争いがあったらしいが、特に危険のないこの時代では女性の一人旅もそう珍しくはない。世間知らずのお嬢様なら話は別だけど、一般常識を持ち合わせた女性なら何も恐れるようなことはない平和な世界だ。

 踊り子と言えば見目麗しい花形職業。男だけでなく同性もみんな憧れの目でそわそわと彼女の容姿を眺めている。あまりの美しさに自らと比べて落ち込む者もいるが、大半はうっとりと見惚れて賞賛している。

 リルも遠目でちらりと美しい彼女を見かけたが、基本的にルーク以外の人間にあまり興味がない。綺麗な人だと思いはしても特に気にはしていなかった。

 そんなことより。今日は狩りへ行くとは言っていなかったはず。リルは鼻歌まじりにルークといつも落ち合う木陰へと向かった。


 リルがうきうきと浮かれる足で跳ねるように向かっていると、少し離れた場所でルークとハニーブロンドの華やかな美女が話しているのが見えた。

 まさか今話題の美女をこんなところで見かけるとは思っておらず、びっくりして思わず足を止めてしまった。

 蜂蜜のような艶やかな金の髪に、女神のようにあでやかな肢体。

 舞台の衣装とはまた違うだろうけど、それでも体のラインが美しく際立つ赤いドレスを着て笑っている。そんな彼女にリルの黒い瞳が僅かにすがめられる。

「本当に綺麗な人……」

 少し離れた距離からでもわかる踊り子のしなやかで蠱惑的な体型に、リルは思わず自らの体を眺めてぷるぷると首を振る。

「関係ないわ。ルークはいつも可愛いって言ってくれるもの」

 楽しそうに話す二人に少し躊躇したが、ルークの元へと駆けてゆくと、リルに気付いた彼が明るく微笑んで手を振った。


「リル!」

 パタパタと駆け寄り、ルークの腕にぎゅっとしがみついたリルを少し驚いた踊り子が眺めて、ふっと笑みを漏らす。

 その余裕のある態度にリルの目が僅かに細められるが、幸か不幸かルークは気付かない。

「彼女かしら? 残念」

「あはは、揶揄わないで下さいよ」

「……リルです」

「ルシアよ。よろしくね」

 興が削がれたかのように「じゃあまたね」と去っていくルシアをいつまでもじっと眺めているリルに、ルークは首を傾げた。

「どうかした?」

「綺麗な人ね……」

「そうだな。あんな派手な美人、初めて見た」

「ふぅん……」

 間を置かず同意するルークにリルはチクリとした視線を送る。わかってはいてもルークの口から聞くと面白くない。

「俺はリルが一番だけど!」

「調子いいんだから」

 少し拗ねたフリをしてルークにしがみつき、リルは残念と言ったルシアを思い出す。


――私のルークは素敵だから気になるのは仕方がないけど、それでもちゃんと見張っておかなくっちゃ。


 ぴったりとくっ付くリルの機嫌を直すように黒髪を撫でていたルークを見上げる。少し気まずそうな顔に微笑んで見せれば安心したようにルークはホッと息を吐いた。その顔にリルの心もほっと和む。

「ねえ、ルシアさんはいつまでここにいるのかしら?」

「さあ? 地味な町だし、一か月もいないんじゃないか?」

 長い。リルにとってそれは長過ぎる。

「一か月か……。もう少し早く出て行ってくれないかな……」


 ポツリと思わず呟いた言葉は風に攫われて、上手く聞き取れなかったルークが聞き返す。首を傾げる彼に何でもないよと、リルはとろりとした黒瑪瑙のような瞳を可愛らしく綻ばせた。


◆◇


 夜も更けて梟の声が響く時間。人の目を避けるようにひと時の密な時間を終えたルシアは、じゃあねと男に手を振り滞在する宿へと向かう。

 今日の相手は容姿も好みで、一人旅のちょっとした楽しみと割切る彼女はご機嫌にステップを踏む。

 思わず歌い出してしまいそうな明るく優しい月明りをルシアが楽しんでいると、後ろから鈴を転がすような愛らしい声に呼び止められた。びくりと強張ったルシアの背中に嫌な汗が伝う。


 こんな夜更けに何事だろう。嫌な速さで跳ねる心臓を押さえてゆっくり振り返れば、月明かりに照らされた可憐な少女がルシアを見ている。

「いけないんだ。今の人、綺麗な恋人がいるのに」

「あら……。ええと、ルーク君の……」

「リルです」

「そう、ごめんなさい。リルちゃん。どうしたの?」

 どくどくとまだ煩い心臓を宥めるように深く息を吐いたルシアは改めてリルを眺める。こんな夜中に一体なんの用が?

「ルシアさん、ずいぶん男の人と仲良くなってますね」

「変な言い方しないで。客商売だから無下には出来ないでしょう。相手は選んでいるし、それに私から話かけてはいないわ」

「そうですね」

 ルシアの言う通りで、彼女は誰一人として積極的に誘うことはしていない。ただその美しさに群がる虫が多いだけ。その中からルシアの目に叶うほんの一握りの者だけが相手にしてもらっているようだ。

 この町ではなかなかないけれど、旅人が頻繁に訪れるような町では思い出作りや娯楽代わりに、特に珍しいことではない。

 賢いルシアは微塵もそんな雰囲気を醸し出さないので、多分ほとんどの町人は気付いていないだろう。だけどずっとルシアの動向を監視していたリルはよく知っている。

 かと言って連れ合いがいるのに誘うような男が悪いとリルも思うし、彼女の行動を誰かに告げ口する気もない。そもそもそこまで他人に興味がない。


 気になることはひとつ。


「じゃあどうして、ルークに話かけるの?」

「あら、見てたのね。そうね、あの子なんだか可愛くって……。でもまだ手は出してないからご心配なく」

「ルークはあなたを誘ったりしないわ。でも私、少し怒ってます」

 リルの言葉に反応したかのようにざわりと風が吹いて、彼女のしっとりした黒鍵のような髪がうねる様に月光に揺らめく。 

「あなたがルークに近付くと、自然とあなたの名前がルークの口から出るんです。当たり前ですよね、会う回数が増えるほど、人は親近感を覚えます。でも私はルークの口から他の女の名前を聞きたくないんです。私のことだけ見て、私のことだけ考えてほしいんです。これって至極当然のことじゃないですか?」

 すらすらと歌うように、でも淡々と話すリルの黒い瞳から光が消えていくようで、ルシアはゾッと後退る。けれどリルは表情を変えず、怯えるルシアをじっと見つめている。

「あなた……少し、ううん、すごく過激ね。それじゃあ男は逃げてしまうわよ」

「そんなことないです。恋する乙女なら普通ですよね? それにルークは逃げないわ」 

「普通じゃないと思うけど……」

 小柄で華奢な少女とは思えないリルの異様な威圧感に気圧されながら、ルシアはちらりと退路を確認する。


――この子は危ない。早く逃げないと。


 長年旅で培って来たルシアの勘がそう告げている。だけど艶のない黒い視線が蜘蛛の糸の様に絡んで、足が動かない。

「ねえ、すぐに出て行ってくれませんか?」

「そうね。そろそろ立つつもりだけど……次の町への準備もまだだし、もう少しいるつもりよ」

「すぐに出て行って」

「そこまで言われると傷付くわね」

「私を怒らせるからよ」

「わかったわ。もう彼には話しかけないから……」

「出て行ってと言ってるの」

 どうしてわかってくれないの? と小さく呟いたリルの体が淡く光り、驚いたルシアがつい彼女を見ると妖しく光るその目に囚われる。

 その瞬間、ルシアの視界から月明かりが消えた。代わりにどす黒い色に覆われ、何やら恐ろしい奇声が脳に響く。再生される身の毛のよだつ光景。ルシアの体は大きな悲鳴をあげようと口を開くが、更にリルの魔力で声を奪われた。

「幻影の魔法と、呪文封じの魔法をアレンジしちゃった。その人の一番怖いものが見えるんだって。ルシアさんには何が見えてるのかしら」

 くすくすと笑うリルは、恐怖に震え悶えながら声にならない叫びを上げるルシアを眺め、しばらくしてパチンと手を叩いて魔法を解除した。

「これ以上やると、きっと壊れちゃうから……。ねえ、出て行ってくれます?」

 はあはあと激しく肩で息をし、力なく項垂れたままガタガタ震えるルシアの側にしゃがみ込んだリルは感情のない瞳で小さく首を傾げる。

 いつもの隙のないメイクが涙で流れて蒼白な顔のルシアが震えながら激しく頷くと、リルはにっこりと無邪気に笑う。

 だけどしばらく見ていても、いつまでも震えるだけのルシアに再び首を傾げてリルは小さく声を上げた。

「いけない……。声も返してあげます。大切なお仕事の道具なのに、ごめんなさい」

 リルがルシアの喉に手を当てるとグラマラスな体が恐怖に大きく震えたが、気にせず魔法を解除する。

 声が戻り、ルシアの意思とは別のところで一瞬悲鳴が響きそうになった。その声は寸前でリルに口を押さえられて、すぐに止められた。


「大丈夫。もう何もしないから。あなたはすぐに出ていけばいいの」

 ね? と優しく微笑むリルから這うように逃げるルシアはまだガタガタと震えている。

「こ、こんな……ルークくんは……町の人は……知ってるの? あなたのこと……」

 ルシアが必死で絞り出した震える声はいつもの張りのある美しい声とは程遠い。彼女の美しさが損なわれているのは少し残念だわ。リルは他人事のように、ただそう思った。

「ルシアさんに使った魔法なら、さっき初めて使いました。だって今まで私からルークを盗る人なんていなかったもの」

「い、言ってやるわ……さっきの、こと……」

「誰に? ルークに?」

 こくこくとまた激しく頷くルシアにリルは不思議な顔をして、可愛らしく首を傾げる。

「いいですよ? だって私だったらとっても嬉しいもの。ルークだってきっとそうだわ」

 もしルークがリルのために恋敵を屠ってくれたら……。そう妄想してリルは幼い顔立ちに不似合いな、妖艶で恍惚とした表情を浮かべる。

 そうして悩まし気な吐息を漏らし、ぞくぞくと快感のようなものが駆けた体をリルは自分で抱きしめた。

「狂ってる……」

「普通です。だって私はルークが好きで、ルークも私が好き。だからルークは私といるのが一番幸せなの。彼の幸せを壊す人はいらない。だから出て行って。それともまた魔法にかかりたい?」

 そうにっこり微笑んで、月明かりに照らされたリルは軽やかな足取りでその場を後にする。

 しばらく腰が抜けたルシアは呆然とその場で過ごしたが、気力の回復よりも恐怖感で動かした足で、転がるように常駐している宿に駆け戻った。


◆◇


 いつもの木陰で寄り添い、うつらうつらと舟を漕ぐリルの肩を抱いて、ルークも小さく欠伸を漏らす。まだ風は温いけども、さわさわと揺れる葉の音がとても心地よい。

「ルシアさん慌てて早朝に出立したってさ」

「……そうなの? きっと早く行きたい場所があったのね。ここは小さな町だもの」

「すごく切羽詰まってたらしいけど、何かあったのかな?」

「さあ、私は知らないわ。もう、ルークってばそんなに気になるの?」

 少し面白くないリルが可愛く睨んで見せると、ルークは優しい笑顔を見せる。

「いや、まだしばらくいるって言ってたから。どうしたのかと思っただけ」

「優しいんだから……。あ、また……」

 ルークの左腕に小さな引っ掻き傷を見つけたリルは彼の腕を取り、いつもの様に癒しの光を当てる。

 みるみる消えていく傷を見たルークは、毎度の事ながら感心した顔をする。完治した手で頬を撫でられて、リルの胸はぽわぽわと暖かな光で満たされていく。

「いつもありがとな」

「いいの。だって私の使う魔法は全部ルークの為に習得したものだから。そう、全部よ」

「また可愛いこと言って〜」

 少し照れたように言うリルを抱きしめて、ルークはその白い額にキスをした。彼はリルが使える魔法の全てを知らない。

「大好きよ。私がずっとルークの幸せを守ってあげるから」

「うん、俺も。リルを幸せにする。いつもの事だけどリルが天使すぎてつらい……」

 無邪気に微笑んで彼の背中に腕を回したリルを強く抱いて、ご機嫌なルークは彼女の頬に、唇に、啄むようなキスを落として愛しさを確認する。

 こんなに可愛くて健気な彼女に出会えたことを天に感謝するルークにとって、いつだってリルは天使の様に優しく癒しの存在になっている。

「ずっと二人でいようね」

 艶のない黒瑪瑙の瞳で呟いたリルは抱きしめるルークの胸に擦り寄って、大好きな彼の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

お読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)


あんまり練れてないので色々甘いですが、私はリルが大好きです。

私の好きなヤンデレは執着対象にはひたすら甘く従順で周りを確実に排除していくタイプですね!


ブクマ評価ありがとうございます♪

良ければ感想お待ちしています(*´◒`*)

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マシュマロちゃん
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― 新着の感想 ―
[一言] なにげにリルちゃんが魔法チート(*´∇`*) 一途なヤンデレ!ご馳走様でした。
[一言] これは良いヤンデレ(*´꒳`*) どこが良いってルークにはヤンの部分が全く見えてないところ。 デレの部分しか見えてないからルーク幸せ、リルも当然幸せ。 ヤンの部分見えてもルークは平気かも知…
[良い点] 水面下のヤンデレ! これは怖い! :;(∩´﹏`∩);:
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