095 アレン・フォン・リヴァストの回想⑦
3年生に進級した。マリアを含め友人たちは全員Aクラスだ。
まだ2年生のときの話だが、ブレンダの実家の宿屋が新しくなったのでマリアたちが招待されたことがあった。
そのとき宿に押し入ってきた強盗団をマリアの見事な指揮で捕まえたそうだ。マリアならそれくらい軽いものだと思う反面、自分がその場にいなかったことが悔やまれてならない。
ともに戦いたかったな。
ある日、マリアから屋敷に招かれた。
「本日は重要な実験を皆さんの手を借りて行いたいと思っています。お手伝いいただけますでしょうか?」
もちろん、マリアのお願いなら何でも叶えてあげるよ。というか、お願いされることに喜びを感じるよ。
シュトレーゼン家の魔法練習場に移動した僕たちは信じられないものを目撃した。
縦横2メートル、厚さ10センチ、持続時間4秒のマジックガードが発動し、大きな半透明の防御結界が展開されている。
マリアから教えてもらっていた公式にあてはめて暗算してみると、魔力量が1600じゃないか。
信じられない。起動できても維持できるわけがない。
発動体制もショッキングなものだった。
マリアの左手とシュミット様の右手が指同士を絡ませるようないわゆる恋人つなぎになっている。
マリアが右手を伸ばし、その手首をシュミット様が左手でつかんでいるという体勢だ。
ダンスのようにも抱き合っているようにも見える。
ペリーヌもショックを受けているようだ。
ルーシーの質問に対するマリアの返答でこの技術の正体が判明した。
複数の人の魔力バッファを合算する…だって?マリアの思い付きなのか、シュミット様の発想なのかは分からないけど、どちらにしても画期的な発想だ。
「僕とマリアが兄妹だからできたとも考えられるので、今日はそれも実験したいんだ。ペリーヌ、こっちへ来てくれるかな?」
シュミット様の言葉にペリーヌが実験に協力する。
いや、それって僕とマリアでも良かったんじゃないかな?
くっ、羨ましいぞ、ペリーヌ。
さらにマリアが輪に加わり発動実験は成功する。
「3人は成功したね。一人ずつ増やしていくのも面倒だから、今度は7人全員で輪になろう」
身体が即座に反応した。シュミット様の右手首を握っていたマリアの左手を僕の右手でつかむ。マリアの隣は誰にも譲らないよ。
7人でも発動に成功し、巨大な防御結界が現れたのは感動ものだった。
しかし、攻撃魔法を実験できる場所がないという悩みに直面したため、リヴァスト家が実験場所を提供することにした。うちの領にはちょうど良い荒野があるのだ。
マリアは最初は固辞していたけどシュミット様の口添えもあり、夏休みのリヴァスト領への旅行が決まった。感謝します、お義兄さま。
夏休み。僕を含めて7人が全員ゆったりと乗れるような四頭立ての馬車を手配した。
貴族が使う普通の馬車のように進行方向に向かって水平に、かつ向かい合わせになった座席ではなく、同じ向かい合わせでも進行方向と垂直に配置されている街の乗合馬車のような座席配置だ。
乗合馬車と異なるのは真ん中にテーブルがあることかな。
揺れも少なくテーブルの上に置いた飲み物もこぼれないほどだ。
朝方に王都を出発して、夕方にはリヴァスト領の領都にある屋敷に到着した。
「お帰りなさいませ、アレン様」
出迎えた執事のグレゴールに感謝を伝え、馬車から降りてきた友人たちを紹介する。リヴァスト家の次期当主が初めて友人を連れてきたのだ。使用人一同気合が入っていることが分かる。
各人を部屋へ案内したあと、皆で応接室に集まった。
今日は移動だけなので、もうやることはない。
マリアとルーシー、ロザリー、ブレンダは女子会らしい。
シュミット様とペリーヌは婚約者同士でおしゃべりするとのこと。
僕だけあぶれてるよね。いじめじゃないよね?
リヴァスト領の二日目。
ブレンダの操る馬車で荒野へ向かう。
マジックサーチを定期的に発動して周囲の様子を確認しているが、どうもおかしい。後方から一定の距離をたもって尾行する者がいるようだ。
マリアに聞いてみると、やはり気付いていたらしい。さすがだね。
皆で相談した結果、荒野ではなく、うちの領の観光地でもある『星の丘』に向かうことになった。
そこでまたもやマリアに驚かされる。
「ねえ、アイスクリームかプリンでも食べる?」
そう聞いてきたマリアは手ぶらで何も持っていない。食べたいけど『食べる』と言ったらどうするつもりなんだろう?
「私は異次元空間に倉庫を持っていて、そこに色々と収納してるんですよ。で、どうします?アイス?プリン?」
なんだって?マリアの天才性にはもはや驚かないぞと思っていた僕だったが、人知を超えた能力を披露されると驚かざるを得ないよ。
でも、まぁマリアだからね。こういうこともできるさ(遠い目)。
リヴァスト領の三日目。
今日も馬車を尾行する者たちがいるようだ。
昨夜、皆で考えた作戦の中の一つを実行することにした。
シュミット様とペリーヌ、それに僕が馬車を降りて尾行者を確保するという出たとこ勝負な作戦だ。確実性は無いけど、やらないよりはましだろう。
岩陰に隠れていた尾行者の一人をうまく捕まえることができた。
逃げられないように手を縛り、馬車のほうへ連れていく。
そこで僕が主体となって尋問を始めた。
単なる旅人だとうそぶく尾行者をマリアとの連携で追い詰めていく。
マリアの機転に感心しつつ、こうした共同作業自体をとても楽しいものとして感じている。
そしてこの日さらに驚かされたのが、マリアの語学力だ。アメリーゴ共和国のアメリーゴ語、ガルム帝国のガルム語がペラペラだった。いつどうやって学んだのか謎だが、『マリアだから』で納得するしかないね。
このマリアの能力によって尾行者がガルム帝国人であることが判明した。
屋敷に戻ってからの帝国人は素直に尋問に応じたが、リヴァスト領で活動している目的が僕だったのには驚くとともに申し訳ない気持ちになった。
1年生のときの武術大会でヨシテル氏と対戦したことが今回の密偵騒ぎに繋がるとは…。
でもあの試合自体は痛快だったとマリアに言ってもらえて良かったよ。
密偵の残り4名を捕縛する方法について皆と議論を重ねたが、なかなか良い案が出ない。
あまり褒められたことじゃないけど、捕まえた密偵を人質にして他の者の出頭を促すという案で動くことにする。
リヴァスト領の四日目。
今日は領都内の至る所に立て看板を掲示していく作業だ。
僕たちはやることもないし、屋敷から出ることもなくおとなしく過ごした。
マリアも言っていたけど、この屋敷に招いた客人を人質に取られるとまずいので、屋敷の外には出られなかったのだ。
リヴァスト領の五日目。
密偵騒ぎはあっけなく解決した。残り4名が朝一番で出頭してきたのだ。
尋問の責任者である執事には客人対応を指示したのだが、犯罪者でなければ当然の対応だろう。
そしてやっと訪れた荒野。ようやく大規模攻撃魔法の実験だ。どれだけの威力が出るのか楽しみでならない。
最初に撃ち出した石の弾丸はかなり遠くに届いた。その距離には驚いたけど、威力は大したことないな。
ところが2発目の弾丸は着弾後の反応が劇的だった。
真っ白な閃光と轟音、そして吹き荒れる風。しばらく呆然として立ちすくんでいたよ。
ふと気付くとマリアがいない。
一人で着弾地点に歩いていっているようだ。
1キロメートルくらい先を歩くマリアに追いつこうと速足で歩いたけど、マリアは先に着弾地点に着いて色々と調査しているようだった。
「マリアさん、実験は大成功…で良いんだよね?」
思わず問いかけてしまったけど、あまりにも予想外の威力だったため、本当に成功なのかどうか分からなくなったのだ。
「皆さん、ご協力ありがとうございました。大規模魔法の実験は大成功です。あとは使いやすいように改修して、不具合も修正していきたいと思います。リリース版が完成したら発動テストにはまたご協力お願いします」
そう言ってマリアは頭を下げた。この謙虚な姿勢、僕もぜひ見習いたいものだ。
僕を含めた全員がマリアに称賛の拍手を送ったのは言うまでもない。




