091 密偵
リヴァスト領の三日目。
今日こそは荒野の実験場に行きたいな。昨日のピクニックも楽しかったけどね。
なお、昨日の復路、お屋敷へ戻る過程でも尾行者が3人いた。おそらく往路と同じ人間だろう。うぜぇ。
朝食後、馬車で出発した私たちはすぐに尾行者に気付いた。マジックサーチの反応ではだいたい50メートルから60メートル後ろにいる。今日も3人いるね。
御者を務めるのは今日もブレンダだ。てか、ブレンダ以外、馬車を操車できない。私も覚えようかな?
昨日の夜、みんなで作戦を考えてみたんだけど、どうにも確実な案が出なかったんだよね。
「とりあえずプランAを試してみようか?」
「賛成です、シュミット様。僕はいつでもいけます」
「私も準備できてます」
お兄様の提案にアレンとペリーヌが答える。プランAは馬車を急停止させ、即座に3人が下車して、後ろの尾行者のほうへ走る。距離的には10秒もかからないはず。
尾行者は走って逃げるわけにはいかないので、その場に隠れるだろう。逃げると尾行してたことがバレバレになるからね。
近づいた段階でマジックサーチを発動させて隠れた尾行者を見つけ拘束する。
うまくいきそうな気もするけど、相手は徒歩で馬車を尾行できるような人間だ。確実に拘束できるかは分からないな。
御者台のブレンダに合図をする。
ブレンダは手綱を引いて馬車に急制動をかけた。
即座にドアを開けて飛び出すお兄様、アレン、ペリーヌの3人。腰には鞘に収められた剣が装備されている。
残った私たち、ルーシーちゃんやロザリーちゃん、ブレンダと私は周囲を警戒。別口の襲撃に備える。まぁこれは念のため。
マジックサーチの反応では尾行者はその場を動いていない。
お兄様たちと尾行者の反応が近づいた時点で、こちらの3人が岩陰に隠れる尾行者の一人を発見して包囲したみたい。
50メートル先なので小さくしか見えないけど、一人は確実に確保したようだな。
ほかの2人の尾行者は逃走を図ったらしく、マジックサーチの反応が遠ざかっていき、ついには探知範囲外に出てしまった。
後ろ手に縄で縛られ、剣を突き付けられた尾行者の一人がお兄様たちと馬車のほうへ戻ってきた。
「アレン・フォン・リヴァストだ。さて僕たちを尾行していた目的を聞かせてもらおうか」
尋問者はこのリヴァスト領の嫡男で次期当主でもあるアレンだ。権威も必要だからね。
「私はただの旅人でございます。街道を隣の領まで徒歩で進んでいただけなのに、この仕打ちはいかがなものでしょう。たとえ尾行したような状況になっていたとしても、何も法に触れてはおりませんよ」
まぁ尾行自体を法で禁止しているわけではないけど、貴族の馬車を尾行するのは襲撃の予備行為とみなされても文句は言えないはずだ。前世で言えばポートスキャンみたいなものだな。
「昨日も尾行していたよな。気付いていないとでも思っていたか?」
まぁこれはハッタリだな。昨日と同じ人物かどうかはマジックサーチでは判別できない。
「アレン様、もう面倒なので殺して埋めてしまってはいかがでしょうか?裁判するのも尋問するのも面倒ですよね。私は早く目的地に着きたいのです」
私の言葉に焦る尾行者。わがままで残酷な貴族令嬢とでも思ったのだろう。
「ふむ、そうだな。正直に言えば命だけは助けてやろうと思ったのだが残念だ」
アレンもノリノリです。ほかのみんなはドン引きです。いや、これ尋問の一環だから。本当に殺したりしないから。
「わ、私を殺すと国際問題になりますよ」
お、まさかまた帝国野郎か?お前らどこにでもいるな。黒い悪魔Gか?
「ということはグレンテイン王国の民ではないということかね?」
「は、はい。アメリーゴ共和国の国民です。観光でグレンテイン王国の旅を楽しんでおります」
アメリーゴ共和国はグレンテイン王国とも国境を接している隣国だけど、現時点では特に険悪な関係ではない。
身分証があるとのことなので、アレンが尾行者の服のポケットを探ると確かにアメリーゴ共和国民の身分証が出てきた。
すかさず私が鑑定魔法を発動してみると、これ偽造じゃん。真っ赤な偽物だよ。
「アレン様、これ偽物ですね」
「ふむ、それが分かるのか。さすがだな」
アレンは私の名前を出さないようにしているな。敵に与える情報はできるだけ最小限にってのは基本だよね。
「な、何を根拠に偽物などと」
『共和国の首都はどこですか?』
アメリーゴ語で聞いてみる。アメリーゴ国民なら誰でも答えられるはずだ。
尾行者もほかのみんなもきょとんとしている。
いきなり私が訳の分からない言葉をしゃべり出したのだからびっくりするわな。
「共和国の首都はどこですか?と聞いたのです。アメリーゴ語で」
「あ、いきなり母国の言葉を聞いたので驚いたのですよ。ええ、首都はヨークですよ」
「別にアメリーゴ語でお答えいただいても良かったのですけどね」
まぁこいつがアメリーゴ共和国民じゃないことは確定だな。
『では次の質問です。ガルム帝国の首都はどこでしょうか?』
今度はガルム語で聞いてみる。まぁ引っ掛かったりはしないだろうけどね。
『帝都は当然ガルムンドですよ』
って、おい。ガルム語で答えてくれやがりましたよ。
ほかのみんなは私たちの謎のやり取りにぽかんとしている。
「アレン様、今のはガルム語での会話です。どうやら帝国の方のようですわね」
私がアメリーゴ語やガルム語をしゃべれるのも驚きだろうけど、今はこの帝国野郎の対処ですよ。
「帝国は7年前の事件を忘れてしまったのかな?リヴァスト領にいた目的は何だ?逃げた2人も帝国人ということだな?」
矢継ぎ早に質問するアレン。口を閉ざす帝国人。私がガルム語で聞いたほうが素直にしゃべってくれるかもね。
ちなみに7年前の事件とは、お兄様と私が帝国の特務小隊を殲滅した事件のことです。なつかしい。




