060 タイムストップ①
武術の授業が基礎体力作りである間に、安全に授業を受けられるように何らかの対策を考えねばならない。
久々に新しい魔法陣を開発するかな。
でもこの世界には物理結界魔法も身体強化魔法も治癒魔法も無い。ないない尽くしで何にもない。どうしよう?
いっそ時間を止める魔法とかできないかな?いや、そんな夢みたいな魔法は無いよな。
ん?でも空間魔法はあるな。アイテムボックスだ。しかもアイテムボックス内の時間は止まっている。
時間と空間の関係性については全く知らないんだけど、時空って言葉でまとめて言うくらいだから何らかの関係性はあるんじゃないか?
きわめて狭い空間内の時間を一瞬だけでも止められるような魔法を開発できたら、格闘戦においては無敵になれるかもしれない。
まずは詠唱魔法で試してみた。様々な言い回しで時間を止められないか検証したのだが、どうにも無理だった。
でも詠唱では魔力量の関係で無理でも、魔法陣では成功する可能性がある。膨大な量の魔力を使用して、やっと0.1秒止められるだけかもしれないけどね。
なお、時間が止まったかどうかの確認には、時計の魔道具を目の前に置いて秒針の動きを見て判断している。
とにかく魔法陣のフレームワークとして、スタートアップルーチンとマルチスレッド化する魔力吸収機構を描く。この二つは必須機構だからね。
スタートアップから実行される部分に時間停止のAPIコール(存在するかどうか不明だが)を描いていく。
もしも時間停止をこの世界(OS)に語り掛けるAPIが存在するのであれば、この魔法陣はめちゃくちゃ簡単な記述だけで済むはずだ。
魔力を自然界から吸収し、その魔力を使って時間停止APIをコールするだけなので。
アルファ版が完成したのは過去最速の一週間後だった。自分を中心とする半径2メートル以内の時間を1秒間止めるようなパラメータを直接魔法陣に記述したので、発動時に細かくパラメータ指定はできないけどそれだけに高速発動できる。目の前に相手の拳がせまってきているのに、悠長にパラメータ設定とかしてられないっつーの。
発動するかどうか全く分からないが、とにかく試してみよう。
魔法陣を記憶し、脳内でスタートアップルーチンに起動のための魔力を流す。
目の前にある時計の魔道具の秒針が一瞬止まったように感じた。いや、錯覚、勘違いかもしれない。
何度か試行したんだけど、発動した瞬間の秒針が動くのに2秒かかっているように見える。
これは成功したのかな?
成功の喜びよりも呆然としてしまう感情のほうが大きい。時間を止めるなんて本当にできたんだ。これ、やりたい放題になるんじゃね?やばすぎる。
気を取り直して、使用している魔力量と影響範囲の大きさ(半径)や停止時間との関係を調べることにする。
魔力量を計測する魔道具の出番だ。以前特注で作ってもらったものは上限500だったけど、そのあと上限1000のものも作っている。今回は念のため上限1000の魔道具で測ろう。
現時点のパラメータで維持魔力量は800だった。かなり多いな。
半径1メートルに変更して試すと、維持魔力量は100になった。ということは3メートルなら2700だろうか?
魔力量が多すぎて実験できないので推測するしかないけど、おそらく半径(単位:メートル)×半径(単位:メートル)×半径(単位:メートル)×100という公式かな?つまり、球の体積比だね。
次は停止時間との関係だ。
半径1メートルを固定して、停止時間のほうを変動させてみる。
2秒停止で200、3秒停止で300だった。
ふむ、維持魔力量は停止時間(秒単位)×100ってことになるね。
この結果から公式は【半径(単位:メートル)×半径(単位:メートル)×半径(単位:メートル)×停止時間(秒)×100】ということになる。
起動魔力量は半径の長さと停止時間にかかわらず1だったので、戦闘時に何度でも発動できそうだ。
次に、安全のための機構も考えなければならない。
例えば半径1メートルで起動したとき、ちょうどその1メートル付近に人間や動物が存在した場合、どうなるのか?
身体の半分が停止し、もう半分が停止しないという状況は血液の流れ的にやばいんじゃないかな?
逆に言えば、そういう凶悪な攻撃魔法になるかもしれないけど。
人間はもちろん動物で実験するのはためらわれる。私、動物好きだし。
どうすれば確認できるかな?
悩んでから昆虫で試すことにした。もちろんどこにでも存在するあの黒い悪魔Gだ。
我が家の料理長にお願いすると、活きの良いやつを10匹ほど提供してくれた。いや捕まえたのは料理長に命じられた見習いさんだったようだが。変な仕事を頼んでごめんよ。
迷惑をかけたついでに見習いさんには板の上にGを固定してもらった。腹部分に接着剤を付けて脚の部分は自由に動くようにしている。
頭を上にしたものを1匹、その横に頭を下にしたものを1匹。
私の位置を中心点として半径1メートルの球状に時間停止の影響範囲が作られるため、高さ1メートルの台を私から1メートル離して置いている。
その台の上に白い線を書いているんだけど、その線は時計の魔道具で何度も確認した影響範囲の境界線だ。
Gの板をその台の上に置く。ちょうどGの身体の真ん中をその白線が通るようにだ。
お嬢様の奇行に見習いさんが引いている気配を感じるが仕方ない。
魔法発動の瞬間、上にあげた手を振り下ろして合図するので、その時のGの脚が元気に動いているかどうかを確認してもらう。
見習いさんの頭が発動半径の球にかからないように少し後ろに下がってもらい、魔法を起動した。
私の予想ではGの頭の位置にかかわらず、球の内側にあるほうの脚は1秒間停止し、球の外側にあるほうは動いているという状況になるはずだ。
そして下手したらGは死ぬ。
ところがこの世界というOSの優秀さなのか、ご都合主義なのか不明だが、驚くべきことにGは1秒間完全に停止した。そして死ななかった。
つまり、生き物の半分が魔法発動圏内にかかっている場合、その生き物全体に時間停止効果が発動するってことだ。くぅー、ご都合主義的展開!素晴らしい。
数回の検証作業の結果、少しでも影響範囲にかかっていれば良いってことも分かった。
Gの並外れた生命力のおかげかもしれないので、本来ならば動物実験、そのあと人間を対象とした実験へと進んでいくべきなのだが、おそらく検証せずとも大丈夫だろう。
なぜなら身体強化魔法や治癒魔法など人間の身体に直接影響を及ぼす魔法は発動できないというこの世界独自のルールに抵触するからだ。うむ、きっと大丈夫。
あとは実際の格闘戦においてパラメータをどのような値に調整するのがベストなのか?だな。
お兄様に協力を仰ごう。
あと、この魔法陣の魔法名はタイムストップだ。安直な名前だけど、異論は受け付けないよ。




