302 講和条約締結
講和会議において、共和国側が講和成立に焦っているらしい。ベルンラント王国方面からの侵攻を止められないせいだ。
このままでは深く共和国内に浸食されてしまい、多大な損害を被ることになる。
共和国側で捕虜となっている帝国軍人と帝国側で回収している墜落した航空魔道具の無償交換については、すでに話がまとまっている。あとは国境線の問題だけだ。
ベルンラント方面の帝国軍を撤退させる代わりに国境線を以前の国境砦のラインまで戻す。その交渉をカバーヤ代理大使に指示した私だった。
ただし、国境砦自体は返還を要求しない。共和国側にも体面があるだろうからね。あと、山の中の例の抜け道がある限り、元々の砦はあまり意味をなさないし。
で、締結した講和条約の内容は以下の通りとなった。
・国境線については以前の帝国側国境砦の帝国側の面を境とする(共和国にとってはハルナ平原の線からかなり後退することになる)
・以前の帝国側の国境砦については、帝国は返還を要求しない
・共和国側で捕虜となっている帝国軍人と帝国側で回収している墜落した航空魔道具を交換し、お互いにその代価を要求しない
・ベルンラント王国側から侵攻した帝国軍は撤退し、その代価(帝国にとっては身代金、共和国にとっては被害弁済など)についてはお互いに要求しない
・戦時賠償金請求をお互いに行わない
元々の作戦(サクラ作戦)から考えると、かなり帝国にとって有利な結果に終わったよ。
馬鹿貴族たちもこの結果には満足していて、それどころか平民のシゲノリ少将を称賛する声もあがっているとのこと。
結果的にはベルンラント王国のおかげだと言えなくもないけど、個人的な感想としては当初の作戦案通りに事を運びたかったよ。理由はコストの問題で、ハルナ平原が国境線になれば現在の陣をベースに防御線を構築すれば良かったんだけど、元々の国境砦まで前線が進むとそこに新たな砦を建設しなければならなくなるんだよね。
ちょうど街道を監視できる位置に小高い丘があるので、そこに砦(というか山城)を築くことになるだろうってシゲノリ少将が言っていた。その位置なら、国境砦と山の抜け道のどちらからでも侵攻してくる共和国軍を迎え撃てるらしい。
そして講和条約締結から二週間後、私は通信魔道具を使って皇帝陛下への最終報告を行った。
『サクラ・ガルムよ。いや、マリア・フォン・シュトレーゼン伯爵令嬢と呼ぶべきか。そなたのおかげで共和国との講和条約が締結できたこと、誠に重畳である。本当によくやってくれた』
『いえ、実際に交渉にあたったカバーヤ臨時代理大使のおかげです。それとシゲノリ少将率いる参謀本部の皆さん、ベルンラント侵攻作戦を実施した2個師団の将兵たち、この者たちの功績に比べれば私の功など些細なものでございます』
『うむ、もちろんその者たちにもその功に報いるつもりだ。それ以上に作戦案の原案を考えたそなたには最大限の謝意を示すものである。また共和国の大統領から感謝の書簡が届いたことをそなたにも伝えておこう』
『感謝…ですか?』
『ああ、ベルンラント侵攻作戦において、占領した街に対する措置が共和国大統領の琴線に触れたらしい。略奪も暴行もしない規律正しい軍隊など今まで存在しなかったからな』
あぁ、確かに。私としては、未来に遺恨を残したくなかっただけなんだけどね。
『さてサクラよ。何か希望の褒美があるか?あるなら遠慮なく申してみよ』
『はい、それでは申し上げます。シゲノリ少将を退役させて駐グレンテイン王国帝国大使に任命していただければありがたく存じます。また、できれば任期を恒久的なものとしていただくか、無理ならば5年10年といった長い期間にしていただきたく、よろしくお願い申し上げます』
『むむ、優秀な帝国軍人を失うのは痛いな。しかも、そなたへの褒美ではないのだが』
『退役と言っても予備役編入で、一朝ことあらばすぐに現役復帰させればよろしいかと。また、私自身の望みは目立たず静かに暮らすことですので』
『うむ、分かった。そなたの帝国大使の任を解き、後任にシゲノリ少将を充てることとする。任期については本人とも話し合って決めることとしよう。それで良いな?』
『はっ、ありがたき幸せにございます』
あ、シゲノリ少将の意向を聞いてなかったよ。勝手に退役させちゃって良かったのかな?