300 シゲノリ少将の憂鬱
国境の街を攻めようとしたのは2個大隊程度の規模だったらしい。つまり1000人ちょいだね。テロ集団としては大規模だけど、軍隊としては小規模だ。
しかし、少数の警吏しかいない街にとっては十分に脅威となる人数なので、もしも門が突破されでもしたら占領されてしまうかもしれない。
通信魔道具によるシゲノリ少将からの報告を心待ちにしながら、大使室の中を熊のようにうろうろと歩き回っている私。考えているのは今回の事件のことだ。
『サクラ、我が軍の騎兵部隊が急行したことでベルンラント王国軍はあっさり撤退したそうだ。やはりベルンラント王国軍に偽装した共和国軍だろうか?』
シゲノリ少将からの連絡にほっとした。でも2個大隊?小さな街とは言っても、街攻めにはせめて1個連隊は用意しろよ。
『ねえ、お兄ちゃん。可能性は二つ考えられるよ。一つはベルンラント王国軍に偽装した共和国軍という可能性』
『ふむ、もう一つは?』
『ベルンラント王国軍に偽装した共和国軍に偽装したベルンラント王国軍だね』
『はぁ?…あっ、そういうことか。たしかに講和してほしくない、いや講和が決裂することによって最も利益を得る国はベルンラント王国ということになるな』
そう、現在は中間貿易国として帝国と共和国の物産を右から左、左から右へ流すだけで莫大な利益を得ている。でも、講和が成立して帝国と共和国の直接貿易が開始されると、割高なベルンラント王国経由の貿易は無くなってしまうんだよね。
『うむむ、これ見よがしにアメリーゴ語でしゃべっていたという目撃者の証言やあっさりと街攻めを諦めて撤退したこと、攻め込んできた兵力数が少なすぎること、すべては後者の可能性に符合するな』
『うん、講和会議を決裂させることが目的である可能性が高いと思う。まぁ本当は裏の裏をかいて、共和国軍だったりするのかもしれないけど』
『一人だけでも捕虜にできていればすぐに判明したのだがな』
『完全に撤退してベルンラント王国まで引いてしまったの?』
『現地からの報告ではそのようだ。さてサクラ作戦は修正を余儀なくされたわけだが、どうする?もう俺は面倒くさくなってきたぞ』
うーん、どうしよう?ベルンラント王国に抗議しても、それはうちではなく別の国の軍隊でしょうって返答されるに決まっている。講和会議の席で共和国にこの一件を抗議するのは、ベルンラント王国の思惑通りになってしまい面白くない。
もともとややこしい作戦だったのに、さらにややこしい要素が加わって頭がこんがらがるよ。そしてそれはシゲノリ少将も同じようだ。
『あ、そうだ。帝国貴族たちの反応は?』
『うむ、皇帝陛下ともご相談申し上げたのだが、どうも貴族たちはこの事件をベルンラント王国軍に偽装した共和国軍によるものだと考えているらしい。共和国許すまじ、講和などもってのほかだ…という意見が大勢を占めているそうだ』
国力差が違い過ぎるから、普通に考えてベルンラント王国が帝国を攻めることはない。自殺行為だもんね。ならば共和国軍だと考えるのは自然だな。
『ベルンラント王国には外交官が入国していますよね?その者に命じてベルンラント王国政府へこう伝えましょう。ガルム帝国はアメリーゴ共和国と協調して、貴国へ宣戦を布告する用意があると』
かつてドイツとソ連から同時に攻め込まれて国土を分割されたポーランドを思い出すね。
『おい、まさか本当に国境を越えるつもりか?』
『いやいや、単なるブラフ、脅しですよ。ベルンラント王国軍の体で越境してきたんだから、こちらからの宣戦布告には正当性があるしね』
『ふむ、なるほど。ベルンラント王国からの自白と謝罪を引き出すってわけか。そううまくいくかな?』
『講和会議の決裂に失敗したって分かれば、あっさりと謝罪するんじゃないかな?今回の侵攻で人的被害は無かったんでしょう?』
『うむ、そう聞いている』
『だったら、はねっかえりの大隊長が独断専行で越境してしまい申し訳ありませんでしたって言えば終わる気がする。さすがに亡国の可能性を考えると無視することは無いんじゃないかな?』
そして謝罪が無いのならば、今回の事件は共和国の主導である可能性が高くなる。
『よし、その線で動いてみるか。ただし、ベルンラント王国からの謝罪があった場合、かの国への侵攻を主張する貴族連中が増えるだろうな』
『ベルンラント王国政府には代償として帝国軍2個師団の国内通過を認めさせましょう。つまり、共和国側に攻め込みます。もちろん、それにより獲得した領土をベルンラント王国に渡すなんて密約は無しで』
『つまり、サクラ作戦は中止して、本当にベルンラント侵攻作戦を実施するわけか』
『そうなりますね。でも講和交渉を有利に運ぶための侵攻だから、共和国の街で略奪や暴行は厳禁だよ』
『了解だ。皇帝陛下ともご相談して、とりあえず外交官への指示を行うようにしよう』
ベルンラント王国が謝罪するかどうかもまだ分からないから、あまり先のことを考えても仕方ないよね。臨機応変に対処するしかないよ。