293 皇帝と密談
リード殿下とユーリ氏をファインラント領に残し、私たち三人は帝都ガルムンドを訪問した。ちょっと展開が速いかもしれないけど、旅の途中に特筆すべきことが何も無かったので仕方ない。
皇帝陛下への拝謁を行うために謁見の間に入ろうとしたところ、最初から応接室のほうへ案内されたよ。お后様はいなかったけど宰相様は同席している。
『マリア嬢、アレン殿、ミカ嬢、三人とも久しぶりだな』
部屋に入った私たちに皇帝陛下が声をかけた。
『はっ、今回はファインラント領の件で訪問させていただきました。代官としてリード・ファインラント、その補佐としてユーリ・ウコンネルを任命したことをご報告申し上げます』
私の言葉に皇帝陛下は深く頷いた。
『うむ、共和国への訪問とファインラント亡命政府の解体を成したことを嬉しく思うぞ。また、つい先日、共和国から講和の申し出があったことをそなたにも伝えておこう』
お、ハルナ平原の国境線が確定するのか。帝国にとっては攻め込まれた状態での終戦になるので、貴族から不満とか出そうだけど大丈夫なのかな?
『そなたの懸念している通りだ。ゆえに謁見の間ではなく、ここ密室での会談なのだよ』
『そうですね。以前の国境線まで押し戻した状態ならまだしも、国土をかなり浸食された状態での講和は反対意見が多く出そうです』
『頭の痛いことよ。あの位置で食い止めることができたことこそが重畳であるというのに。それを理解できぬ馬鹿が多すぎるのだ』
腐った帝国貴族を一度リセットしてみたいよね。
『それはさておき、ミカ・ハウハよ。そなたを子爵位に叙する。さらにファインラント領の統治をそなたに任せることを正式に宣言するものである。また、リード・ファインラントを男爵に、ユーリ・ウコンネルを準男爵に叙する。ただし、この両名は領地を持たない法衣貴族とする』
おぉ、思いがけない温情だ。これは二人とも喜ぶだろうね。早く教えてあげたいな。
ミカ様が返答した。
『ありがたき幸せにございます。私の従兄弟はあまり有能な人物とは言えませんが、補佐役のユーリがそれをきっと補ってくれるはずです。今後ともファインラント領を平和に統治することをお約束致します』
『うむ、期待しておるぞ』
ここでにこやかな顔から、一転して厳しい顔に変わった皇帝陛下が発言した。
『さて話は戻るが、共和国との講和の仲介をグレンテイン王国に頼むことはできぬのだろうな。共和国が王国の顔に泥を塗ったことを忘れてはおらぬのだろう?』
『そうですね。もしも仲介役を引き受けた場合、王室が国内の貴族から反発をくらうことになるでしょうね』
王国がせっかく講和の仲介をしたのに、時をおかずに共和国から帝国へ宣戦布告したことで王国内での反共和国の気運が高まったという経緯があるのだ。敵の敵は味方という論理で逆に親帝国派が増えたけどね。
『となると、ベルンラント王国に依頼するしかないか…。気は進まぬが』
このベルンラント王国とは、ちょうどガルム帝国とアメリーゴ共和国の間に位置している永世中立を宣言している王制国家だ。帝国と共和国間の国境線のうち、大軍が通過できるのは例の国境砦(帝国側の砦はすでに共和国によって占領されているけど)ともう一つこのベルンラント王国経由しかない。余談だけど、ファインラントのリード殿下一行が共和国へ脱出したルートは、周辺にある複数の小国経由であって、ベルンラント王国経由ではなかったらしい。
あと、皇帝陛下の気が進まない理由はおそらく金の問題だろう。あの国は何でも金で解決する拝金主義国家(ベルンラント王国の王室や国民は商業国家と自称しているけど)らしいからね。直接の通商が行われていない帝国と共和国の間の物産の輸出入を一手にまかなうことで、莫大な利益を上げているらしい。立地が良いんだよ。
ここで私は一つの案を示した。
『ベルンラント王国を攻め滅ぼすという選択肢は無いのでしょうか?そこから共和国内に侵攻すれば、有利な講和条件を引き出すこともできるのではないかと』
アレンが目を見開いて私を凝視しているけど、あくまでも一つの案だよ。
『うむ、一部の馬鹿貴族からもその意見は上がっている。だが、さすがに難しいだろう。実現の可否ではなく、信義の問題だ』
ふむ、やろうと思えばできるけど、やった場合は他国から信用されない、まさに悪の帝国になってしまうということかな?
『いえ、実際に攻め滅ぼす必要はありません。ブラフですよ。その能力が有ることを示しつつ、帝国軍の通過を認めさせるのです。しかも共和国側に獲得した領土は全てベルンラント王国に帰属させるという約束をしておけば、拝金主義のあの国は乗ってくるのではないかと思われます。さらに言えば、占領地防衛の観点から獲得した領土に帝国軍を常駐させることもできるでしょう』
ここで宰相様が疑問点を質してきた。
『有利な講和のための侵攻ということは、その占領地を国境砦と交換するということかね?つまり、ベルンラント王国を騙すおつもりかな?』
『結果的にそうなるかもしれませんね。ただ、この方法にはデメリットもあります。同じことを共和国側が行う可能性を考慮して、常にベルンラント王国との国境に帝国軍を常駐させておかなければなりません。将来的なコストが増大しますね』
『むー、悪知恵の働く娘よのう。確かに一考に値するものではあるが、実現には様々な障害があるぞ』
宰相様の言葉もまた真実だ。障害とは次の点が考えられる。
・ベルンラント王国との密約を締結すること
・講和の仲介役としてベルンラント王国が使えなくなるということ
・共和国の密偵に気づかれないように、密かにベルンラント王国との国境まで大軍を移動させること
・共和国製航空魔道具への対処
私はこれらの問題点をあげていき、最後にこう締めくくった。
『やろうと思えば全て解決できる問題です。そしてこれが最も重要な点なのですが、実際にこれを行うわけではありません。これらは共和国との話し合いにおける交渉のカードに過ぎないのです。さらに最終的な目的、つまり本当の目的は帝国貴族対策ですね。この侵攻策が失敗することで、現在の国境線での終戦もやむなしという空気を作ります。どうせこの作戦案を知った貴族たちの中には情報漏洩する馬鹿がいるでしょう?その者らに責任をかぶせましょう』
宰相様がうなった。
『うーむ、なんと悪辣な。ベルンラント王国を騙す策かと思いきや、アメリーゴ共和国との交渉のカード…かと思いきや、帝国貴族を騙す策だったか。頭がこんがらがりそうだ』
皇帝陛下も同じようにうなり声を発した。
『うむむ、匙加減の難しい策だな。だが検討の余地は大いにある』
まぁ、私は所詮他国の人間だから勝手なことを言ってるだけなんだけどね。ヨシテル将軍やシゲノリ大佐でも思いつきそうな策だと思うよ。