281 王都への帰還
一週間ほど帝都に滞在した。滞在が長くなった理由は、シゲノリ大佐が借りている賃貸住宅を解約し、私たちとともにグレンテイン王国へ向かうためだ。
引っ越しの荷物はできるだけ一つにまとめてもらい、私のアイテムボックスに入れてあげることにした。もちろん無料だよ。大きな家具なんかはできるだけこっちで処分してもらい、荷物を可能な限り小さくしてもらったけどね。
そうしてようやくグレンテイン王国の王都へと帰還する準備が整った私たちは、現在皇帝陛下や宰相様のお見送りを受けております。いや、恐れ多いから見送りはいらないって言ったんだけどね。
『余や宰相の力で貴族どもの綱紀粛正を図っていくつもりだ。そなたたちが安心して帝国国内を旅行できるようにな』
『ありがとうございます。私たちの力が必要なときはいつでもおっしゃってください。力をお貸しすることにつきましては決して吝かではございません』
『うむ、そのときは頼む。それでは達者でな。道中気を付けるように』
私たち一行(シゲノリ大佐、アレン、ミカ様そして私)は帝都を出発し、いくつかの街や村を経由したあと、グレンテイン王国との国境に到達した。国境を越えたらグランドール辺境伯領からシュトレーゼン伯爵領(うちの領地だね)を経由して王都へ帰還するんだけど、密かに出国したので、入国もこっそりと行わなければならない。なにしろ私たちは帝国には行っていないし、ハルナ平原会戦にも参戦していないからね(公式には)。
グランドール辺境伯様やうちの領の代官であるセバスティアンさんにも会うことはできないのだ。残念。
こうして王都へ帰還した私たちは何はともあれ王宮へと出向き、国王陛下に拝謁することになった。大使館の件もあるしね。
「よくぞ無事に戻ってきてくれた。通信魔道具で大まかな報告はしてもらっていたが、やはり心配はしておったぞ。そなたが帝国に取り込まれるのではないかとな」
冗談めかして言われた国王陛下のお言葉に少なからずギクッとしたけど、何食わぬ顔で返答した。
「はい、共和国と帝国の状態が我が国にとって望ましい状態になったこと。この一件をご報告できることに喜びを感じております」
「うむ、よくやってくれた。と言っても、公式にはそなたたちは帝国へ行っておらぬことになっておる。ゆえに公式には何も報いることができぬ。すまぬな」
「いえ、ほかのことで様々な収穫がありましたので、お気遣いなく」
そう、ファインラント領を視察できたし、ミカ様の家族の仇の帝国貴族も捕縛できたし、蒸気機関のサンプルも手に入ったし、なかなか充実した旅だったよ。
「シゲノリ中佐、いや今は大佐か。昇進おめでとう、そちも久しぶりだな。王国にまで同行したのは単に礼を述べるためだけなのかな?」
「はっ、最大限の感謝を皇帝陛下及び帝国臣民に代わりまして述べさせていただきます。マリア嬢、アレン殿、ミカ嬢を派遣していただきましたこと、誠にありがとうございました」
「うむ、共和国が帝国を滅ぼすような事態は我が国にとっても見過ごせぬゆえ、今回の結果には儂も胸をなでおろしている。で、ほかに何かあるのかな?」
「はい、こちらの書簡を皇帝陛下より預かってきております。貴国への感謝及び貴国の王都内に我が国の大使館を設置したいという内容であります」
国王陛下はこの封書が封蝋の印璽から間違いなく帝国皇帝からのものであることを確認し、中の書簡を取り出して一読した。私からも大使館の件は通信魔道具で伝えていたので、これはまぁ形式的なものだね。
「分かった。大使館設置の件を許可する。物件については、現在シュトレーゼン家の屋敷の隣に新たな建物を建設中である。して、そちが大使に赴任することになるのかな?」
あれ?隣って別の貴族のお屋敷があったはずだけど、どうしたのかな?
「いえ、私は大使館付き武官を拝命致しましたので、王都内に居住させていただくのは同じなのですが、大使ではありません」
シゲノリ大佐が私のほうをチラチラ見ながら返答した。私が帝国の大使に任命されたことは通信魔道具では言いづらかったので、まだお伝えしていないのだ。
「ふむ、では帝国の大使閣下は別途我が国に来訪することになるのだろうか?歓迎式典の準備があるゆえ、いつ頃の来訪になるかを知りたいのだが」
「はい、それに関しましてはマリア嬢よりお話があるかと存じます」
お、こっちにボールを投げてきたよ。ま、そりゃそうか。
「マリア嬢、大使の件について何か聞いているのかな?」
「はい、私が帝国の大使を拝命致しました。なぜか…」
私の言葉に国王陛下が混乱している。大使という言葉の定義が分からなくなるような発言だからね。
「いや、そなたは我が国の特命全権大使だったと思うのだが?」
「はい、それが…」
私は、サクラ・ガルムという皇帝陛下の姪(もちろん嘘設定)という立場で帝国の大使としても働くことになった経緯を国王陛下に詳しくご説明した。
つまり、王国の大使であり、かつ帝国の大使でもあるというあり得ない状態を。
「うーむ、帝国の皇帝も奇手を放ってきたものよな。いや、妙手と言うべきか。我が国の国益を損なうものではないと思うが、そなたもよく承知したものだ」
「はい、あくまでも王国を優先するということを皇帝陛下にはご了承いただいておりますので」
「そうか。よろしい、それでは我がほうでも帝都ガルムンドに大使館を設立する準備と、そこに常駐させる大使を選定せねばならぬな。それはこれからの課題として、次にアレン殿」
「はっ」
「そなたはよくマリア嬢を守り、例の会戦においても活躍したとのこと。礼を言う」
「もったいなきお言葉でございます」
「最後にミカ嬢、そなたも戦闘では大活躍だったと聞いておるぞ。よく共和国の進軍を退けてくれた。感謝する」
「いえ、私はマリア様のお役に立てることこそが望みであり、私の功績は全てマリア様のものでございます」
ミカ様、良い子だなぁ。でも、ちょっと重いよ。
「うむ、そなたのマリア嬢に対する忠誠心は見事である。なお、いったん剥奪した子爵位であるが、この場で元に戻すことを宣言するものである。ミカ・ハウハ子爵よ、今後も励むように」
「ありがたき幸せにございます」
うんうん、良かったね、ミカ様。これで一安心だよ。