279 断罪
幸いにもツージイ伯爵は傷一つなくピンピンしていた。後ろ手に縛られた伯爵は執務室の床に正座させられている。
最初にシゲノリ大佐が話しかけた。
『帝国軍参謀本部所属のシゲノリ大佐である。皇帝陛下の勅命により貴公を捕縛する。何か釈明したいことはあるか?』
でっぷりと不健康そうに太った伯爵は40代から50代くらいかな?糖尿病が心配になるような容姿だね。
『貴様、平民だろう。貴族の私にこんなことをしてタダで済むと思うなよ』
『あー、そういうのどうでも良いんで。陛下の勅命って言っただろう?お前、陛下に逆らうっていうなら反逆罪で死刑だぞ』
満面の笑みで話すシゲノリ大佐と真っ青になっているツージイ伯爵。見ててちょっと面白い。
『よ、容疑は何だ?私は皇帝陛下の忠実なる臣下だ。捕縛されるようなことは何もしていない』
『もちろん私兵を勝手に持った罪だな。領軍1個中隊を許可も得ずに勝手に編成したことは大罪にあたる。さらに領都で暗躍する強盗団がお前の領軍によるものだということも分かっている。さらに遡れば、ファインラント王国で行った非道な行いを陛下に隠蔽した罪もあるな』
『わ、私ではない。部下が勝手にやったのだ。そう、部下を私の手で処罰するから、貴様、早く縄を解け』
往生際が悪すぎる。だんだんイラついてきた。
私は殺気を抑えるのも忘れて、ツージイ伯爵に菊水紋のプレートを見せながら話しかけた。もちろん満面の笑顔だ。
『私は皇帝陛下の姪であり、駐グレンテイン王国帝国大使の任を拝命しておりますサクラ・ガルムと申します。一つ聞きたいことがあるのですが、正直にお答えくださいね』
この場にいたクロー少佐や大隊の兵士たちが驚愕の表情で後ずさり、一斉に土下座した。うん、最近この光景にも慣れたよ。
ツージイ伯爵は私の殺気に怯えながらも、私という権力者を味方に付ければこの場を逃れられるとでも思ったのだろう、素直に答えてくれるようだ。
『は、はい。なんなりとお聞きくださいませ。私めはサクラ様に絶対の忠誠を誓い奉ります』
『6年前のことです…』
私は旧ファインラント王国で起こったハウハ家の悲劇について、当事者本人から釈明を聞いた。しらばっくれるかと思いきや、案外素直に話してくれたよ。
それによると、ハウハ家の屋敷に踏み込んだのは本当。しかし目的は捕縛であり、殺害することではなかったこと。抵抗されたのでやむなく応戦したが、力加減を誤って王弟殿下を殺してしまったこと。奥方様と姫様についても保護するつもりだったが、自死されてしまったこと。仕方なく陛下には嘘の報告をしたこと。
『嘘をつくな!』
突然ミカ様が激高して叫んだ。私はミカ様の素性を明かした。
『このお方は旧ファインラント王国の王族であらせられますミカ・ハウハ様です。あなたが皆殺しにしたハウハ家の末の姫様ですよ』
どんどん偉い人が登場してくるこの状況に、情報量過多で目を白黒させているクロー少佐とその部下たち。
シゲノリ大佐がミカ様に言った。
『ミカ様、自白が得られない以上、もはや今となっては真相は闇の中です。いずれにせよ、この者は最もむごたらしく処刑されることになるでしょう。それでお気をお静めください』
『ええ、すみません。取り乱しました。そうですね。この犯罪者が処刑されるのならば、私の亡き家族も浮かばれることでしょう』
ツージイ伯爵は絶望の色を浮かべて、一縷の望みを私に託した。
『サクラ様、どうかこの私を配下にお加えください。あなた様のお役に立たせていただきますぞ』
私はにっこりと笑って最終宣告を行った。
『汚らわしい犯罪者など不要です。あなたは今までの罪を振り返りながら潔く死になさい』
今度こそツージイ伯爵は絶望したようで、がっくりとうなだれた。