272 ハウハ家の悲劇
私たちは5人の警吏たちにお礼を述べて、大通りに出たところで彼らと別れた。
おしゃれな喫茶店みたいな店に入って、お茶を飲みながら作戦会議だ。もちろんガルム語で話している。
『皆、さっきの親分の話、どう思う?』
私の問い掛けにアレンが答えた。
『ファインラント語は分からないけど、嘘をついている印象は受けなかったよ。本当に事件とは無関係なのかもしれないし、末端の構成員が親分に隠れてこっそりやっていることかもしれない』
『俺も同じ印象だ。それよりも王弟殿下の話のほうが衝撃的だぞ』
ん?シゲノリ大佐は帝国軍の人間だけど、初耳なのかな?
『ヨシフルお兄ちゃん、6年前にこの国に侵攻した帝国軍部隊の指揮官って分かるよね?誰なの?』
『うむ、実は評判の良くない、いやはっきり言って素行不良の帝国貴族さ』
『そいつがハウハ家の悲劇を引き起こした犯人なのかな?』
『どう考えても、そうとしか思えん。奴ならやりそうなことだ』
シゲノリ大佐は苦虫を噛み潰したような顔になっているよ。
『そいつは今どこで何をやってるの?』
『ああ、何かやらかして予備役編入になったらしい。今は自分の領地に引きこもっているはずだぞ』
そうか、生きているなら落とし前を付けることもできるな。待ってろよ。
『この一件が片付いたら、次の目的地はそこだね。アカネちゃんもそれで良い?』
『はい、サクラお姉ちゃん。このあとチュージおじさんのところに行くの?』
おっと、誰にも聞こえないように言ったつもりだったのにな。ふふ、勘の良い子は嫌いじゃないよ。
『うん、そのつもりだよ。親分から詳しい話を聞いてくるよ。アカネちゃんは宿に戻っていても良いけど』
『私も行く!良いかな?』
『もちろん良いよ。あ、チュージ親分だけにはアカネちゃんの本当の身分を話しても良いかな?多分、色々協力してくれると思うんだよね』
『うん、大丈夫だよ』
私たちは店を出ると再び反社の本部事務所に向かって歩き始めた。
さきほど帰ったはずの私たちがまた現れたので、さっきも応対してくれたチンピラ風の男は少し驚いたようだけど、すぐにチュージ親分に取り次いでくれた。
『姉さん、さっきぶりだな。ハウハ家の詳しい話を聞きに来たんだろう?』
『ええ、それもありますが、親分にご紹介したい人がいます』
私はミカ様の両肩を背中側から軽く押さえて、チュージ親分に言った。
『この子はミカ・ハウハ様。王弟殿下の末の姫様です。そして私はこの子を3年前に保護したグレンテイン王国のマリア・フォン・シュトレーゼンと申します』
チュージ親分が両目をかっと見開いてミカ様を見つめる。すぐに親分の両目に涙があふれだした。
『ちっ、歳をとると涙もろくなっていけねぇや。ハウハの旦那の髪色と奥方様の目の色と同じだぜ。なにより上の姫様とそっくりなお顔立ちだ。さっき気付かなかった儂も耄碌したもんだぜ』
『証拠はありませんが、信じていただけるのですか?』
『おうよ、信じるぜ。そうか、グレンテイン王国まで逃げることができたのか。いったいどれだけご苦労なすったことか』
私はミカ様をお守りした二人の騎士や、湖の畔の花の中でミカ様を発見したことなどを語ってあげた。チュージ親分が男泣きしているよ。
『よし、これからは姫様をこの身に代えてもお守りすることを誓うぜ。儂らに協力できることなら何でも言ってくれ』
『ありがとうございます。実はミカ様は帝国貴族になって、この地の領主となることが内定しております。だからこそ今回の行方不明事件をほってはおけないのです』
『分かった。うちの一家の総力を挙げて情報を集めてくるぜ。裏社会のことは任せておきな』
良かった。これで表の情報は警吏本部、裏の情報はチュージ親分から得られるね。捜査が一気に進みそうだ。
このあと、ハウハ家の惨殺事件についての詳しい話を聞かせてもらったんだけど、どうやらその現場を見て逃げ出した侍女からの情報らしい。信憑性は高いね。
その顛末は以下の通りだ。
・王弟殿下のお屋敷に帝国軍の一部隊が踏み込んできた
・先頭に立っていたのは司令官である帝国貴族(例の素行不良の貴族)
・姫様二人を性奴隷として連れて行こうとする帝国貴族に剣で立ち向かった王弟殿下は、抵抗むなしく惨殺された
・それを見た奥方様と姫様二人は隠し持っていた懐剣で自身の喉をついて自死した
・物陰からこの一部始終を見ていた侍女(報告者)はこっそりと屋敷を脱出した
なるほど。この帝国貴族、皇帝陛下には「王弟殿下の一族は処刑した」という嘘を報告したわけだね。
こいつだけは許さねえ。首を洗って待ってろよ。