271 チュージ親分
翌朝、再び総督府を訪れてカバーヤ総督と面会させてもらった私たちは、捜査権の取得と警吏本部への紹介状をお願いした。
次にその足で警吏本部を訪問して、本部長との面談を行った(総督の紹介だからスムーズに運んだよ)。
帝国人行方不明事件の専従捜査班10名との顔合わせも終わり、すぐに細かい打ち合わせを行った。疑惑のある宿屋への内偵は行っているらしいけど、決定的な証拠はまだ見つかっていないそうだ。したがって宿屋の主人への尋問は相手を警戒させるため、止めて欲しいと懇願されたよ。
帝国人観光客の足取り調査はすでに実施しているそうで、分かっていることを全て教えてもらった。やはり疑惑の宿屋(複数存在する)でプッツリと途絶えるらしい。
反社会的組織については本部事務所が領都内にあるそうなので、その場所を訪問する私たちに専従捜査班員5名が同行してくれることになった。
ちなみに、旧ファインラント王国の抵抗勢力については、そのアジトが不明であるため接触を図ることは難しいと言われたよ。残念。
ふむ、となるとまずは反社の本部事務所を訪問することからだな。ここから何か手掛かりが得られると良いんだけど。
私たちは5人の警吏たちに案内され(護衛も兼任)、普通の2階建ての建物に入った。ちなみに丸腰だ。
『おう、邪魔するよ』
警吏が声をかけると若いチンピラ風の男が出てきた。
『へぇ、警吏の旦那、今日はいったい何用で?』
『ちょっとこちらの客人が親分に会いたいそうでな。取次ぎを頼む』
『少々お待ちなすってくだせえ』
応接室みたいな部屋へ通されたので、私たち4人はソファに座らせてもらった。ただ、5人の警吏は立ったまま周囲を警戒している(座る椅子が無いってのもある)。
そこへ貫禄のある体躯(太り気味とも言う)で頭の薄い初老の男性が入ってきた。
『旦那方、お久しぶりでごぜぇやす。今日はあっしに会いたいという御仁をお連れなすったそうで、そこに座っている方々ですかな?』
ファインラント語の分かる私が代表して発言した。
『はじめまして。このたびはお時間を取っていただき誠にありがとうございます。私はサクラと申します。こちらが兄のヨシフル、その娘のアカネ、友人のサネユキでございます。ファインラント語ができるのが私とアカネだけなので、私が代表して話させていただき、アカネには同時通訳をさせますのでご了承くださいませ』
『おう、丁寧な挨拶痛み入るぜ。儂はこの組を仕切らせてもらっているチュージってケチな野郎だ。で、何の用件か聞かせてもらおうか』
『はい、単刀直入に聞きますけど、ここ数年ガルム帝国の人間がこの領内で何人も行方不明になっています。殺人事件の可能性が濃厚です。何かご存知のことがありましたら、ぜひお教えください』
『くくく、裏仕事のことは裏社会の人間に聞けってことか。もしや儂らが犯人だと疑っているわけじゃあるまいな』
チュージ親分の眼光が鋭くなり睨みつけられたけど、そんな程度の威圧じゃ虫も殺せないよ。
『はっきり申し上げまして疑っております。もしも犯人なら決して許しませんよ』
私は殺気を込めて眼を付けてやった。漏れ出る殺気だけで立っていた警吏たちが思わず一歩後ろに下がったのに、チュージ親分は真っ向から私の視線を受け止めたよ。流石の胆力だな。
『はっはっは、こりゃ威勢の良い姉さんだ。気に入った。儂らは別に帝国がこの国を併呑したことをとやかくは言わねぇ。ただ一つだけ許せねぇのが、ハウハの旦那のところを一家惨殺したことだけだ。そういう意味じゃあ、帝国に恨みを持っているのは間違いねぇな。だが殺人ともなると話は別だ。そんな任侠道にもとることをうちの者がやるとは思えねぇよ』
『そうですか。ところで今ハウハの旦那とおっしゃいましたか?』
『おう、王弟殿下と言ったほうが分かりやすいか。公式には処刑となっているが、実際は惨殺さ。奥方様と二人の姫様も自死したが、殺されたも同然だな。ひでぇ話だぜ。国王一家の処刑には特に思うところはねぇが、ハウハの旦那は別さ。良いお方でなぁ、国民全員に慕われていたぜ』
ミカ様が同時通訳をしながら泣きそうになっている。てか、すでに涙が流れている。
私はチュージ親分だけに聞こえるように小声でささやいた。
『1時間後に戻ってきますので、その話を詳しくお聞かせいただけますか?』
そして普通の大きさの声で会談を終わらせる言葉を発した。
『それでは行方不明事件については、心当たりは無いということですね。本日は色々と話をお聞かせいただき、ありがとうございました。それでは失礼します』