269 ファインラント総督
この街で襲撃されることはなかった。泊まる宿によって賊に通報されるかどうかが決まるのかもしれない。そういう意味ではこの宿は当たりだった。いや、逆にハズレだったのかも(襲撃してくれば返り討ちにできたからね)。
とにかく何となく全体像が見えてきたので、急いで領都(かつての王都)へ向かうことにした。まずは総督に会わないとね。
この街を早朝に出発し、他の街へ寄り道することなくまっすぐに領都へ向かって爆走した。と言ってもそんなに速度は出せないけどね(街道の整備状況があまりよくないため)。
なんとかその日のうちに領都に着いた私たちは、そのまま総督府のある建物へと向かった。
総督府とは要するにお役所だ。したがって、1階には領民のための様々な窓口がある。その中に総合受付みたいな窓口があったのでそこへ向かった。なんとか受付時間内に間に合ったよ。
シゲノリ大佐が受付嬢にガルム語で言った。
『ガルム帝国から参りましたヨシフルと申します。こちらの総督にお目にかかりたいのですが、お取次ぎいただけないでしょうか?』
『面会のお申し込みは先着順となっておりまして、現時点では10日後の午後になりますがよろしいでしょうか?』
いや、そんなに待てないよ。ここでシゲノリ大佐が封書を取り出してから、受付嬢の耳元に口を近づけてこっそりと耳打ちした。聞こえなかったけどね。
『すぐにお取次ぎ致します。少々お待ちください』
こう言って受付嬢は走り去った。
『ヨシフルお兄ちゃん、いったい何を言ったの?』
『別に大したことじゃない。ある高貴なお方の封書を預かってきたと言っただけさ』
あー、皇帝陛下からって言ったんだね。そりゃ慌てるだろうな。
すぐに戻ってきた受付嬢に案内されて、建物の最上階(3階)にある応接室に入った。
お茶とお茶菓子が人数分用意されて、私たちは応接室のソファに座ってゆっくりとお茶をいただいた。ほどなくドアが開いて年配の男性が入室してきた。がっしりとした体格で白髪と白い口髭が特徴的なダンディな人物だった。
『私がファインラント総督であるスケノリ・カバーヤである。そちらのヨシフル氏は皇帝陛下の書簡を持参したとのことだが、見せていただけるかね』
ちょ、樺山資紀提督(海軍大将)かよ。まぁ、偶然なんだろうけど。
『はっ、こちらです』
シゲノリ大佐が封蝋に皇帝陛下の印璽が押された封書をカバーヤ総督に手渡した。
カバーヤ総督は印璽を確認しても動揺することなく、封書を開封して中の書簡を読み始めた。かなりの分量なので読み終えるまで10分くらいはかかっている。
『なるほど、事情はよく理解した。ミカ・ハウハ様をこの地の領主とすることについては私も賛成だ。帝国による直接統治ではどうしても軋轢が生まれるのでな。ファインラントのことはファインラント人に任せるというのは良いことだと思うぞ』
話の通じる人で良かった。苗字があるということは帝国貴族なんだろうけど、少数派である善人の貴族なのかもしれない。
『して、そちらの方々はご紹介いただけるのかな』
『はい、これに控えますのが私の娘のアカネでございます。こちらが私の妹のサクラとその恋人のサネユキになります』
とりあえず本来の身元は隠しておこうというわけだね。カバーヤ総督は良い人っぽいけど、この判断はナイスだよ、お兄ちゃん。
『皇帝陛下が民間人に書簡を託すとは思えぬゆえ、貴殿らの本当の身分は別にあるのだろうが、まぁ詮索はするまい』
ほう、やはり優秀な官吏みたいだね。
『恐縮です。それでもう一つお話があるのですが…』
シゲノリ大佐はファインラント領で発生している帝国人の行方不明事件について、現在分かっていることを語り始めた。もちろん最初の街で殲滅した賊についても。
『…というわけで、できれば我々もこの事件の解決に協力したいと思っております。そちらで把握している情報をお教えいただけるとありがたいのですが』
『うむ、陛下のメッセンジャーを務めるような人物を信用しないわけにはいかぬが、それには貴殿の本来の身分を明らかにしていただくことが条件になるぞ』
確かにそうだろうね。よく分からない人物を信用しろというのは無理だろう。
『それでは私だけ身分を明かします。帝国軍参謀本部所属のシゲノリ大佐であります。以後よろしくお願い申し上げます』
シゲノリ大佐は平民のヨシフルという偽名の身分証ではなく、本来の身分証を取り出してカバーヤ総督に提示した。
『なるほど、参謀本部の人間ならば納得だ。となると残り三人の身元も気になるところだが、聞かぬほうが幸せな気がするな』
おお、勘が鋭いな。ふふ、確かに聞かないほうが良いだろうね。
このあと行方不明事件について、総督府が把握している情報を全て教えてもらった。ただ、そこまで詳しい情報が無かったのは残念だった。
やはりまだまだ五里霧中って感じのようだ。